こんな理不尽な話があってたまるか、って思った。
保健室に行った俺は、養護教諭に症状をこと細かく話した。嘘は言ってないし、本当に胸が痛いんだ。にも関わらず、病気じゃないとか言われた。ある意味病気だとも言ったんだから、それは病気なんじゃないのかよ。意味が分からん。
それでも病み上がりだって言ったら、ベッドをちゃんと貸してくれた。最終的に寝かせてくれるんなら、ハナっからそうしろって怒りそうになった。その時は堪えたけれど、未だに腹が立って仕方ない。
胸のつかえは未だに取れないから、切ない感情を載せたオルゴールの音色が聴こえた気がしたんだ。
窓の外を見ると、昨日が嘘のように青い空が広がっていた。蒼魔導士の支配領域だ。綺麗だと思った空の一部始終が、君の作り出したものだったとしても。俺はそれでいいよって、そう思うから。
鐘の音が鳴った。一時間目が終わった合図だった。
養護教諭が体調を気にしてきたので、俺は黙って顔を背けた。何か喋ると、毒を吐いてしまいそうな気分だった。
職員室に行くと言って、養護教諭は消えた。そのまま戻ってこなければいいのに、って思った。
俺が再び窓に目を向けると、引き戸の開いた音がした。やっぱり戻ってきたのか、と嫌な気分になった。背中からは、ベッドを囲んだカーテンが開いた音。何を言われてもいいように、俺は下唇を噛んだ。
「……おっしい」
聞きなれた声に顔を向けると、天が俺の前に立っていた。どこか暗い表情のまま、後ろ手でカーテンを閉める。
「……天、どうしたんだ?」
ベッドから起き上がった瞬間、天は俺に覆いかぶさるようにキスをした。
訳の分からないまま、ベッドに押し倒される。
はずみで俺は目を閉じてしまった。首に回された手からは温もり、抱きしめられた柔らかさが全身を覆う。
唇の感触が消える。目を開くと、天の顔がそこにあった。何故か知らないけど、彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。
「……いたみ、消えた?」
天の台詞に、俺は痛みの箇所を確認した。今となっては、どこが痛かったのかすら思い出せなかった。そんなのより、彼女の表情が気になって仕方なかった。
「……きえた」
無意識にそう言っていた。胸のつかえは取れたけれど、他の箇所に新たな痛みが生まれたような気がした。けれど俺は天の顔から目が逸らせなくって、そんなのはどうでもよくなっていた。
「……そら。もしかして、今のって」
共痛覚はキスをすると、その日だけ痛みが消える。無くなったっていうのなら、今の痛みって天のものだったのか。
「……おっしいのせいだからね!」
天が俺の額を叩いて叫んだ。嗚咽交じりの声だった。逃げるように、彼女は行ってしまった。訳が分からない俺は、見ているだけしか出来なかった。
予鈴が鳴った。養護教諭が戻ってきた。元気なら授業に戻りなさい、と言われた。俺は黙って、保健室を出ていった。
とぼとぼと廊下を歩いているうちに、本鈴が鳴ってしまった。
それでも急ぐ気になれなかったのは、自分でもよく分からない。俺はもう少し天の気持ちを、察してあげなきゃいけない。なんて思った矢先にこれだ。
痛いとか辛いとか、一秒だって短い方がいいって思っているんだけれど。痛みが無くなった代わりに、何か大切なものが消え失せてしまったような気がした。
教室に戻った。遅刻だと、教師に怒られた。無視して自分の席へと腰かけた。天の姿を探してみた。彼女は教室には居なかった。