「━━━━━━━よぉ、高橋」

卒業式の日、岡田から『迎えに行く』と連絡が来ていた。だから私は朝早くから家の前で待っていた。

早く岡田に会いたかった。


なのに、私の前に現れたのは岡田じゃなかった
見下すように笑うその男は、私の胸ぐらを掴んだ男だった。



「篠田⋯」


岡田の怒りを買い、リンチにあった男。
私は驚いて、少しだけ目を見開いた。


「ご無沙汰、元気？」


篠田の後ろには、大きい黒のワゴン車。

中には、誰かが入ってそうな気配。


やばい。素直にそう思った。




「なに？」

「話しあんだよ、大人しく乗ってくんね？」

「嫌よ」

「もし拒否んなら、お前ん家乗り込んで、弟ボコボコにするけど？いいのかよ」


どうやら私を脅しているらしい篠田。
なぜ弟がいることを知ってる？どこかで調べてきたのか。


蓮が人質では逆らう事が出来なくて。


素直に乗った車の中には、ふたりの男がいた。顔は見たことがない。多分、どこかの篠田の知り合いだろう。

あの日以来、篠田は学校に来なかったから。



「海翔、呼びだせよ」

走り出した車で、2列目のシートに座る私の横で篠田はそんな事を言う。
私を拉致したのは、岡田を誘い込むため。



「無理」

「はあ？」

「無理だから」

「弟がどうなってもいいのかよ」

「違う、そうじゃなくて、私たちもう別れたから。呼び出しても来ない」

「はあ？」


有り得ねぇ、そんな顔をする篠田は、ニヤリと笑い、私の頬に殴りつけてきた。


「嘘ついてんじゃねぇよ。あの海翔がお前と別れるわけねぇだろ。舐めんじゃねぇぞ」


別に嘘じゃない。


「おい篠田、殴んなよ、後でチンコくわえさすんだから」

「そうだぞー、せっかく美人なんだからよぉ」

「うっせぇな、どうとでもしろよ、こんな女。もういいわ、俺が呼び出す」

「やめてよ、あの時ムカついたのは私でしょ。海翔は関係ないから」

「黙れ、俺に文句言ってんじゃねぇよ!!」



携帯を取り出し、何かを操作している篠田は、私に向かって写真を撮り。


「海翔に送るつもり？」

「黙れ」

「本当にやめて、私はどうなってもいいから、海翔には手を出さないで」


私は篠田を見つめた。

今までずっと守ってくれた海翔。
そんな海翔にまた守られるなんて、ダメだ。


今度は私が海翔を守るのに。


今まで傷を付けてしまった分、私が償うと決めたのに。


「マジで別れたのかよ」

「そうよ、あんた学校に来てないから知らないだけ。噂でもちきりなんだから」

「へぇ⋯」


篠田はにやっと笑った。
この笑い方は好きじゃない。


「じゃあ、俺と付き合えよ。そんなら弟にも海翔にも手ぇ出さないって約束してやる」


篠田と付き合う？



「ふざけないで。そう言いながら海翔に復讐するのは目に見えてる」

「そうだな、お前とヤってる動画ぐらいは送るかもな」

「最低」

「今犯してもいいんだけどなあ」

「⋯⋯」

「お前、マジで顔だけはいいしな」


やる？篠田と？
それは絶対にイヤ。


もう、他の人と⋯

岡田を絶対に裏切りたくない⋯⋯。




「お前さあ、マジで別れてんの？」

「だからそうだって言ってるでしょ、私が呼び出しても来ない」

「んでも、すげぇ電話かかってくるんだよなあ、海翔から」




海翔から？

なぜ？

まさか⋯


「写真送ったの!?」

「ああ」

「どうして送ったのよっ!!」

「でけぇ声出してんじゃねぇよ!!」


篠田は私の髪を掴むと、ぐっと勢いよく引き寄せた。



「マジで海翔の前で廻してやるよ」


低い声で呟く篠田。




来る、海翔は絶対に来る。

そして、海翔が傷つき、私が守られる。



走る車。



「やめてっ、本当におろして!!海翔に手を出さないで!!」

篠田に掴みかかるけど、篠田は動じない。
それどころか私を押さえ込んで「もしもしぃー？」と海翔の電話に出る始末。


だめ、岡田。来ちゃダメ。

「あとから場所送るからー、あー？1人で来いよ〜」

「やめて!! 来ないで!! 」

「だからうっせぇんだよてめぇは」


携帯を持つ手とは反対の手で、私を殴る篠田。
携帯越しから岡田の怒鳴り声が聞こえる。


「だから殴んなって」

助手席の男がケラケラと笑う。



「来なかったらこの女、廻すから。どうなっても知らねぇよ」


電話を切り終えた篠田は、私の胸ぐらを掴んできた。


「マジで別れてんの？」

「⋯そう⋯、だから掛け直して⋯、来るなって⋯」

「別れた理由は？」

「⋯あんたに言う必要ない」

殴られた顔が、ジンジンと痛む。



「お前、マジでムカつくなあ」

「電話して⋯来るなって」

「もういい、うぜぇ」


「篠田⋯お願い。何でもするから」

「だから女になれって言ってんじゃん」

「⋯⋯あんた、私の事嫌いなんでしょ」

「大っ嫌いだよ、マジで死ねって思ってるしな。女になったら金でも稼いでもらうわ、他の男にやられて来いよ」

「分かった、するから。海翔を呼び出すのはもうやめて。」


これで岡田が守れるなら⋯。
もう会えない存在になったとしても。

本当はしたくない。岡田を裏切りたくない。
他の人に抱かれたくない。

でも、岡田に傷ついてほしくない。



「篠田⋯お願い⋯」

「お前、ほんと顔だけはいいよな」

「⋯何言ってるの」

「なあ、今から行くとこ、薬品かなんかあった？」


篠田が前の男にといかける。


「さあ？知らね」

「工場で使うのぐらいはあんじゃねぇの？皮膚ただれるぐらいのもあると思う」

「ふーん、じゃあ高橋、それ頭からかぶれよ」


皮膚がただれるほどの薬品を？


「なんでもするなら、それぐらい出来るだろ？」


私の顔を、ぐちゃぐちゃにしたいってこと。


「わかった、する、するから」


私は躊躇わず答えた。
こんな顔、どうなってもいい⋯。

「じゃあ海翔に来んなって連絡するわ」

そう言って携帯を操作し直した篠田に、私は心の中で安心のため息をついた。これでいい⋯、岡田、来ちゃダメ。もう私を守ろうとしないで⋯。




「ついたぞ」

着いた場所は、大きな工場の前。
使われているような工場だけど、人1人もいなく。


工場の中は鉄の棒が壁に立てられてあったり、バケツが散乱したり、はっきり言って‘汚い’っていうのが印象で。


「俺、奥の方見てくるわ」

と、運転していた男が言う。

篠田は私を散乱していたロープで私の手首を後ろで結びつけた。そのままそこに私を座らせ、篠田と助手席の男は煙草に火をつけていて。


「岡田ってやつ、いつ来るって？」

「あと10分ぐらいじゃねぇ？」


岡田が来る？
何言ってるの？



「ちょ、どういうこと、海翔が来るって何？」

「さっきの連絡、ここの住所送ったんだよな」

「は⋯？」

「海翔が来るってこと」

「そんな、約束が違う！！」

「騙される方が悪いんだよ」


篠田はケラケラ笑いながら、地面にタバコを落とし靴で火を消した。


「ふざけないでっ」

「おーい、薬品系なかったわ、やっぱ持っていったんじゃねぇ？」

「はー？マジかよ」

「篠田っ、聞いてるの!?」

「うっせぇな」

「なあ、もうやっちまってよくね？」

「ダメだっつってんだろ」



岡田が来る。
ダメ⋯来ないで⋯。

きっと篠田は、私を囮にして岡田に暴行するつもりだ。確かに岡田も篠田に暴行をした。それを許さない篠田は復讐するつもりでいる。


復讐したい気持ちは当たり前だ。

でも、岡田は私を守るためにした⋯。


「お願いだから⋯、海翔に手を出さないで⋯」


全ては私のせい。


涼宮が毎日岡田に暴行されていたことも。

梶山がどういう気持ちで私の傍にいたのかも。

岡田は⋯⋯、不良に⋯本当になりたかったの？


全部全部、私のせい。




「⋯⋯⋯海翔⋯⋯」

「しつけぇなあ！」

「お願い⋯」

「なあ、マジでやられてぇの？」


篠田が私の目線にあうようにしゃがみこみ、私のネクタイを掴み引き寄せる。


「いいよ、それで海翔に手を出さないのなら」

「何でだよ、嫌なんだろ？」

「いいって言ってるでしょ」

「嫌って言えよ」

「⋯言わない」


篠田の眉間に、シワがよる。


「俺は、海翔が謝罪してくれたらそれでいいんだよ」

「⋯⋯え？」


篠田が、軽くため息をついた。
そしてゆっくりと私のネクタイを離し。


「別に⋯、マジでお前を廻そうとか言ってるわけじゃねぇ。お前のこと嫌いだけど、女を廻すとか⋯、そういうのはすげぇ胸くそ悪ぃから」


篠田⋯？


「あの時はごめんって、海翔が言ってくれればそれでいい」


そう言っている篠田の顔つきや、声が、嘘だと思えなかった。


「篠田⋯」

「殴って悪かったな」

篠田の手が、私の頬にふれた。



「どうして私を連れ出したの⋯」


篠田は、岡田に謝罪をしてほしいだけ⋯。
私を連れ出す理由は？


「嫌がらせ。直接謝れっていうより、こっちの方が気分いいからな。ちょっとでもビビれって話だ」

「⋯⋯海翔が来たら、どうするつもり？」

「別にどうもしねぇ⋯。お前はそこで大人しくしてろ」

じゃあ、岡田を暴行するつもりは無いってこと？


「篠田ぁ、話違うくね？廻すんじゃねぇの？」

「あーもういい、悪かったな二人とも付き合わせて」

「はあ？なんだよそれ」

「1発ぐらいよくね？」

「やめろ」

「はあ？意味分かんねぇ」


イライラしている助手席に座っていた男は、地面に落ちていたバケツを蹴りつけた。

それが壁にもたれかかっている鉄の棒に当たる。



「焼肉でも奢るからさ」

「俺特上〜！」

「はあ？じやあ俺はクロギワギャウな!!」

「クロギワギャウじゃねよ、黒毛和牛だよ」


どうやら本当に、私は廻されないらしい。

海翔にも暴行はしないってこと⋯。

私を連れてきたのは、海翔を惑わすため⋯。



心の奥底で、安心のため息をついた。



「あー、にしても岡田ってやつ遅せぇ！」

「もう来るだろ」

「俺車で待ってるわー」


もう一度、バケツを蹴った助手席の男は、運転していた男に「鍵かして」と手を伸ばした。




その時、「━━━━━━━━高橋！避けろ!!!!」と、篠田の大きな声が倉庫に響き渡った。

避けろ？何かから？


そう思って顔を上にあげた。



降ってくるのは、壁にもたれかかっていた鉄の棒の山だった。


まるでスローモーションのように、落ちてくるそれ。

逃げないと、そう分かっているのに。手を縛られているせいなのか、それとも驚きのあまり動くことが出来なかったのか。


何本もの鉄の棒が、降ってくる。




「━━━━━━━━━長閑っ！」



⋯⋯大好きな人の声が聞こえた。


ガランガッシャーーンｯ!!!と、不規則な鉄の棒が地面に叩きつけられる音が、倉庫内に響いた。


痛いはずの私の体は、それほど痛くはない。鉄の棒が本当は発泡スチロールだったりだとか、そんなんじゃない。


私を庇うように、覆いかぶさっているおかげで、私は鉄の雨から守られた。

抱きしめるように私を守る。
私は知っている。
顔が見えなくても、力強さと匂いでわかる⋯。






「⋯⋯海翔⋯⋯？」


でもその匂いは、瞬く間に血の匂いへ変わった。



「海翔!?大丈夫か!?」

「おいおいっ、やべぇ音したぞ!!」

「重っ⋯、おい篠田っ、そっち持て！」


どういう状況なのか、体が震えてうまく理解してくれなかった。岡田がどうして私を庇っているの？それは鉄の棒から私を守るため⋯。

どうして頭から血が出ているの？
私を守るために、血が⋯。



「海翔⋯？⋯⋯っ⋯⋯」

なんで？どうして？
どうして私なんかを⋯


「海翔!!!!しっかりしろ!!!!」

「きゅ、救急車呼べ!! 絶対やばいだろこれ!!」



篠田が、岡田を起こす。

そこで見えたのは、血で赤く汚れている岡田の顔。


「海翔!!!!」

私の叫び声が、響き渡り。



薄らと、開いた岡田の目⋯⋯。



「⋯⋯長閑⋯？」

「海翔っ、どうして⋯!! 今救急車呼んでるから!!」

「海翔っ、しっかりしろ!!」

「おいバカ揺らすな！下におけ!! 絶対頭んとこ触んな！」



床に横たわった岡田に近寄る。
岡田はゆっくりと私の方に手を伸ばしてきて⋯。


「長閑⋯⋯」

「海翔っ、しっかりしてっ、寝ちゃダメだよっ！」

「⋯聞けよ⋯のどか⋯」

「聞く、聞くから！」

「おれ⋯⋯うそ⋯ついてた⋯」


なんの話？
嘘？
いや、それよりも


「後でいっぱい聞くから！もう喋っちゃ⋯」


岡田から出てくる血が止まらない⋯



「あの男の葬式で⋯⋯お前を見た⋯」

あの男？
それは大地の⋯


「⋯一目惚れだった⋯」

「⋯え？」

「付き合ってから⋯お前を好きになったんじゃない⋯」

「何言ってるの⋯」

「長閑と付き合えたとき⋯嬉しかった⋯⋯」

「海翔⋯⋯」

「俺と、⋯また、付き合ってくれよ⋯⋯」

「付き合うっ、付き合うからっ⋯、お願いだからもう喋らないで!!」

「篠田⋯⋯」

「な、なんだよ」

「⋯⋯悪かった⋯」

「な、に⋯言ってんだよ！ふざけんなっ死んだら承知しねぇぞ!!」


死ぬ？岡田が？
そんなの嫌⋯⋯。


「⋯⋯だから⋯あいつ⋯俺に⋯」

「海翔っ、死なないで！お願いっ、お願い！」

「篠田⋯のどかを⋯頼む⋯⋯」


少しづつ、閉じられていく岡田のまぶた。


いや
いや


いや⋯


「いやぁあーｯ!!!!!!!」


私はまた、大好きな人を失うのか。


大事な存在。
愛しい岡田⋯⋯。



「救急車来たぞ!!」


篠田が手をほどいてくれて、私はずっと海翔の名前を呼んでいた。もう意識を失っている岡田は微動だにせず。


溢れ出す泪が止まらない。
朝、岡田に会うからと張り切ってした化粧が、面影がないくらい崩れてしまっている。



「海翔、死なないで!! 1人にしないで!!!」


もし、岡田が死んでしまったら⋯⋯、

私は生きていけない⋯。


岡田のいない世界なんて、もう、死んでるのと一緒なんだから⋯⋯。



あなたがいない未来なら、私は死を受け入れる⋯。



救急車の中でも、岡田は意識不明のままだった。救急隊員に何かを聞かれても、私は戸惑ってしまい自分自身何を言っているのか分からなかった。

同乗していた篠田が、何かを言っていたような気がする。




「落ち着け高橋」と、泣き叫ぶ私を押さえ込んだまま岡田は病院の中の治療室へと運ばれた。


「海翔を助けて!!」と、何度も叫んだ。



「あの海翔が死ぬわけねえ」

さっきまで私を拉致していた男が、私を無理やりベンチに座らせ励ます言葉を言う。



手が震える。
体全身が震える⋯。

そう、岡田が死ぬわけない。


岡田⋯

岡田⋯

岡田⋯。



「⋯海翔⋯⋯⋯」


私を庇ったせいで岡田を意識不明にしてしまった。

私が早く、自分で動いて避けていたら、こんな事にはならなかった。

全部全部、私のせい。

あんなにも頭から血が出ていた。岡田が死んでしまったらどうしよう。岡田が死んでしまったら⋯。



大地のように⋯

私の前からいなくなってしまう。

私はまた⋯大事な人を死なせてしまうの⋯⋯？



治療室に入って、何分たったか分からない。
何十分かもしれない⋯。
岡田がどうなっているかも分からない⋯。


「海翔⋯、俺に言ってきたことがある」


ボソッと、篠田が私にかすかに聞こえる声で何かを言ってきた。


「え⋯？」

「つーか、俺、海翔に聞いたことあって、なんで高橋をそんなに甘やかすんだって」

「⋯⋯」

「お前だけマジで大事にしてたじゃん？逆らう奴にはあんなに容赦しない海翔が。高橋が海翔に文句言っても、あいつ絶対に高橋に怒らなかっただろ？」

「⋯⋯」

私にだけ甘い岡田⋯。

それは大地の事があったから⋯⋯。

大地に私を頼むって言われたから⋯。


「んで、聞いた。甘やかす理由」

「⋯⋯⋯」

「そしたらあいつの為なら何だってするって言いやがって」

「⋯⋯」

「それ理由じゃねぇしって思ったけど。⋯⋯つーか、海翔って頭じゃん。つえーじゃん、海翔の名前聞いたら逃げ出すやつすげぇ多いのに⋯、そんな海翔が高橋だけ甘やかしてる。⋯だから俺高橋の事嫌いだったんだよ」

「⋯⋯」

「だから前に、高橋に文句言われて、俺すげぇ腹がたって。海翔がいなかったらビビって何も言わねぇくせにって」

「⋯うん」


「そしたら海翔に見つかって、俺ら友達だったのに⋯簡単に俺を捨てた海翔が、ムカついてしょうがなかった。マジで殺してやるって思った」

「⋯うん⋯」

「教えてくれよ。何で海翔はお前にそんなに甘いんだ？お前と海翔の関係って何だ？」

「⋯⋯」

「普通の付き合いじゃねぇよな」


普通の恋人じゃない⋯。
その通りだと思った。大地に任されたから私と一緒にいることを決めた岡田に、最初は私への愛は無かった。


岡田が不良になった原因は、涼宮にイジメをすることを目標として、涼宮と大地が双子だと知らせないようにするためだった。

誰かが「あいつ双子だぞ」と、上の人間の岡田に伝えれば、そこで黙ってろと私に知らせないようにすることが出来るのだから。


岡田はきっと、不良になりたかったわけじゃない。


「⋯⋯中学のとき、元カレが死んだ」

私は小さい声で言った。

篠田は⋯⋯え？と、驚いた顔をして。


「⋯高橋の？もしかして海翔が原因で死んだのか？だからあいつ、お前に償ってるとか？」

「⋯違う、海翔はそんな事しない⋯、元カレの最期の言葉が、私を1人にしないで⋯⋯っていう言葉みたいで⋯。海翔にそれを言ったの」

「何で海翔に？海翔、そいつと友達だったのか？」


違う。岡田はその時が初対面のはず⋯。
大地とは、なんの関わりも無かった。



「⋯分からない。初めて会う相手⋯」

「それだけで、海翔がお前に尽くしてんのか？」

「そう⋯」

「意味分かんねぇ⋯、つーか、元カレ⋯⋯⋯、高橋、大丈夫か？」

「⋯⋯大丈夫って？」

「いや⋯、だって⋯。⋯⋯悪かった⋯、こんな事、するつもりじゃなかった⋯」



二の舞⋯。
篠田はそう思っているのだろう。


「私のせいだよ⋯、全部私が⋯、⋯⋯っ、私が大地を殺した⋯っ。今回も私が⋯、ごめんなさい⋯ごめんねぇ⋯⋯⋯⋯っ⋯」


大地も私が早く警察に言っていれば⋯。
死なずに済んだのに。

岡田⋯、お願い、死なないで⋯。
もう二度と大切な人を失いなくない⋯。

「長閑っ！」

その時、泣きじゃくって伏せて顔を手で隠している私の耳に、聞きなれた男の声が耳に入った。


「海翔は!!?!」


ここまで走ってきのか、汗だくで、息が荒い梶山が、私の肩を掴み聞いてくる。その後ろには涼宮もいて、涼宮も梶山と同じぐらい荒い息をしていて⋯。


どうして、2人がここに⋯。



「涼宮⋯？なんで涼宮が⋯⋯」

意味の分からない顔をする篠田。それもそうだ、ずっと岡田がいじめていた相手なんだから。そんな被害者の涼宮が加害者の岡田のもとへ来るなんて。


「どうして⋯カジ⋯」

「篠田から連絡来たんだよ!! 海翔は!?」

「わ、わかんな⋯、」

「分かんねぇじゃねぇよっ、お前は!? お前は大丈夫なのか!? 血まみれじゃねぇか!!」


血まみれ？
これは私じゃない⋯岡田の⋯。

私、着ているものが制服か分からなくなるぐらい、血で汚れていたの⋯？


「これは⋯海翔の⋯⋯」

「お前はどこも怪我してねぇんだな!?」

「どうしよう、どうしよう、カジ⋯、こんなに血が出てたら⋯⋯海翔がっ⋯、海翔が！」

「あいつがそう簡単にくたばるか馬鹿！」

「で、でも⋯すごく⋯血が⋯」

「大丈夫だ、落ち着け」

「⋯⋯カジ⋯」

「死なねぇよ、絶対死なない⋯。大丈夫だ」



震える私の体を、梶山が安心させるかのように抱き締める。無理やり抱いた時とは違い、安心させる梶山の腕の中。


「大丈夫だから」




大切な人を二度と失う悲しみ。



梶山は私が泣き止むまで、そばにいてくれた。

涼宮は岡田の両親に連絡をしに行き。

篠田はどうしてこうなったのか、梶山に説明していた。




処置室から歳をとった男の医師が出てきて、私たちを見るやいなや、「命に別状はありませんよ」と静かな笑みをしながら言いはなった。


その言葉に、私は梶山の腕の中で泣き崩れた。



無事だった⋯。

まだこの世にいてくれた。


それがどれだけ嬉しいか。


「な？言っただろ」


そう言った梶山の腕は、かすかに震えていた。私を励ましていた梶山も心配で心配で仕方なかったんだろうと、後になってから思う。






岡田の意識が戻ったのは、次の日だった。

あんなにも血が出ていたのに、頭の方は何針か塗っただけだと。ただ出血が多かったみたいで、輸血したと言っていた。

あと、打ちどころが悪かったようで、右足が骨折していたらしい。




それ以外は何の心配もなく、大丈夫だと。


しばらく入院になった岡田は、「暇すぎる」と笑っていて、その顔を見て、また涙を流した。




私は毎日、岡田の病室まで通った。



「長閑、見ろよ、すげぇハゲ」

髪を切り、傷口を縫ったため、そこの部分だけ髪はなく。岡田はケラケラ笑いながら、それを私に見せてきた。



「ハゲでも好きよ」

私はクスクス笑いながら、持ってきた漫画を岡田に渡した。



「ありがとう、長閑」

「ううん、体調どう？足は痛まない？」

「ああ、大丈夫。もう退院できるらしい」

「本当？」


まるで、あの血まみれの現場が嘘だったみたいに、元気に笑顔で話す岡田は、目を覚ました直後、言った言葉が「長閑は⋯？」だったらしい。



自分が危険になっても、私の事を考えてくれる岡田。



「ねぇ、海翔」

「なんだよ」

「うん⋯私、いろいろ考えた」

「⋯⋯真面目な話か？」

「うん」


私はじっと岡田を見つめた。
岡田も私を見つめて⋯




「別れよう⋯海翔⋯」


泣きそうになる。

岡田は私が何を言うか分かっていたみたいで、「⋯理由は？」と、小さく声を出した。


理由？
そんなのありすぎる。



「私といると不幸になる。海翔はもう好きに生きていいよ。もう⋯大地に囚われなくていい⋯」

「⋯そうだな」



本当はずっと一緒にいたい。
そばにいてほしい。

でも、岡田を犠牲にさせる訳にはいかない。



「今まで、ごめんなさい⋯」

ずっと岡田を縛り付けてしまって。
自由に生きることのできた数年の間、大地の最期の言葉だけでこんなにも尽くしてくれて。


「俺、ずっとワケ分かんなかった」

岡田は口調を変えず、思い出すかのように私を見ていて。



「なんであの時、一緒にいたカジじゃなくて俺に言ったのか」

それは大地の最期の時のことに間違いなくて。
初対面の岡田に託した大地。



「初めて会うし、状況もわけわかんねぇのに、知らねぇ女の事を頼むだとか、はあ？ってなるだろ普通。⋯⋯けど⋯今回でやっと分かった。俺もカジがいても、多分、篠田に言ってた」


岡田も梶山ではなく、篠田に？

どうして？


「頼むって言いながら、とられたく無かった。ずっと長閑の気持ちが俺に向いてて欲しかった」


梶山にとられたくなかった？

死んでもなお、ずっと自分を愛して欲しかった。



「カジが本気出したら、きっと長閑も惚れる。俺を思ってる気持ちより大きくなると思う」

「⋯今回の私が海翔を好きになったみたいに？」

「ああ。ずっと好きでいて欲しかったんだろうな」



大地が梶山に頼むって言わなかったのは、梶山を自分を越えてまで好きになって欲しくなかったから。

だから岡田に言った。

でも私は大地よりも、岡田を好きになった。



「そっか⋯」

「だから⋯やっぱり俺、長閑のこと誰にも渡したくねぇし、俺の事を1番に思ってて欲しいって思う」


今の私は、岡田が一番好き⋯。



「海翔⋯でも」

「俺に対して、悪いと思ってるんだよな？」

「思ってるよ⋯、海翔に償いたいって思ってる。私のせいで海翔にケガをさせたことも、私をずっと守ってくれて⋯」

「うん」

「嬉しかった⋯、海翔がいてくれて⋯、大地が死んで空っぽになった私の傍にずっといてくれて。どれだけ海翔に救われたか⋯」

「⋯そうか」


「もう、守らなくていい⋯、そばにいなくてもいい⋯。海翔の好きに生きて⋯」


岡田は軽く笑いながら、頬に流れる私の涙をふいた。


「じゃあ、償ってくれよ」

「⋯何をすればいいの⋯？」

「何ならできる？」

「海翔が望むなら何でもする」

「何でも？」

「⋯うん」

「マジで言ったな？」

「⋯うん、⋯海翔、何で笑ってるの？」


岡田は私の涙を全てふくと、私をゆっくり引き寄せた。
引き寄せられる意味が分からず、私は困惑した。


「一目惚れだった」

「え⋯？」

「正直、死に間際だからって、よくわかんねぇ頼み事をきく方がどうかしてるだろ？」

「⋯うん」


その通りだと思う。いきなり初対面の人にそんな事を言われても、岡田みたいに死にそうになるまで言うことを聞いたりしない。人生がおかしくなるほど、そんな事を普通はしない。


「長閑だからだった」

「⋯あたし⋯？」

「あいつの葬式ん時にお前を見て、一目惚れした。お前を手に入れたいって思った。長閑と付き合えた時、男の代わりだって分かっても嬉しかった」

「そ、」

「あの男の事もあるけど、それよりも長閑がすきだったから傍にいたかった。だから本当は、長閑のせいじゃない。俺が一緒にいたかっただけだ」

「⋯⋯海翔」

「⋯⋯それでも、償うって言ってくれんのか？」

「⋯うん」


私の事をずっと好きでいてくれて、守ってくれた岡田。償わかければ、何をしたらいいのか分からない。

岡田に抱きせられたまま、岡田ははあ⋯っと深くため息をつき。



「じゃあ、ずっとそばにいてくれよ」

「⋯え？」

「長閑の人生俺にくれ」

「な、何言ってるの⋯？」

「結婚してくれって言ってんだよ」


一瞬、岡田が何を言っているのか分からず。

瞬きさえ忘れる私に、岡田は続ける。


「別に今すぐじゃなくていい、蓮が卒業する頃ぐらいだったらもう落ち着いてるし」

「ま、待って」


私は岡田の胸に手をおき、力をいれた。
少しだけ離れた岡田は、やっぱり笑っている。


「何だよ？」

「何だよじゃない⋯、本気で言ってる？」

「本気、償ってくれんだろ？じゃあ長閑をくれよ」

「で、でも」

「でも？」

「⋯無理だよ、絶対に海翔、後悔するよ。不幸になる⋯。これ以上海翔を傷つけたくない」

「それはお前が決める事じゃない、俺が決める事だ」

「⋯海翔⋯」

「俺も愛してる⋯、だから傍にいてほしい。償うとかもう関係ねぇ。俺が長閑を必要なんだよ」


まさか、岡田からこんな台詞が聞けるとは思わず。決心したことかゆらぎそうになる。



「結婚してくれ」

「⋯⋯海翔⋯⋯」


また抱きしめられた私は、嬉しさでどうする事も出来なかった。きっと私の方が岡田の事を思ってる。


「返事は？」

「⋯⋯っ」

「長閑？」

「ほ、本当に私でいいの⋯!?」

「長閑しか無理だ」

「海翔っ⋯、私も海翔しか無理だよ⋯」

「それはいいって返事でいいのか？」


うん、と言ってもいいのだろうか。

こんなにも岡田が好きで。

岡田を不幸にさせてしまうかもしれないっていうのに。

「絶対に絶対に私より先に死なないで!! 先に死んだら許さないから!! 浮気してやるから!!」

病室だというのに、私は叫ぶようにいい、岡田を抱きしめ返した。



「お前を残して死ねるか」


私にだけ甘い岡田⋯。
私に一目惚れをした岡田⋯。


私に、自分の未来をくれるという岡田·····。




どちらからともなく、私達は唇を重ねていた。

岡田の手つきや、唇や、舌、体温がとても気持ちよくて。




「やべぇな·····」


唇を離し、ポツリと呟いた岡田は、私を抱きしめる。


やばい？

なにが？



「早く退院してぇ·····」

「ダメだよ、ゆっくり治さないと」

「ここじゃ抱けねぇだろ」



抱けねぇって·····。

もしかしてやばいって、やりたいからやばいってこと？



そんなの·····。


「海翔·····」


1度、梶山に抱かれた。
それから私と岡田は、体を重ねてない。



「いいよ、ここでも」


驚いた表情で私の顔をみた岡田は、「まじかよ」と声をもらした。



「怪我が酷くなって入院が長引いてもいいならね」




ふざけんなよってする岡田の顔を見て、私はクスクスと笑った。嬉しかった。岡田が私と体を重ねたいって言ってくれて、本当に嬉しくて。



「もう無理っつーまでやるからな」



大好きな岡田。

この世で1番大切な人··········。





「ずっと一緒にいてね·····」

「ああ」



これからもずっと、私は海翔を愛し続ける。