今日も天は来なかった。

 頭が痛くないのだから、仕方ないと思うようにした。前世を割り切るっていう意味では、彼女の方が余程しっかり出来ているのかもしれない。その点、俺は何だろうな。女々しく思えてしょうがない。

 俺は登校しながら、さっきのクロの話を思い出す。前世の天の名前はまだ覚えてないけれど、ほ乳類の獣人だったとか。ほ乳族だっけか。そこはどうでもいい。

 基本的に獣人と人間の恋愛はタブー、悪い魔法使いにそこを付け込まれたって話になるよな。

 だって秘密の関係なんだから、相手は何も影響が無い振りをしていなければならない。自分より想い人に、無理を強いてしまわないといけない。そんなのって、辛いに決まっている。

 俺はもう少し天の気持ちも、察してあげないといけない。

 おそらく魔法を使えないであろう、わかば先輩だって出来たんだ。新しい現実と未来の差が、数パーセントだとしても、十のくらい四捨五入すればいいだけの話だ。何一つ意味の無い変化なんて無いとしたら、俺が少しでも天の為に変わればいいだけの話。感情をなだらかにしよう。

 登校すると、天は相原と話していた。天は後でいいとして、先に相原の用を済ませてしまおう。

「おはー」と俺は声を掛ける。二人が順番に朝の挨拶を返していく、いつもの光景だと思った。

「相原、これ」

 俺は手に持っていた紙袋を手渡した。中身は借りた服とCDだった。昨日は一歩も動けなかったので、音源取り込みはクロにお願いしていたんだ。

「あげるって言ってたけど?」

 笑顔で相原は言ったけれど、服だとしたら必要無い。もしかしたらCDの可能性もあるから、聞き返してみる。

「CDをか?」

「ううん。服」

 相原は笑顔で首を振った。CDだったら喜んで受け取ったけれど、服だとしたら必要ない。

 大きくなったらって思ったけれど、そもそも服の趣味が違いすぎた。俺とクロって、割と無地のやつをよく着るけれど。ジャッカスさんって、ドクロとか派手な奴が好きなのかも。中学生じゃないんだからさ。

「なんで、おっしい。服借りたの?」

 顔を上げると、さっきまで笑顔だった天が何故か真顔になっていた。

「雨に濡れてさ」

 ジャッカスさんの仕業とか言うと、相原に悪い気がした。ここで下手に名前は出さない方がいいだろう。ジャッカスって誰だ、って思うかもだけれど。

「なに? 結局、部屋入ったの?」

「え、うん。そうだけど……」

 俺がそう言った瞬間、いきなり何処かの内臓が痛んだ。

 今まで、経験したことの無い痛みだった。まともに声が出せないくらいの、苦しみが俺を襲った。

 何処だって探してみたけれど、無意識に右手は心臓を抑えていた。

 鼓動がオカシイ、って思った。動きが速くなっている訳でもないのに、動きがある度に胸が締め付けられるような感じだ。

 元気になったと思ったのに、まだ何処か調子は完全じゃないのかもしれない。

「どしたの、おっしい?」と相原が心配そうな目を向けた。

「……ちょっと、すまん。保健室、行ってくる」

 一限目は欠席すると伝え、俺は教室を後にした。科目が数学だから丁度良かったけれど、だからこそ仮病とか思われそうだな。