次の日も、また次の日も、天は朝から迎えに来た。
エントランスで俺を出迎えて、信号を渡って、路地裏でキスをする。まっすぐ学校へと行かずにこんな真似をしていると、なんだか逢引きみたいな気がしてならない。
彼女の家は相原の家の近くだから、俺の家を通って学校には行ける。ついでだから気にしないで、って天は言ったけれど。ついでの中に、キスも含まれているのだろうか。
四日連続で、俺は天の唇に触れている。
頭痛は止むけれど、その代わりに心臓の動きが激しくなっていく。口付けを重ねるごとに、俺の中で彼女の存在が大きくなっていく。このままだと、惚れるのも時間の問題な気がしてならない。
そんな日が続いた五日目の朝である。
今日も天が来るのかと思ったけれど、遅刻ギリギリまで待っても彼女は来なかった。全力で駆けたから、ホームルームには間に合った。
「どしたの? 寝坊?」
休み時間に、天が何事もなかったような顔で話しかけてきた。なんで今日は来なかったのか、聞いてみた。
「だって今日は、頭痛い日じゃないでしょ?」
まるで俺が何を言っているのか、分からないような表情だった。こっちも天が何を言っているのか、全く分からない。
授業中。集中できない勉強を放棄し、考え事にのめり込んでしてしまった。
痛くない頭で、心が痛い理由を探る。俺の心の中に咲いた小さな花が、しおれかけているような気がした。まばたきした瞬間に、確かに君に恋したような気がしていた。色づいた日々と、交わってく瞬間を感じたんだ。
天にとって、キスって何だ。彼女にとって、俺って何だ。この唇に触れたのって、ただの治療の為なのかよ。選ぶべき道の標に沿って進んでいけることを、当たり前だって思ってはいけないのだろうか。ミルクにコーヒーを入れた時のように、自分の心が一瞬にして濁っていくような感覚だった。
放課後。家の近くで、きのみさんに会った。クロと一緒に帰って、いま別れたばっかの所らしかった。
俺の表情を見て、何かあったのか気にかけてくれた。何も無い、って言ったんだ。けれど「そんな事は無いでしょう」って言ってくれた。俺は泣きそうになったけれど、格好悪いから必死に堪えたんだ。一度コーヒーを入れてしまうと、二度とミルクには戻らないんだ。
公園では小学生が缶蹴りをしてたり、テニスコートで奥様方が練習試合をしていた。ベンチに腰掛けると、きのみさんが冷たいココアを買ってくれた。お礼を口にすると、甘さがそのまま彼女の優しさに思えたんだ。
なんでも話して、って言うから、俺はきのみさんに今の悩みを打ち明けた。天のキスのせいで、自分の心が揺れている。彼女がどういうつもりで、キスするのか分からない。俺は自分で話しながらも、女々しい話を口にしているような気がして、また情けなくなった。今熟したばかりの果実が、急に儚く見えてしまう。
「それでソラくんは、アナザーちゃんの事。好きなの?」
「……多分」と俺はつぶやくように言った。きのみさんは少し笑顔になる。
「ソラくん、ハンバーグって作ったことある?」
いきなり、意味の分からない質問が来た。何か意図があって言ってるんだろうから、俺は素直に無いと答えた。
「みじん切りにしたタマネギを炒めるんだけど、その後冷やすんだよね。生地に混ぜる前に」
ハンバーグは俺も好きな食べ物の一つだけれど、最初にタマネギを炒めるのすら知らなかった。
「じゃないと、美味しいハンバーグは作れないんだよね」
きのみさんは俺の瞳を正面から見て、にっこりと笑った。
「ソラくんも美味しいハンバーグが作れるようになればいいね」
やっぱり、意味が分からなかった。俺はハンバーグを作りたい訳じゃないし、昔の事故のせいで火が苦手だ。作れたらいいとは思うけれど、なんでハンバーグなんだろう。当たり障りの無いようじゃ、確信に触れないようじゃ、内容が無いように思えてきた。