翌朝、重たい瞼を開ければ見慣れた人物が視界に入って来た。
私の頭に手を乗せて、そのまま眠ってしまったらしい。
岡田はスーッと寝息を立てていて、起こさないようにゆっくりと体を起こす。



目が重い、
昨日泣いてしまったからか。


部屋の時計は朝の7時を過ぎていて、学校...と思ったけど、今日が土曜日だった事を思い出し岡田を起こすのはやめた。



岡田はいつ寝たんだろうか...。



多分、岡田の事だからギリギリまで起きてたと思うけど...。眠っている岡田に布団をかけなおし、私は部屋を出た。



案の定、鏡で確認すれば目元が腫れていた。泣いたの久しぶりだったから。


リビングに行けば蓮が台所で何かをしていて、「はよ」と声をかけて来た。

土曜日に蓮が早起きなんて珍しい。



「海翔君は?」

「まだ寝てる、何してるの?」

「食パン焼いてる、食べる?」

「ううん、後で海翔と食べるから」


どうやらパンにバターを塗っていた最中らしい。


「そう、珈琲は?」

「飲みたいかも」

「分かった」



イスに座って蓮がつけたらしいテレビをぼーっとして眺めていると、珈琲のいい香りがしてきた。


「海翔君さあ」

マグカップに入った珈琲を机の上に置いた蓮は、岡田の名前を発した。


「ほんと、いい人だよなあ」


「なに、急に」

蓮が作ってくれた珈琲を、ふーっと息を吹きかけてから口に含む。

熱い...。
だけど美味しい。



「だって昨日、アレ絶対風呂上がりじゃん。わざわざ来てくれたんだろ?」

「....」

「海翔君って悪い噂ばっかだけど、イメージ変わるわ」

「...そうかな」


悪い噂...。
それは決して嘘ではない。
だって喧嘩ばかりしてるし、何もしない鈴宮をいじめるし。


不良の頂点の岡田は...私にだけ優しいから。蓮はその光景を見て勘違いをしているだけ。


「ってか、いつから付き合ってんだっけ?」

「一年の入学式」

「え、初日じゃん」

「うん」

「海翔君から?」

「...うん」

「おかしくね?普通初日で告る?会ったこと無かっただろ?」



私が思っていた疑問。


チン――っと食パンが焼けた音がリビングに響いた。



「さあ」

「さあって」

「会ったことはないと思うけど」

「じゃあなんで?」


そんなの、私が知りたい。


「なんでだろ」

「ふーん、悠人が言ってたけど、海翔君、中学ん時結構荒れてたみたい」


荒れてた?
それって今より?


「なんで悠人が知ってんの?海翔が中学なら悠人は小学校でしょ」


それに、梶山の弟である悠人と岡田は住んでいる地域がちがう。

梶山と岡田は違う中学だし、高校から一緒になったはず。
中学時代の岡田を、なぜ悠人が知ってる?



「幼馴染だからだろ?」

「...え?」


幼馴染?

でも、中学は違うでしょ?



「えーっと確か、小学校ん時に悠人と尚登君がこっちに引っ越してきたんだろ?姉ちゃん知らなかったの?」

「うん...、カジとは中学ん時から一緒だから」

「あー、うち2つの小学校合わさって中学あがるからな」


梶山と岡田が幼馴染。
だからあんなに仲良かったの?


「海翔君が結構遊びにきてたみたい。しょっちゅう家に来てたつて悠人が」


それは中学にあがってからも?

まって。


幼馴染で、梶山が小学校の時にこっちへ引っ越してきて。

悠人が岡田の中学時代を知ってるってことは、梶山と岡田、中学時代も仲が良かったってこと。


そして、一緒の高校へ来た?


小学校が一緒だった梶山と岡田。



「...そうなんだ」



知らなかった。

岡田の彼女なのに。
教えてくれても良かったのに...。


それとも、岡田はそれさえを私に内緒にしようとした?


偶然?
私が聞かなかったから?

私が聞けば岡田は、梶山とは幼馴染だと教えてくれた?



「私部屋戻るね、海翔起きるかもしれない。ごちそうさま」

「あーうん」




こんな事を聞かされては、もう探るのはやめようと思っていたのに、気になってしまう。



鍵は....、梶山と岡田の小学校時代。


もしかすると、鈴宮も...


同じ小学校だったりして。



「あの事件があってから心配してたけど、海翔君がいるなら心配なさそうだな」

「うん、そうだね」


部屋に戻り、まだ私のベットで眠っている岡田のそばにより、ベットの上で腰掛けた。昨日は冷たかった岡田の手は、もう暖かくなっている。


何度も見たことがある岡田の寝顔。

形のいい唇から、「スー・・・」っと、安心しきっている寝息が聞こえる。この唇には、何度もキスをされた。



岡田の口元を見ながら、私は約二年前の入学式の日の事を思い出していた。

初めて岡田と会った日。
初めて会った岡田に、告白された日を。


「あたしの名前ある!2組!」
「きゃー!一緒じゃん!良かった!!」


ザワザワと、私と同じ制服をきている少しアホそうな女の子たちや、今日が初日の入学式だっていうのに制服を着崩した男の子たち友達同士で、下足場に張り出されたクラス発表をみて騒ぎ出していた。





1年1組に自分の名前をみつけたのも関わらず、私はあるはずのない名前を探していた。

最後の8組のクラス表の紙を見ても、その名前は無い。



「高橋ぃ、また一緒のクラスだな」


その時、聞きなれた声が後ろから聞こえた。
後ろを振り向くと、中学の時は茶色かった髪を黒にした梶山が呆れたように笑って立っていた。

中学一緒だった梶山。



「・・・カジ」

一緒のクラス?
梶山と?
そう言われて、ずっとあるはず無い名前を探していたからか、梶山尚登の名前を見ようとしなかったが分かる。



「四年連続とか、悪運強すぎ」

「悪運とか超失礼」


小さく梶山に笑いかけた。

四年連続同じクラスメイトらしい梶山は、「教室行こうぜ」と、着崩した制服で歩き出した。



街の端の方にあるこの学校は、私の家からは近いけれど、結構“そういう人”があつまる。
世の中でいうヤンキーとか、ギャルとか。
悪(ワル)とか、頭が悪い人。

偏差値が低いこの学校には、真面目な人なんていない。




教室には予想通りというか、そういう人たちが沢山いた。初日だっていうのに、机に座ってギャーギャーと騒ぐ男の子たち。




決められた席につけば、隣に座っている女の子から、


「あ、ねぇねぇ、マスカラもってない?ロングじゃなくてボリュームのやつ」


なんて、鏡を見ながら化粧をしている女の子は、私に問いかけてきた。


初対面なのに。
普通そんな事を聞く?




中学とは全然違う高校は、私を唖然とさせるのを繰り返させた。


「ごめん、持ってない」

女の子にそう言うと、女の子はちらりと鏡から私の方を見た。女の子は2.3回ほど長いまつ毛を瞬かせて、


「名前なんていうの?私、綾」

「・・・長閑」

「長閑?顔と名前合ってんね。美人さん」


うふふ、と。
もうそれ以上マスカラを付けなくていいだろうと思われるぐらいの目を細めて、綾は笑った。


久しぶりに私に話しかけてくれた女の子。



「あ、ねぇねぇ、マスカラもってる?ボリュームの」


近くの席を通り過ぎた少しギャルっぽい女の子に、私と同じようにマスカラの事を聞いた綾は、貸してくれた女の子に対して「ありがとう〜!!」と私には出来ない程の笑顔をしていた。

入学式も無事終わり、再度これからの説明があるため、もう1度教室に戻ることになった。
綾の苗字は、立花(たちばな)らしく、並ぶ列も前後近かったため仲良くなった。人見知りがないらしい綾は、ばったりと化粧をされた顔をしてニコニコと話しかけてくる。




「ねえ、長閑ぁ、今日帰りどっか行こうよ」

「うん、いいよ」

「ケーキ食べに行かない?私安いところ知ってるんだ」



「よぉ、海翔遅ぇじゃん。来ねぇかと思ってた」

綾と教室で話していたその時だった。
今日にいた誰か分からない男の声に、急に、静まりかえった教室。




静まり返ったというか、みんな、出入口でもある扉の方を見ていた。

明るい髪色。
中性的な顔だち。

見るからに分かる長身に、ほとんどの人は学ランを着ているのに、彼は学校指定ではないカーディガンを身につけていた。


“海翔”と呼ばれた彼は、見るからにヤンチャそうな、怖そうなグループの方へと足を進めていく。その中には梶山もいた。



・・・誰?




「マジで?岡田と同じクラスだったの?」


その時、綾が「やばー」と、眉間にシワを寄せた。



やばー?



「あの人、相当ワルらしいよ。私の中学でも噂になってたもん」


コソッと、私にだけ聞こえるように綾が呟いた。

相当なワル・・・。
そう言われても、あまり実感が分からない。



「そうそう、さっきの続きね。駅前のケーキ屋なんだけど」


綾が話を再開させようとしたその時だった。


「────なぁ」


後ろから低い声が響いた。

正面に座る綾は、全く笑っていなくて、っていうか正反対の「はあ?」という顔をしていて。


誰かが私の後ろにいる。


「・・・岡田」と綾が言ったのと、私が後ろを振り向いたのは、同時だったと思う。


黒のカーディガンを着た彼は、私を見下ろしていた。


明るい髪の隙間からは、キラリとピアスが光る。

10人中10人がかっこいいと思うであろう中性的な顔立ちをした彼は、「あんたが高橋?」と、低い声で問いかけてくる。



高橋とは、私の苗字。
突然話しかけてきた理由が分からなくて、

首を傾げながら「そうですけど・・・」と曖昧に返事をした。


静まるかえる教室。
うるさく騒いでいた男の子も、女の子も。
梶山のいるグループも、どうしてか岡田という男に目を向けている。





「付き合ってよ」



私を見ながら、そんな事を言った彼は。



「俺、岡田海翔」


なんて、自己紹介をしてくる。



「無理? 」

「え?は・・・、・・・は?」

意味が分からない顔をしてしまうのは、当然だと思う。だって知り合いでもないのに、っていうか、さっき教室に入ってきたのが初対面なのに。

私の名前を言って
付き合ってとか言われて。

相当なワルが、どうして私に?

「あんたが高橋?」って聞いてくるってことは、私の事を知っているってこと。でも、顔とか、そういうのは知らない。


「・・・いいよ」



意味が分からない告白に、OKをした自分が、何を考えているのか分からなかった。



・・・もしかしたら中学時代を、忘れたかったからかもしれない。



「マジかよ海翔!!」
「えっ、つーか、誰!!」
「高橋って言わなかった?」
「あの子どこ中!?」
「つーか、教室で告んなよ!」


一気に騒がしくなる教室。



「長閑だっけ・・・、名前。そう呼ぶわ」


世間的には「カップル」というものなのに、岡田はあまり嬉しそうではなく、「また明日な」なんて、教室から出ていった。


そして、その後を追うように、グループから離れた梶山も教室から出ていった。

「なんでオッケーしたの?」

1500円で、食べ放題のケーキ屋。
首を傾げながら本日5個目のチョコケーキを食べる綾は、私に「確かに顔はかっこいいけどさあ」と、言ってきた。


「うーん、何でだろう」

「つーか岡田って、やばいって噂されてんのに高校受かったんだ」

「やばいって?」

「私もそういう光景見たこと無いんだけどさ。私の中学では「金髪の長身に会ったら逃げろ」って言われてたんだよ。いーっつも血まみれで喧嘩して、ありえないぐらい強いって。まあかっこいいし、顔も画像とかで回ってたから知ってたし。ってか長閑が知らないのがびっくり?みたいな。結構有名だったんだよ?」



綾は興味ないようにそう言いながら、
チョコケーキを食べ終わった。


その細い体のどこに入っていくんだろう?と考えるうちに、6個目のモンブランが口の中に入っていく。




私はというとまだ2個目で、昼食も食べずケーキを食べているから少しだけ胃がムカムカしてきたというのに。


「岡田も何で長閑だったんだろ?まあ、長閑って美人だし。一目惚れとか?だって会ったこと無いんでしょ?」

「さあ、遊びじゃない?適当に彼女欲しかったとか」

「あー、ありうるかも。今はどうか知らないけど、女を取っかえひっ返えって噂もあったし」

「なら、きっと1週間後には別れてるよ」


私は、フフッと笑った。


「うん、何かあったら言ってね。まあ私なんにも出来ないけど。岡田怖いし」

「怖いの?」

「うん、そりゃね。そのうち長閑も分かるよ。もしかしたら3日で別れるかも」

「そう・・・」


ほんの数分間しか知らない岡田海翔。
綾が教えてくれた噂しか知らない。



この時の私は、本当に気まぐれで、誰でもいいから私を彼女にしたんだと思ってた。


だけどまさか、私を彼女にした理由にあんな“事実”があったなんて、知る由もなかった。

次に学校へ行けば、岡田海翔と高橋長閑が付き合ったという噂がすでに流れていた。

綾の言う通り岡田は有名人しく、その彼女になった私を好奇心で教室まで見に来る人が増えたような気がする。


「よお、有名人」


岡田と付き合って2日後、トイレから出てきた私と偶然に会った彼は、面白がるようにそう言ってきた。

梶山は「すげぇ顔」とケラケラ笑った。



「人がウザい・・・」


教室にいれば次々に私の顔を見に来る。
廊下に出れば、「あの人が?」とジロジロとすれ違うたびに見てくる。それは男女問わず。


「だろうなあ」

ゲンナリとしている私に、「海翔は?」なんて聞いてくる。


呼び捨て・・・。

いつの間に仲良くなったんだろうと思った。


「知らない」

私は、そう言いながら、教室へと足を向けた。
梶山も教室に戻るのか、横に並んでついてくる。



「知らないって、お前、彼女だろ?」

「だって岡田って人、学校来てないじゃん」


そう。
綾に聞いてから、岡田海翔とはどういう人物なのか少し気になっていた。学校に行けば彼がどういう人物なのか分かると思ったから。

けど、あれから1度も彼は学校に来ていない。


来ていないから、喋ることも、
綾が言ってたやばい姿も見ていない。


「連絡知らねぇの?」

「だってアレっきりだし」

五分もない、告白。


「あ〜、あれなあ。海翔もやるよなあ。」


梶山は思い出したのか、顔を歪ませ笑った。


本当に、何がそんなに面白いのか。

「明日は学校来るように言っとく」

本当に、梶山はいつ彼と仲良くなったんだろう。


私に告白してきて、教室から出ていった岡田を追いかけるように梶山も教室を出ていった。その時に仲良くなったとか?



「なあ、高橋」

「なに?」


もう少しで教室につこうとした時、梶山に名前を呼ばれて、顔を向けた。

その顔はさっきと違い笑ってはいなくて、


「お前さ、もういいのかよ。アレ…」


私の過去を、梶山は
この高校て唯一知っている人物だ。



「うん、忘れなくちゃね…」


「なあ」

「なによ」

「もしかして、忘れるために海翔と付き合った?」

「…そんなわけないでしょ」



こういう時の、鋭い梶山は嫌になる。




「長閑」


「海翔に言っとく」。そう言った梶山。本当に梶山は岡田に言ったらしく、岡田は次の日の二時間目の途中にやって来た。


授業中だけど、ほぼ壊滅状態で、騒ぎまくる生徒達で授業になっていない教室。その中で真面目に勉強しているのは私ぐらいだろうと思う。


「よお海翔」
「お前昨日電話出なかっただろー」


梶山がいる怖そうなグループが岡田に声をかけるも、岡田はそれを手をヒラヒラとさせるだけの返事をして。
私の横まできて、私の名前を呼んだ岡田は「ちょっと来いよ」と、授業中なのにそんな事を言ってきた。


教室で喋っているのは怖そうなグループだけで。
岡田が来たせいなのか、さっきまでは騒がしかった生徒・・・。まだ中学あがりの“可愛いヤンキー”たちは、静かになり岡田の方を見ていた。


ちょっと来い?
それは、私に授業をサボれと言ってるの?



「いや」


私がそう言うと、梶山がいる怖そうなグループも、話すのを辞めた。

そして、化粧をしていた綾の手も止まって、驚いた顔で私の方を見た。「のどか・・・」って、戸惑った声が聞こえた。



「あ?」

私の言葉にイラついたらしい岡田は、分かりやすいぐらいに不機嫌な顔になった。


「今、授業中だから。あと五分待ってよ。休み時間に話聞く」


「…分かった」



岡田はそう言うと、怖そうなグループの方へと足を勧めた。シーンとする教室内に「俺が頼んだコーラは?」なんて、脳天気な梶山の声が聞こえた。






「命知らず」

誰がそんな事を言ったけど、私は無視して授業に集中した。




「なに、話って」

岡田に連れてこられたのは、誰も来そうにない廊下の端だった。ここの廊下には使われていない教室が並んでいるらしく、誰も来ない。


「自分の女を用もないのに呼んだらいけねぇのかよ」


その場にドスッと腰をかけた岡田は、下から私を見つめてきた。ワルの鋭い目に見られる事になれてないからか、少し戸惑ってしまう。


「そういう訳じゃないけど・・・」



その視線がイヤで、スッと顔を横に逸らすと、私の手首が何かに掴まれた。それは紛れもなく岡田の手で。
あたたかい岡田の手は、私の手首を強く握った。




「言っとくけど、お前を手放す気はねぇよ」


手放す気は無い。
そういった岡田の言葉通りだった。


3日で別れるかもと言った綾。
一週間で別れるかもと言った私の思い通りにはならず、岡田は本当に私を手放さなかった。


女の子を取っかえひっ返えしていたと噂があったはずの岡田は、本当にそんな噂が合ったのかと思うほど、私を大事にしてくれた・・・、と思う。


喧嘩をしている姿を見ても。
怒鳴り散らして、怖い顔をする時もあった。
不機嫌に机を蹴るのは当たり前で。



「長閑」


だけど、私の対してはそんな事をしなかった。
綾も「女関係の噂は嘘だったのかも」なんて言う始末。

私がどれだけ岡田に「イヤ」とか言っても、絶対に怒らない。絶対に暴力なんてしない。



付き合って3ヶ月がたち、岡田が学校へ来る日は当たり前のように私を家まで送ってくれた。そこの玄関で、私の名を呼び、もう見慣れた鋭い目で見つめてくる。


何をするか分かった。

っていうか、3ヶ月も手を出してこなかったから、不思議に思ってた。本当は私の知らないところで、他の人を抱いてるのではないかとか思ったりしていた。


顔を傾けて、形のいい唇が、
少しずつ近づいてくる。



───あいつ、マジで長閑の事本気だぞ








一週間ほど前、梶山に言われた事を思い出した。



岡田と初めて重なった唇は、2.3秒ほどで離れた。


鋭い目と、絡まる視線。

岡田は私の頬に手を当てると今度は少しだけ強引にキスをしてきた。家の前だっていうのに、何度も何度も重ねた。
岡田の舌は、私が苦しくないように、けれど時には強引に深めていった。




綾が言っていた「岡田の女の子の噂」は本当だったらしい。
慣れている。ってうか、慣れすぎていると思った。



「またな」


名残惜しそうに私から離れた岡田は、背中を見せて来た道を戻っていった。




1年生の夏休みは自分の家にいたり、綾と遊びにショッピングに行ったりした。


そして、岡田の家で、
岡田の部屋の中で、
私は初めてを岡田に捧げた。



初めて痛みに顔を歪める私を、岡田は子供をあやす様に優しくしてくれた。その顔は、学校で怒鳴り散らす顔とは全然違う。


不良の頂点と言われる岡田海翔は、とことん私にだけ甘かった。


「・・・長閑」


もう五度目になる行為になれば、痛みよりも快感の方が強くなっていく。岡田からキスをされながら、未だになれない快感に岡田に身を委ねた。ぎゅっと岡田の首に手をまわし抱きしれば岡田は分かりやすいぐらい上機嫌になり笑顔になる。


「好きだ」


初めて岡田に「好き」と言われたのは、この時だったと思う。







────夏休みがあけ、学校に行けば、岡田が怒鳴り声を上げていた。低い声で、容赦なく、“彼”を殴っていた。




飛び散る赤の液体。

白いワイシャツが、赤く染まる。
いろいろな方向に投げ飛ばされ、ホコリ塗れになった体。



「何あれ」


別にこういう光景は一学期で見慣れていた。
岡田が誰かを殴ってても、私は気にしない素振りをしてた。


もう既に学校へ来ていた綾にそう言うと、


「なんか一学期ずっと休んでた奴らしいよ。引きこもり?ってやつー?。来て早々岡田に目を付けられるとかやばいね。可哀想」


他人事のような返事。


岡田が殴っていたのは、「普通の人」だったから。



いつもワルばっかりを殴っていたのに。
岡田とは正反対の“彼”。

細くて、か弱そうで、
野菜で例えたらモヤシみないな男。


こういう奴を殴っている岡田は初めて見た。



「なんだっけ、名前。えっとぉ、確か・・・」



鈴宮 空

すずみや そら



夏休みでこんがり日焼けした綾は、思い出した名前を、笑顔で告げた。