どれだけ頑張っても前に進めないものもあって、一人じゃ何もかもを無くしてしまいそうだ。
だからって、何もしないのは間違っているんだよな。かと言って、独りよがりになるのも違うし。わかば先輩やクロだったら、こんなとき例えばどうするんだろう。わかば先輩が良かったら、クロも良いっていうなら、聞かせて欲しいんだ。
携帯電話を取り出した。わかば先輩の名前を探してみる。連絡先を交換してなかったのに気づく。
クロの名前を探してみる。押立クロの名前の下に、押立梨花の名前もあった。それを見た俺は「クロの前にあたしに相談しなさい」と、梨花に言われたような気分だった。
血の繋がった姉に恋愛相談とか、冗談じゃない。画面を閉じて、携帯電話をポケットにしまった。
まっすぐ家に帰る気分になれなかった。だけれど甘いものを食べる気分には、もっとならなかった。天のことを考えなきゃいけないんだけれど、上手く頭が働かなかった。
アオさんとケーキを食べたコンビニ。そこの横断歩道をまっすぐ渡れば今の家。けれど、右折する。石畳のようなレンガの歩道。
坂道が多い街だから、地元と比べて自転車も歩行者も少ない。バス停、木のベンチ。歩道橋の下をくぐる。日差しの下だけれど、風が無いから涼しくも何ともなかった。
坂道を下る。右手にはマンション、駐車場には国産車は無かった。小奇麗な格好をしたマダムが、日傘を差して散歩をしていた。
マンションを越えると、小さな草むら。犬を散歩しているおじいさん。公園かと思ったけど、遊具が無いから本当にただの原っぱのようだった。俺の昔住んでいた街と違って、山を切り開いた場所だからか。土地に余裕はあるのかもしれない。
十字路、横断歩道。赤信号なので、足を止める。目の前に大きなミキサー車が通った。荷台のローラーだか何かがグルグル回っているのを見て、俺の脳みそみたいだとか思った。
青信号、横断歩道を渡る。右手にはさっきより大きな立体駐車場。そのまま建物は、スーパーに繋がっている。そのまま真っ直ぐ歩く、風景が駅前に変わる。バスロータリー、コンビニ。駅ビル、ドーナツ屋。ジャッカスさん。
「……ジャッカスさん?」
俺は立ち止まり、自分の来た方向から順番に目を向けた。
バスロータリーがあって、それに沿うようにコンビニがある。隣は軽いショッピングモールみたいなビル、その隣は塾の入ったビル。次は駅ビル、次は飲食店とか銀行の入ったモール。そこの一階が、ドーナツ屋。以前、俺と天ときのみさんとクロの四人で、前世の話をした場所だ。ガラス張りの店内は、簡単に中を覗くことが出来る。制服を着たジャッカスさんが、二人掛けの席で本を読んでいた。
うん。俺が会いたかったのは、そっちじゃない。
三十六計逃げるに如かず。見つかる前にとんずらしようかと、動いたけど時すでに遅し。ジャッカスさんは俺と目が合うなり、本を閉じてこちらへと手招きした。
彼はクラスメイトの相原の兄だ。後で何か言われても困るし、いつもCDを借りている義理もある。俺は店内に入り、彼の方と足を進めた。近くに来るなり、ジャッカスさんは席に掛けるように勧めてきた。
「ソラっち、一昨日ぶり。どうだったよ、新曲は?」
俺が席に座った途端、まくしたてるようにジャッカスさんは話を始めた。
「……と、ちょっと待ってろ。コーラでいいか?」
何て言おうかと考えていたのに、ジャッカスさんは注文カウンターへと行ってしまった。質問しておいて、そっちのけって、どうなんだろう。暫くすると、ジャッカスさんはトレーを持って戻ってきた。
「遠慮すんな」
俺の前に置かれたトレーには、ジュースの入ったグラスとドーナツの乗った皿が置かれていた。
オールドなんたらは嫌いじゃないけれど、コーラと相性は良くないと思う。けれど折角の御厚意だし、いつもCDを借りてる義理もある。お礼を言って、飲み物に口をつけた。
「それで新曲なんだけど……」
「あ、すみません……。まだ、聴いてないです」
「何だよぉ」
ジャッカスさんは不貞るように言ったけれど、笑顔だったから冗談半分なんだろう。俺は気にしないようにした。ドーナツを口に運ぶけれど、甘さは何の慰めにもならないって思った。
「……なんか、元気ないな。どした?」
ギクリとなったのは、そこまで顔に出ているのかって思った。わかば先輩なら兎も角、ジャッカスさんまで見破れる程か。
「光と喧嘩でもしたか?」
「何でそこで相原なんですか」
「つーと、別の子だな。光の友達?」
その言葉にびっくりして、齧ったドーナツが喉が詰まりそうになった。コーラで無理やり詰め込んだけれど、舌がマヒしてて甘さを一切感じなかった。
こんな稚拙な誘導に、俺は見事に引っかかってしまった。やはり高校生って、中学生より一枚上手なのか。
「図星だな、何があった?」
「なんもないです」
「何も無い奴は、なんもないって言わないんだよ」
ジャッカスさんから目を背け、俺は黙ってコーラを口にした。相原家で飲んだ瓶の方が、百倍旨いと思った。