一つ、疑問に思うことがある


2年程前、岡田と私が初めて出会ったのは高校入学式のこと。

ただ同じクラスになっただけで、私はそれまで岡田の事を全く知らなかったし、向こうも私を知らなかったと思う。
だけど入学式の日、私は岡田に告白され、付き合う事となった。
「付き合って」と言われたのは生徒達が沢山いる教室の中でだ。


その時、私は彼氏もいなかったし、「いいよ」と返事をした。岡田はこの学校というか、この地域では有名な人だったらしい。
だから教室で告白シーンを見ていたギャラリー達は、高橋長閑と岡田海翔が付き合ったという事をすぐに広めた。


岡田が私をどういって好きになったのか、それがこの2年間の疑問だ。


「なんでいんの?」

憎たらしい口を開くのは、中3になったばかりの私の弟。お風呂に入っていたのか、ガシガシとタオルで髪の毛を拭きながらリビングへと入ってきた。


「いちゃ悪いの?」

「だっていつも海翔君の家いんじゃん」


まあ、そうだけど。

あれから一時間程行為をして余韻に浸っているとき、岡田の携帯に一本の電話がかかってきたから。相手は岡田と一番仲がいい同じクラスメイトの梶山だった。

他校の生徒と大争いになるほどの出来事があったらしく、来てくれとの電話の内容。

別にこれは珍しい事では無かった。

何度か同じことがあった。


sexをした時は大抵は岡田の家にそのまま泊まるのだが、電話で呼ばれた日は車で家まで送ってもらっている。……無免許だけれども。




「用事あるらしいから」

「ふーん」


「お風呂ってお湯入ってる?」

行為をしたせいでベタベタする体を洗い流したい。
冷蔵庫からお茶の入った容器を取りだしコップに注ぐ弟の姿を見ながら、そう問いかけた。


「いや、シャワーだけ。母さん達もどうせ帰って来ないだろうし。入れようか?」

「ううん、いい」

「そ」


家に帰って来ない両親。
お父さんもお母さんも、それぞれ関係をもった人がいるから。

言葉にするなら、浮気という名が正しいのかもしれない。


お父さんは、お母さんじゃない別の女性と。
お母さんは、お父さんじゃない別の男性と。




蓮の事は弟って思ってはいるけど、
二人のことは物心ついた時から一度も両親だと思うのは無くなった。きっと、蓮もそう思っているだろう。


親から与えられるものは、お金ぐらいだろうか。
学費とかは振り込みでしているようだが、たまに月に1回程お小遣いとしてリビングの机に諭吉が書かれた札が数枚置かれてある。

両親の顔を見てないのは、もう何日目だろう。


「そうだ、姉ちゃん」


お風呂に入ろうとリビングから出ようとしたとき、ふと思い出したかのように蓮に呼び止められた。

振り向けば困ったかのように、笑っていて。



「6月の初めに三者面談あるんだよね、来てくれない?」


三者面談。学校の教師と生徒と、
その教師の保護者である人との面談。



「分かった、出来るなら4時半以降にしてね」

「うん」



「また日にち分かったら言うわ、ごめんな」

「うん、いいよ」


私の時も、お母さんとお父さんは来なかったし。
来る人がいないっていうのは、結構寂しかったりするから。













ガヤガヤとする教室。
いつも通りの変わらない光景が始まる。

今日から新しい授業内容をする数学の教師が、公式を黒板に書いていく。



「長閑ってさあ、今更だけど何でこの高校に入ったの?」


ピンク色のチークを頬に塗りつけながら、突然綾は口を開いた。もう目元は完成しているらしい。

先程まで眉毛も無かったのに、今はきちんと眉ペンで描かれている。


「結構真面目だし、他の学校でも行けたんじゃない?」


ねぇ、なんで?と。大きい瞳がこちらに向く。



「さあ」


「さあって」


「家から近かったからかな」


「それだけで決めるの?まあ長閑らしいけど」




私らしいとは?

ちらりと教室の後ろの方を見れば、岡田率いる集団が鈴宮へ肩パンごっこのようにサンドバッグとして殴りかかっていた。

主犯の岡田はその光景を見ながら、机の上に座っている。
そのとなりには、昨日岡田を呼び足した梶山が携帯をさわっていた。


「肩外れたんじゃね?」と、集団の中にケラケラ笑う男がいた。名前は確か篠田だったはず。  

多分、見ている限り篠田が一番鈴宮に暴力行為をしていると思う。ターゲットを決めたのは岡田だけど、おもに暴行をしているのは篠田達。
 
岡田の集団にも順位があるらしく、一番上は岡田で、二番は梶山、三番が篠田や他の奴等って言ったところだろうか。


岡田が動けば、篠田達も動く。
ちょっとした命令でも。

本当に、馬鹿みたいだ………………。


   


黒板に顔を向けようとしたとき、
一瞬、彼と目が合った気がした。


二重でキリっとした目は昔と変わってはいなかった。


まだ肌寒い風がふく屋上。
後ろから抱き締められながら、購買で買ったパンを食べる。岡田は授業中に食べ終えてしまったらしい。


「それ、どうしたの?」


チュ…っと、後ろから首筋にキスをする岡田は、「ん?」と返事をした。

「口の端、切れてる。痛くない?」


教室では気づかなかったけど、うっすらと赤い線が口元に描かれていた。
多分、昨日喧嘩をしに行ったから、その時にやられたものだと思うけど。


「別に痛くねぇよ、むこうの指輪が当たっただけだから」

そう言って、私の耳の裏をゆっくりと舐め始める。


「そっか」

舐められているせいか、少しだけ語尾が高くなった。



「なに、心配してくれてんの?」

後ろから顔を覗きこんできた岡田と目が合う。



「キス出来なくなっちゃうのかなって思って。当たったら痛いだろうし」

「余裕で出来るけど?」 


岡田は私の後頭部に手をまわし、唇を重ねた。侵入してくる舌は、私の舌とゆっくりと絡ませる。息苦しくなり舌を引っ込ませようとするけど、岡田の吸い付きによってまた元の位置に戻ってしまう。



「長閑、チョコの味する」

「…ん、…パン、チョコ味だから」

「やっぱお前可愛いな、すげぇ落ち着く」



ぎゅっと抱き締め、繰り返されるキス。


「今日俺んち来いよ」
 
岡田の言葉に2、3秒間がいたあと、コクンと頷いた。



眠たい目を少しずつ覚ましていけば、体が少し重ダルいことに気付く。その理由は私の体に岡田の腕が抱き締めるように上に乗っかっているから。

岡田を起こさないようにベットから起き上がれば、窓から朝日が入り込んできて、岡田の金髪の髪がやけに反射していた。

部屋の時計を見れば7時前で、そろそろ用意をしなければ学校に間に合わなくなってしまう。

「…岡田」

名前を呼ぶけれど、岡田は寝息を立てながらぐっすりと寝むってしまっている。


「岡田。起きて」

「………ん」

「学校遅刻するよ」

「ん、…あと5分…寝かして」

「……」


いつもそれを言いながら30分は寝てるじゃない。

なんて思いながらベットを抜け出して、用意をするために部屋から洗面所へと向かった。


岡田はお兄さんと二人暮らしをしている。両親の事はあまり深く知らないけど、別に離婚とか、喧嘩別れをしているのでは無いらしい。

そのお兄さんは夜の仕事をしていて、いつも夕方に出かければ朝の9時ぐらいに帰ってくる。だから滅多に会わない。シャワーを浴びたあとすぐにお兄さんは部屋で眠るらしいから。




部屋に戻ってから
カーディガンをはおり、黒色の靴下をはいた。
何度も泊まりに来ているから、洗濯済みの私物が岡田の部屋に置いている。

案の定、岡田はまだぐっすりと眠っている。





「岡田、起きて」

「………ん」

「先に学校行くよ?」

「……ん、のどか…」

もぞもぞと動き出した岡田は、目を閉じながら布団の中から腕を出してきて何かを探している。


「なに?」


そこに手を重ねれば、ぎゅっと握られる。
どうやら探していたのは私の手だったらしい


ゆっくりと開かれていく岡田の瞼。
まだ虚ろ虚ろとしている。


「…手、冷てぇな」

そう言った岡田の手は温かい。

「顔洗ってたから」

「そっか」

スーっと、また閉じられていく瞼。
そんな彼の頭を撫でれば、握られた手の握力が強くなった。



「…長閑」

「なに?」

「ずっと俺のそばにいてくれよ」

たまに、私に甘えてくる岡田。

「…うん、いるよ」


サラサラとしている岡田の髪は、ワックスをつけている時とは違い指がすんなりと通る。
そのまま前屈みになり、岡田の唇にキスを落とした。


「唇も冷たいな」


そう言った岡田は、穏やかな表情で笑った。

いつも冷たい目付きをして、喧嘩ばかりしている彼のこのような表情を見るのは、きっと私だけだと思う。

「海翔はいつも温かいね」

もともと冷え症な私の体。
岡田の温かい体温は、好きだったりする。



「めずらし、下で呼ぶの」

「これからそう呼ぶようにする」

岡田も何度か下の名前で呼べよと、言ってたでしょ?



「結構"岡田"って呼ばれるの好きだったんだけどな」


「そうなの?」

「でも海翔の方が嬉しい」



「どっちなの?」と、クスクスと笑う私を見て岡田は体を起こし、抱き締めながら唇をふさいだ。
後頭部に手をまわされ、深くなるキスは少しずつ体が火照っていく。


「学校、遅れちゃうよ」

「もうちょっと」


腕を引っ張られ、ベットの中へと連れ込んできた私を押し倒す岡田は、また噛みつくようなキスをしてきた。



これは遅刻確定だなあ、なんて思いながら、降りかかってくるキスに身を委ねた。



結局、あのまま岡田に抱かれてしまい、昼からの登校となった。珍しく朝にしてしまったからか、腰が少し重だるい。
今は五時間らしく、生物の先生が黒板に黙々と書いていく。



「おはー、長閑おそーい」

まだ化粧をしていない綾の顔は、マスクによって下半分が隠されていた。



「岡田は?」

「購買行ってる」

「長閑は行かなかったの?」

「うん、お腹空いてないし」


岡田に体力を奪われ過ぎて、逆にお腹が空かない。
こういうとき、男女の差があるんだなあって思う。



「私なんてずっとお腹空いてるけど?」

ケラケラと笑いながら、綾は鞄の中から化粧ポーチと鏡を取り出した。




"A型…AA、AO B型…BB、BO
O型…OO AB型…AB

AO型とBO型の場合、AA.AB.AO.BB.BO.OOと全ての血液型の通りがあり………………"


あー、なるほど、じゃあAB型の場合はOがないからO型は産まれないんだ。

生物って面白い。
なんて思いながらノートに書いていく。
じゃあ両親がAAで、AOではなかった場合はO型の子供は産まれないのかな?


「来てからすぐ勉強とか、ほんと凄いね長閑は」

「結構おもしろいよ」

無理無理、やってられない。そう呟く綾は下地を作る真っ最中らしい。




綾から黒板に視線を戻したその時だった。

書かれていた黒板の文字が消えて、私の知りたかった内容の部分が分からなくなってしまった。


「きったねぇな、鈴宮」


その原因は、投げ飛ばされた鈴宮の体が黒板に当たり消え去ってしまったから。
投げ飛ばした主犯は、声の持ち主からして篠田らしい。


……今のところ、まだノート取ってないのに。

篠田は鈴宮の胸ぐらを掴むと、床に叩きつけ腹部に蹴りをいれた。その事で鈴宮は変な息を吐き出す。 
廻りにいる集団達も、篠田のように踏みつけて…。
岡田はまだ購買に行ってるらしく、梶山は知らんぷりをして雑誌を読んでいた。



ガタッとイスから立ち上がった私に、綾は不信に思ったのか鏡から顔をあげて「長閑?」と私の名前を呼んだ。



ゆっくりと騒がしい方向に歩みだし、「篠田」と、頭に蹴りを入れようとした男に声をかけた。自分でも驚くほどの低い声。


「あ?」


目付きの悪い篠田は、低い声を出しながら私の方へ振り向いた。鈴宮に暴行をしていた男達も私の方を見て動きを止める。

鈴宮はぐったりとしていて、目だけがこちらの方を見ていた。



「なんだよ」

「するのは勝手だけどさ、こっちは勉強してんだよ。邪魔しないでくれる?」

「あ?」


「"あ?"じゃない、謝って」

「誰に向かって口聞いてんだよ?」

「あんたしか居ないでしょう」

「高橋、お前、海翔の女だからって調子のんじゃねぇぞ」

「その海翔がいなかったら、何も出来ないのは篠田でしょ」

「てめぇ…」

機嫌が悪い篠田は、私の胸ぐらを掴みあげた。 
殴りかかろうとしているのか、右手に力が入っている。



「ちょ、篠田!何してんのよ!」

後ろからは綾の声が聞こえ、



「篠田、海翔に殺されんぞ!」

「やめろよ」

「カジも見てないで止めろよ!」


殴りかかろうとする篠田の右手をおさえつける男達。黙ってこちらを見る梶山に声をかける奴もいた。


その時だった。
「てめぇら、なにしてんだ」と、教室の入り口から低い声が聞こえた。私以外の生徒たちは声のした方へ顔を向ける。

「海翔…」

「し、篠田。やべぇって、高橋離せよ」


声の持ち主は、岡田だった。


購買から戻ってきた岡田は、こちらへと歩み寄ってきた。私の目の前にいる篠田は、私の胸ぐらを放した。



「違うんだ、海翔、この女が鈴宮を庇うから」

 
今の光景を見られて焦っているのか、ハハハっと苦笑いをする篠田。
鈴宮を庇った覚えは無いけど。


「あ?」


岡田は篠田の髪を掴んだ。
岡田の顔は鬼のように変わっていて、どこからどう見てもキレているのが分かる。


「てめぇ、長閑になにした?」



「べ、別に」   

「何したって聞いてんだよ!!」


岡田はブチブチと聞こえるほど髪を掴み、そのまま顔面を硬いコンクリートの壁へと叩きつけた。
ゴリッと変な音がして、変形した篠田の鼻からは血が流れ出ていく。




そのまま岡田は床に叩きつけると、左腕を足でおさえつけ、反対の足をあげるとそのまま急降下して、ボキボキっと聞きなれない指の骨が折れる音が教室内に響き渡った。


声にならないほどの叫び声をあげる篠田。

私の胸ぐらを掴んでいた左腕は、瞬く間に悲惨な状態になっていく。




岡田は「殺れ」と、集団たちに命令を下した。


不良の頂点の岡田海翔。

岡田に逆らうやつは、誰一人として居なかった。


「長閑、大丈夫か?」

鬼のような表情とは一転、いつものような顔つきに変わる。連れてこられたのは空き教室で、六時間目は授業に出れないなあ。なんて事を呑気に考えていた。

一つのイスに岡田が座り、その対面になるように膝の上に私が座っている。



「うん」

「何があった?」 

「別に、授業の邪魔してきたから」

「そっか、悪かったな、もっと早く戻れば良かった」



私を抱き締め首筋にキスを落とし、チュ──と一点に吸い付く。


「でもあれはやり過ぎ」

「そうでも無いだろ」

「私もう怒ってないよ」
 
「俺が怒ってんだよ」


篠田、もう学校に来ないかもしれない。



カーディガンのボタンを外し、その下のブラウスにも手をかける岡田の手。



「あ、今日は放課後残るから、家に帰るね」

「用事あんの?」


ホックを外す音が空き教室に響き渡る。
温かい手が背中をなぞっていくため、ぞくぞくと体に力が入ってしまう。


「生物の先生に質問してくる」

「ほんと真面目だな」


背中に回っていた手が、胸へとたどり着く。ピクッと体がうごいてしまい、胸に当てられた掌の密度が多くなった。



「…や、海翔」

抵抗しようと、岡田の肩を押した。
簡単に動いた岡田の体、だけど胸に手を当てるのは変わらない。


「嫌?」

「嫌って言うか、うん…。体力がもたない」

「それ長閑がイキまくるからだろ?」

ちゅっと、リップ音がするだけのキス。


「さわるだけな」

今にもキスができそうな近距離でそう言った海翔は、舌を入れる噛みつくような深いキスをしてきた。



私にだけ甘い岡田は、他の人にはとことん厳しい。手加減っていう言葉を知らない。


放課後。


職員室に行き、知りたかった内容を聞き終えたころにはもう16時を過ぎていた。誰も残ってないだろうと思っていたけど、下側室にいけば、珍しい人物が壁にもたれかけ携帯をさわっていた。


その人物は私に気付くと、
「よお」と声をかけてきて、携帯をポケットの中へとしまいこんだ。

「何してるの?」と返事をすれば、「お前を待ってた」とのこと。




「時間ある?」

そう言ったのは
岡田と一番仲がいい親友で、
私と同じ中学校を卒業した人。


「うん」




梶山尚登(なおと)だった。


連れてこられたのは学校近くの公園で、自販機で買ったお茶を渡された。梶山に飲み物を奢ってもらうのは初めてのことだった。


「良くわかったね、まだ学校に残ってるの」

「ん?ああ、海翔が言ってたから」

「そう」

梶山はコーラを飲みながら、ブランコに座った。私もブランコの前の柵に腰をかける。
高校になってから茶色かった髪を染めて黒色になり、背が伸びた梶山。


「なに、話って」

「あー、うん。お前の弟のことでさ」

「蓮?」



どうして蓮の話?
確かに梶山の弟と同じ学年だけど。



「蓮がどうかしたの?」


「悠人とお前の弟仲いいだろ?それで聞いたんだけどさ」

悠人とは、梶山の弟の名前。
確かにたまに"悠人と遊んでくる"と言っていた。多分親友って言っていいほどの仲なのだろう。


「高橋の弟、前に高熱出てたの知ってる?」

「…え?」


高熱?

いつ?



「2週間ぐらい前の話らしいけど」

「……」

「体育の授業中、倒れたらしい」

「…悠人が言ってたの…?」

「そう、次の1日は休んだらしいけど、姉に心配されたら困るからすぐに登校してきたらしいけど」

「……」



知らなかった。
倒れる程の高熱って、どれぐらいの?

気付かなった、いや、気付こうともしなかった。
学校を休んだのも知らない。


海翔の家に泊まりに行っていたから会わないのは仕方なかったけれど、弟の異変に気付かなかったのは、何の言い訳も出来ない。


「俺が言うのもなんだけどさ、中学って言ってもやっぱ頼りたい人って必要だと思う」


「…うん」


「まあ、それだけ言っておこうと思って」

「うん、ありがとう、教えてくれて。梶山の弟にもお礼言っといてくれたら嬉しい」

「了解」



両親が帰ってこなくなり、家ではずっと私と蓮の二人だけだった。だけど私が海翔と付き合うようになり、家にいるのが少なくなった。っていうことは、家にいるのは蓮だけってことになる。

普通の中学生より、大人っぽい雰囲気があるし、一人でも大丈夫だろうっていう感情が私の中にあったのかもしれない。


この前の三者面談の時だって私に頼ってきた。けどそれは学校の行事だから必ず必要なことで。一人で出来ることは私には頼らない。


「海翔と付き合ってるし、よく泊まりに行くんだろ?」

「…うん」

「たまには家で弟とゆっくり飯でも食えよ」

「…ん」


寂しいっていう感情は、私が一番知ってるはずなのに。頼るっていうことが、どれだけ大変なことか分かっているはずなのに。だからこそ、私から気付かないといけないはずなのに。


「さーて、そろそろ帰ろ。俺も篠田みたいになっちゃうしなあ。海翔嫉妬すげぇし」

そう言いながら笑う梶山。



「あ…ごめん」

「いいよ。海翔にはちょっと借りるって言ってあるから、それに海翔、俺には怒らねぇよ」

「仲いいもんね」

「まあな、じゃあ、また明日。明日は遅れてくんなよ」



梶山は学生鞄をリュックのように縦にして腕に通した。何が入っているのか、どこからどう見てもペチャンコの鞄。



「ありがとう、カジ」

「おー」


久しぶりに、梶山をあだ名で呼んだ。
何年も変わらない笑顔は、海翔とは違い太陽のようだった。