見上げた空は、まるで海のように真っ青で。泳ぐ魚も居なければ、雲だって一つも無かった。
黒い空は宇宙である俺の支配領域で、青い空は天のテリトリーとなっている。
仮に俺らが魔法使いであるならば、昼は蒼魔導士の穴沢天。夜は黒魔導士の押立宇宙が、魔力の優位に立てる。なんてお伽話を、いつだっけかしたな。
今は青だから天の有利状況下だけれど、黒は雲すらも飲み込む時がある。宇宙である俺も、全てを飲み込む覚悟を持って挑まなきゃいけない。例えそれが正義の蒼魔導士が相手であろうと、俺にはクロがついている。
なんて子供じみた思考は、目的地に着いた瞬間に消し飛んだ。
校舎裏は木漏れ日になっていって、ドラマのワンシーンみたいだと思った。どれを取っても素敵になるような、疑いようもないとした光景に思わず俺は息を呑んだ。
穴沢天の姿を見つけて、駆け寄る俺。彼女の顔を見ると、どこか緊張しているような感じだった。木陰が表情を和らげているようにも思えて、心臓も少し高鳴った。
「いやぁ、ごめんね。いきなり……」
って、天が笑顔で言った。どこか表情が取り繕っているように見えたから、何となく俺は緊張感というものが心の隙間に生まれた気がした。
「別に問題ない」
って、俺は返した。心にあった筈の緊張感が、いつの間にか背中に行っていたから、それが重くのしかかるような感じだ。
「それより、何の用だ?」
ぶっきら棒な言い方になってしまったのは、緊張じゃなくて喉の渇きだと心の中で誤魔化した。
「おっしい、さぁ。……聞きたい事があるんだけど」
好きな人は居るのか、って聞かれるんだという流れだと思った。
何て答えるのが正解なのか、固唾を飲んで考えてみる。異性として好きな人はもう居ないので、普通に居ないと言えばいいのか。色々考えてみたけれど、やっぱりそれが正解な気がした。
「入学してから、ずっと頭痛くなったりしてない?」
「……ん?」
予想外の言葉に、俺は妙な声を出してしまった。
「ゲンミツに言うと、一昨日から痛くない?」
これは参った。そういう事か、とため息をついた。天はずっと調子の悪そうな俺を、気に掛けてくれていたのか。あんまり表に出さないようにしてたけれど、彼女には感づかれていたんだな。
「気のせいだ。気にすんな」
「もっと言うよ? 今月は一日から三日間、七日から九日まで。その辺も、頭痛くなかった?」
「良く見てるな、お前は!」
天の言った話は、限りなく正確に合っていた。別にちゃんとは覚えてないけれど、確かにそのくらいの頻度で痛みはあった気がする。その間、ずっと天を心配させてたってのか。
「分かったよ、その通りだよ。ちょっと、まだこの街に慣れてないのかもな……」
そう言った瞬間、何故か天は少し笑顔になった。ずっと何も言わなかった俺が、白状したのがよっぽど嬉しいのかもしれない。やっぱり、こいつはいい奴だ。
「……おっしい」
いきなりの出来事に驚いたのは、天が俺の両肩に手を置いていた。俺の身長は百五十ちょっとで、彼女も同じくらいだった。
天の顔が近づいてくる気がして、俺は目を瞑った。
落ち着け、押立宇宙。
これは漫画でよくある展開で。キスかと思ってみたら、熱を測るって奴だろう。
俺が頭悪いって言ったせいで。いや、悪いとは言ってないか、痛いって言ったせいだ。頭が悪いのは事実だけどさ。それで、熱を測ってくれたってオチになる。
そこまで考えた瞬間、俺の唇に柔らかいものが触れた。
目を開けてみる。目を閉じた天の顔が、俺の視界全体にあった。
宇宙と天。二つのソラが、一歩に重なっている。ソラだけに、雲で出来たマシュマロのような感触だった。天って普段は女っぽくないけど、顔は悪くないっていうか、むしろ可愛い方だと思った。睫毛が長くて綺麗だと思った瞬間、彼女の唇が俺から離れた。