「それは、先生のせいじゃありません」

「それくらい、僕もわかるよ。でも、誰のせいでもないって開き直るよりも、自分のせいにしてた方が、まだ気が楽なんだ」

 悲しそうに笑う先生は、私よりも大人だと、そう思った。
 年齢的にも、精神的にも。

 それはもちろん当たり前のことなのだけれど、私と榮槇先生の間には、決して短くない距離があることを、ひしひしと感じた。

 年月というのは恐ろしく残酷で、私たち人間が抗っても、どうすることもできないもののうちの一つだ。

 強い想いでつながっていたとしても、簡単に引き離されてしまう。

「そんなの……」

 誰も幸せにならないじゃないですか。
 そう言おうとしてやめた。

 経験した本人にしかわからないつらさが、きっとあるのだと思う。

「で、母親の旧姓が榮槇でね。両親が離婚して、母親に引き取られた結果、僕は榮槇華舞(はるま)になった。だから、今の僕の名前からはシロちゃんなんてあだ名は想像すらできない。鳴瀬さんがすぐに僕にたどり着けなかったのも当然といえば当然か」

 先生は、遠くに目を向けた。

「そもそも、シロちゃんっていうあだ名で僕を呼ぶのは風香だけだったんだ。華舞って、字面がちょっと女っぽいでしょ? それで、あんまり自分の名前が好きじゃないって言ったら、風香が『じゃあ、帯城だからシロちゃんって呼ぶね』なんて」

 懐かしそうに目を細める。

「そう……だったんですか」

 私の知らない、月守風香とシロちゃんのエピソードを話す榮槇先生は、どこか嬉しそうに見えた。

 十七年前に死によって引き裂かれた恋人が、生まれ変わって目の前にいる。

 彼は今、どんな想いで私と会話をしているのだろう。
 まったく想像がつかない。