涼宮side



「俺、兄貴だから」

そう言った男は、天国へ旅だった





昔から、「お前ら似てねぇな」って言われてた。
僕の兄は僕と誕生日が一緒。
数分差で生まれてきた。つまりは双子。


双子なのに、僕達兄弟は似ていなかった。

兄である大地は、背が高く、顔の彫りが深くはっきりとしていて、笑うと太陽のような元気が取り柄な男だった。


そんな僕は平均よりも背は低く、体重も軽いから大地と全然背格好が違った。だけど決めつけは顔。真面目というか、根暗タイプな顔つきの僕は、どれだけ笑っても太陽とは程遠い顔つきだった。


2卵生だから、似てないのかも?って言われてた。
病院でとり間違えされたんじゃない?とか、よく言われた。


けれども僕達は本当に一緒に生まれた兄弟だ。

似ていないけど、僕達は仲が良かった。
一緒に遊んでは、一緒に勉強する。
父と母も、仲が良かった。

一緒に旅行へ行ったり、家の庭ではBBQをしたり、連休になれば父はどこへでも連れていってくれた。

優しい母の手料理も美味しかった。幸せな家族。



⋯そう思っていた。


家族がバラバラになったのは、俺が小学生のころ。



僕の事故が原因で、家族がバラバラになってしまった。


大地と学校からの帰り道、事故に巻き込まれた。
命に別状は無いが、出血が多く、輸血が必要だとされたらしい。


母からは、「あなたも大地もO型よ。家族全員O型ね」と教えられていた。なのに僕の体に入っていく血はA型だった。なぜ、どうして⋯。

大きくなって分かったが、O型の両親からはO型しか生まれない。なのに輸血されたのはA型の血。どうみてもおかしく。




父の異変は、その直後に始まった。

「DNA鑑定をしろ!」
「浮気したのか!!」
「アイツらは誰の子だ!!」


母は拒否してた。
でも父はDNA鑑定をした。


僕と大地⋯二人分を。


結果は、親子関係が認められると、認められないの用紙が2枚⋯⋯。



同じ母から生まれた僕達は、違う父を持って生まれてきてしまったのだ。

母と父の子が大地。
母と、他の男との子が僕。


女性が同じ排卵期に2人以上の男性と性交渉を持った場合、2つの卵子が違う父親の精子で受精するとこうした現象が起こる事があるという⋯。



その後、父と母は離婚。

母は2人とも引き取ると言っていたが、父は大地だけ寄越せと言っていた。そりゃそうだ、同じ血を通わせているのは、大地の方なんだから。

けれども親権は2人とも母に行った。

だが、大地はそれを拒否した。


「俺、兄貴だから。お父さんとこ行くよ。お父さんを1人に出来ないから」



そう言った大地と、離れ離れになって住む事になった。



僕を見つめてくる父の憎悪が含まれたあの瞳が、今でも忘れられない⋯


僕は母と引越し、アパートに住むことになった。
母は夜遅くまで働いて、僕を育ててくれた。


母から、少しでもお小遣いを貰えば、公衆電話に走りに行き、大地に電話をかけていた。
大地は「こっちは大丈夫」と、いつも笑っていた。



引越しのため、転校してきた学校で話すようになったのは、近くに住む梶山と、岡田って名前の男子だった。

仲良くなったのは、家が近いから一緒に帰ってあげてと、先生が言ってくれたのが始まり。


2人は快く僕を受け入れてくれた。
楽しかった。


一緒に公園へ行ったり、
カードゲームをしたり、
自転車で遊びに行ったり。



母からお小遣いを貰えば、一緒に駄菓子屋へ行っていた。



引越ししたから1年たった頃には、月に数回しか、大地に電話をかけないようになっていた。


仲良く過ごしていた岡田と梶山。3人仲良かったのに⋯、それが終わったのは小学6年生の時の話。一緒の中学に上がると思っていたのに、梶山が引っ越すと言い出した。


その引越し先は偶然にも、両親が離婚するまで住んでいた地域だった。


悲しかった。

ずっと3人で仲良く遊べると思ったのに。


けど、そう遠くない距離だから。

自転車で1時間半ほどあれば済む。






「お母さんがね、中学に上がったら携帯を持たせてくれるらしいんだ。そうすればいつでも大地に電話をかけられるよ」


それは3週間ぶりの公衆電話からの電話だった。


『⋯ホントか?良かったじゃん』


この時の僕は、大地の異変に気づかなかった。


「そっちはどう?お父さん」

『⋯別に何も、変わらないよ。そろそろ帰ってきそうだから切るわ』

「あ、うん、また電話するよ」



もしこの時、大地の異変に気づいていたら⋯。

大地は死ななかったのか⋯⋯?


「俺も引っ越す事になった」

そう言ったのは、岡田。
岡田もそれほど遠くはないけれど、両親が家を買ったから、引っ越す事になったらしく。

見事にバラバラになってしまった僕達。




中学に上がっても、話す友達はいるけれど、岡田や梶山のような無邪気にはしゃいだりする相手はいない。



度々連絡を取り合い、3人で集まれば、僕はずっと笑ってた。やっぱりこの2人が好きだった。



「俺、気になるやつできた」

そう言ったのは、梶山。
梶山の住むマンションの階段で、しゃべっていた。




「学校のやつ?」

「うん、そう」

「まじかー!カジに?どんな子?」

「どんなって言われてもなあ、髪は長い」

「顔は?」

「まあ、それなりに、イケてると思う」


梶山に好きな子ができた。

同じ中学の子らしい。


「付き合うの?」


そう言った僕に、梶山は「それは無い」と呟いた。


ない?
なぜ?

分からない、とかじゃなく、どうして断言できるのか。



「そいつ、彼氏いるから」


梶山は、彼氏持ちの女の子を、好きになってしまったらしい。

だから告白もしないと言っていた。









もう母が買ってくれた携帯にも慣れ、電話をかけ放題にしてくれたから、大地に電話をし放題だったりする。


「⋯って事なんだけど、どう思う?」

『⋯どう思うって?』

「大地なら、そういう場合どうするかなって。告白とかする?」

『さあ⋯』

「大地は好きな子いる?」

『⋯⋯』

「大地?あれ、電波悪いのかな⋯」

『⋯⋯空⋯⋯』

「あ、繋がってる」

『⋯⋯』

「なんか元気ない?体調悪いの?」

『⋯⋯』

「大地?」

『⋯悪い、風邪ひいたみたいだから、そろそろ切るわ』

「大地?本当に大丈夫?」

『大丈夫、もう切るぞ』

「僕、今から行こうか?」

『電話すんのもコソコソしてんだし、会ったのバレたら怒られるだろ。いい加減、分かれよ』

「あ、そうだよね⋯ごめん」

『切るわ』


僕は何も分かっていなかった。

大地がいまどんな状況にいるのかも。
どんな表情をしているのかも。


大地が⋯、泣いているのも、知らなかった。


一人で浮かれていた僕は、本当に風邪をひいたと思っていた。


月日は流れていく。
学校にもだんだん馴染みだしたころ、梶山から1本の電話がかかってきた。


「もしもし、カジ?久しぶりだね」

『空、ちょっと聞きたいことあんだけど』

その時のカジの声がやけに暗く、真剣で、いつものカジでは無いことはすぐに分かった。



「うん、何かあった?」

『お前さ、兄弟いたりする?』

「え?」

『双子の』


大地っていう兄がいることは、岡田にも梶山にも言っていなかった。母に「言ってはダメ」と口止めそれていたから。


だったらどうして梶山が知ってる?

誰かに聞いた?


「どうして⋯」

それも双子と⋯。

もしかしたら大地は梶山と会ったのかもしれない。
でも僕らは本当に似ていない。

双子ってことが分かるはずないのに。



『俺、こっちで仲良いやつの家に、今日行ったんだよ』

「え⋯?」

『そいつの部屋に、お前の写真があった。大地は弟だって言ってたんだよ』



大地⋯⋯。

まさか、梶山と仲が良くなるとは⋯、


何も知らなかった。


僕はそれが嬉しかった。
昔から仲が良かった大地と、
親友でもある梶山が友達だなんて。


こんな偶然ないと思うぐらい、僕の心は嬉しくて賑やかだった。
4人で遊べるんじゃないかって思ったりもして。



「知らなかったよ!大地と仲良かったなんて!」

『空』

「大地、元気にしてる?最近電話もあんまりしてなくて⋯」

『空』

「元気ならそれでいいんだけど」

『⋯⋯』

「ってか、本当に凄い偶然だね、びっくりした」

『⋯空、落ち着いて聞けよ』

「え?なに?」

『大地は弟に知られたくないって言ってたけど、俺は、伝えるべきだと思うから』

「カジ?何言ってるの」


僕に知られたくない?
なにそれ⋯?

僕たちはいつも一緒にいて、隠し事なんか⋯⋯


『あいつ⋯、父親に虐待受けてる』

「え?」


一瞬、梶山が何を言ってるか分からなかった。


『あいつの体、見たことあるか?』


梶山はいったい何を⋯。
大地の体?

そもそも、大地とは親が離婚してから会ってなくて。電話ぐらいしか関わることが無かった。

もう、何年も会ってない⋯。



『アザばっかだった』


父親が⋯、お父さんが?

大地に虐待⋯?




「冗談でしょ⋯?」

『冗談でこんな事言うかバカ』


梶山の声は、とても真剣で。


梶山は嘘をついていない。
分かっているのに、理解できない自分がいる。
いや、理解しようとしていない⋯。

僕の中でのお父さんは、土日は遊びに連れて行ってくれたり、とっても優しいお父さんで⋯。暴力をする人じゃなかった。

離婚する間際、お母さんと言い争ってはいたけど。


僕を見ていた憎悪な目⋯⋯。




「カジ、ごめん、電話切るよ」


梶山の返事を待たずに、電話を切った僕は、すぐに大地へ電話をかけた。



でも、その電話は、1晩繋がることは無かった。


次の日、休日だということもあって僕は数年前まで住んでいた家へと戻ってきた。

そこで驚いたのは、家の花壇。
昔は綺麗に花を咲かせていた花壇の面影はなく、枯れ果て雑草が伸びていた。

花壇の世話をしていたのは母さんだったから⋯。




ガレージに車は停まっていなく、お父さんはいないことを知らせて。

少しだけ戸惑いながらも僕はチャイムを鳴らした。

だけど誰も出なく。

もしかしたら大地もいないのかと思った。
どこかへ出かけているのかも⋯。

このまま家の前で待っているのをもし両親にバレたら⋯。いや、でも、本当に大地が父さんに虐待をされていたら⋯。僕は家の前で待つことを決心した。


けれども、ふいに耳に、何かの物音が聞こえて。

それは明らかに目の前にある家からで。


大地は中にいる。


そう思った。


もしかしたら空耳かもしれない。
けれどももしいたのなら⋯

どうしてでない?

チャイムの鳴らし主が僕だと分かったから?


わざと出ていないのかもしれない。

そう思ったから、敷地内に入り、恐る恐る玄関の扉を開けた。数年ぶりに触る玄関の扉。

やっぱり中に誰かいるようで、その扉には鍵はかかっていなく。



「大地⋯!!?」


開けた瞬間、僕は目を見開いた。
そこには廊下に倒れて、険しい顔で足を抑えている大地の姿があったのだから。



「大地!!!」


すぐに傍に駆け寄ると、大地は痛そうな顔つきで僕の方をみた。

なんでここに空がいる?そんな顔。



「どうしたの!? 足が痛いの!?」

「そ、ら⋯?」

「見せて大地!!」

「っ⋯⋯!」


はいていたジャージを捲ったとき、僕は言葉を失った。

大きく腫れ上がっている足が赤黒く変色し、これが本当に足なのかと疑うほど、おかしくなっていた。

こんなに腫れているというのに、大地が我慢できているのが不思議な程で。



「な、なにこれ⋯」

「やめろっ⋯⋯、見るな⋯」

「び、病院に行かなくちゃ⋯、救急車⋯」

「い、いい⋯、呼ぶな」


痛みのせいで大量の汗をかいている大地は、僕の腕を掴んできた。


「こ、これ⋯父さんにやられたんでしょ!?カジから聞いたよ!!今すぐ救急車呼ぶから!!」

「カジ⋯?⋯なんでお前⋯カジのこと⋯⋯痛っ⋯⋯!!」

「大丈夫!?」

「呼ぶな⋯、頼む、呼ばないでくれ⋯⋯⋯」

「でもこんな⋯っ、絶対骨折してるよ⋯!」

「やめてくれ⋯、頼む⋯、バレたくないんだ⋯」


僕の腕を掴む大地の手が、震えている。
痛みのせいなのか分からない。



バレたくない?

誰に?


「誰にバレたくないの大地っ」



必死に問いかける僕の背後から、ガチャ⋯っと、聞き覚えのある音が聞こえた。

数年前までは聞き慣れていた玄関の扉の音。



「誰だ?」



久しぶりに聞く父さんの声は、昔と違っていた。



歳をとった声というより、まるで酒焼けしたような、乾いた声で。


僕はお父さんの方へ振り向いた。


昔、優しかった父さんの面影はなく、そこにいたのは怪訝な顔をする男。



「⋯⋯空か?」


眉をひそめ、こちらを睨みつけてくる父さんは、「大地に触るな!!」と怒鳴り声をあげた。



父さんはドスドスと上がり込み、こちらに向かって歩いてくる。


「何の用だ!出ていけ!!」


僕に殴りかかろうとしている父さんは、もう僕の知っている父さんじゃなかった。


大地に触るな?


「それはこっちの台詞だよ!!!!」


だから僕も父さんに掴みかかった。


「大地に何したの!!」

「警察呼ぶぞ!!」

「呼ばれて困るのはそっちだ!!」

「なんだと!!」

「警察にいく!! 病院に行く!! 絶対に許さないからな!!」



頬に衝撃が走り、父さんに殴られたと理解するのに数秒。



「殺すぞ」


殴られた拍子で、床に叩きつけられた僕へ馬乗りになった父さんは、僕の首に手をかけた。

殺意が含まれているその目は、本当に僕を殺す気だった。


首がしまる。
呼吸がとまる。

苦しい。けど、絶対に許さない。


「と、父さんやめて⋯。やめてくれ⋯、やめてくれよ⋯」


必死にとめる大地が、体を引きずりながら父に掴みかかり。


「大丈夫だから⋯、大丈夫だから。落ちついてくれ⋯」


大地⋯⋯。ごめん。

大地はずっと、離婚してからこんな目に合ってたんだ。

なのに僕はずっと楽しく過ごしていた。

大地の変化に気づいてあげられなかった。


ごめん。

絶対償うから。


これからは僕が大地を守るから⋯。




「やめて⋯、父さん⋯」


その時、大地が床に倒れ込んだ。



痛みのせいで気絶したのか分からない。


「⋯⋯大地?」


そのせいで、父さんは我にかえったのか、僕の首をしめる力を緩めた。


「大地!?」

明らかに様子がおかしくなっている大地は、意識不明だった。





「きゅ、救急車よぼう⋯、父さん⋯⋯、でないと大地が死んでしまう⋯⋯」


それなのに、父さんは「ダメだ!!!!」と叫ぶ。



「大地は俺の子だ⋯、渡さない⋯、渡さない⋯、お前のせいで狂ったんだ⋯」


ブツブツと頭をかかえて話す父さんは、普通の状態じゃなかった。


大地だけが、父さんの子。

渡さない⋯、それはきっと母さんに。

狂った⋯、それは僕が生まれてしまったから。



僕は震える声で、救急車を呼んだ。


父さんはブツブツと呟きながら、部屋の奥へと消えていった。






救急車が到着した時、部屋の中から父さんは出てこなかった。


僕だけが救急車へ一緒に乗り込み、大地とともに病院へ向かった。


足の痛みのせいで熱が出ていた大地は、病院につき、痛み止めの点滴などをして、やっと顔つきが穏やかになった。


「母さんには言わないでくれ」


大地は目を覚ますと、ずっとそれを言っていた。

足は骨折しており、手術まではいかないけれど絶対安静は確実だった。




「なんで空が?」

「カジに聞いたんだ」

「尚登?」

「そう、カジの前の学校、僕と一緒で仲良かったんだ」

「すげぇ近い繋がりだな⋯」

「⋯どうして僕に黙ってたの?」

「⋯⋯」

「⋯大地」

「お前と母さんに知られなくなかったんだ」


なぜ?

どうして⋯


虐待が終わるかもしれないのに



いや、それよりも、双子である僕に話してくれなかったのがショックだった。



「言ったら、俺とお父さんは離される。それはできない」

「⋯どうして⋯」

「父さんを1人にできない。俺しかお父さんの味方がいないし、それはどうしても出来ないんだよ⋯空。俺が離れたら、お父さんはもっと壊れてしまう」

「⋯でも」

「俺、今回のことも、高校生にやられたっていうつもりだから。話を合わせてくれよ」

「また父さんと住んだら、暴力されるんだよ!?」

「分かってる」

「分かってないよっ、今回以上に酷いことされるかもしれないのに」

「空」

「黙ってられるわけない⋯」



「もうひとつ、理由がある」

「なに?」

「好きな女がいるんだ」

「⋯⋯え?」



好きな子?


「今、付き合ってる」

「大地の彼女ってこと?」

「ああ⋯、そいつも家庭環境複雑で⋯、俺と同じなんだよ」

「そうなの⋯」

「俺が母さんと住むことになったら、あいつが1人になる。この場所を離れる訳にはいかない」

「⋯それほど好きなの⋯?」

「長閑だけなんだ、俺が絶対に信用できるやつなんだよ。空ももちろん信用してる、けど、それは身内だからだ。身内以外で⋯こんなにも大事とか⋯好きになったの初めてなんだ」

「そっか⋯⋯。その子は、大地のことを知ってるの?」

「知ってるよ、気づかれて3年になる」

「⋯そうなんだね」


双子である僕よりもすぐに気づいた彼女。

そんなの⋯、勝てっこないじゃないか⋯。


なにも言えないじゃないか⋯。


「ありがとう空、今日来てくれて。助かったよ」

「大地⋯⋯」

「泣くなよ」

「だ、だって僕、何もできない⋯っ。弟なのに⋯、身代わりになることもできない⋯!!」

「そう言ってくれるだけで十分だから。もう病院にも来るな。母さんにバレたくないから。分かってくれよ空」

「も、もし、本当にやばくなったら言うんだよ!絶対だから!!」

「分かったよ」



どうしてこの時僕は、大地に承諾してしまったんだろう。病院に言えばよかった。警察に言えばよかった。母さんに言えばよかった。大地を説得すればよかった。



たらればの話をしても意味ないと分かってる。




大地⋯

僕の双子の兄。





━━━━━大地の退院日。
僕は梶山と岡田と3人で久しぶりに会っていた。

本当は僕も退院日に病院に行きたかった。
梶山もそう思っていたに違いない。

けれども、大地の彼女である長閑っていう女の子と、大地を2人にさせてあげたいとカジが言っていた。




「カジ、大地って?」

そう言った岡田は、大地の事を知らなかった。
それもそうだ。
梶山も、大地と僕の関係を今まで知らなかったんだから。



「空の兄貴。で、俺の親友」

「は?空の兄貴? んなのいたっけ?」

「うん、ごめんね言ってなくて。離婚してから離れ離れになったんだ」

「へぇ」

「あ。そうだ、僕、行きたい高校決まったんだよ、大地と同じ高校にしようって話し合って⋯」





その時だった。


僕の携帯に着信音が流れたのは。




画面を見て驚いた。
そこにあったのは、大地からの携帯の着信。

だって今日退院で⋯⋯。

彼女と2人で過ごすんじゃなかった?




「もしもし?」

『⋯⋯⋯』

「もしもし?大地?」


電波が悪いのか、大地の声は聞こえなくて。



「大地?」

『⋯⋯⋯空⋯』

「あ、聞こえた、どうしたの?」

『どうしよう⋯⋯空⋯⋯』



大地の泣き声⋯⋯。

様子がおかしいのは明らかで。



「大地?」

僕の異変を感じ取った梶山が、「大地がどうかした?」と深刻な表情をし。


梶山にむかって、分からないと、首を掲げた。


「大地、落ち着いて話して。何があった?」


『父さんが⋯⋯、長閑を⋯』


長閑?長閑って、大地の彼女⋯?


「大地の彼女⋯?」

「空、長閑に何かあったのか!?」

そうか、梶山も大地の彼女を知っているから。
まさか、父さんの暴力に?



『父さん⋯帰り際の長閑を見てたみたいで⋯』

「殴られたの!?」

『長閑とやらせろって⋯。すげぇ酒飲んでて⋯』

「や⋯え、ちょ、ちょっと待ってよ」


やらせろって⋯
性行為を?

『ふざけるなって⋯、もめて⋯』

「父さんが長閑ちゃんを!?そんなのっ⋯」


気持ちが悪い⋯

ありえない。


どうして、何がそうなったの⋯。


『⋯空⋯⋯』

「お、落ちついて、大地。僕、今から行くから」

『父さん、殺しちまった⋯、階段から落ちて⋯、血が⋯』



え?




『どうしよう⋯どうしよう⋯、俺⋯父さんを⋯』


もめて、大地が父さんを階段から落とした?
それで、父さんが死んだ?



何が何だか分からない。

いきなり言われても、頭が簡単に整理するはずもない。




「すぐにいく!!行くから待ってて!!僕が何とかするから⋯!!!!」

僕は必死に、乗っていた自転車で走った。
後ろから梶山も岡田もついてきていて。


大地が父さんを殺した⋯。

分からない、
分からない、
状況を見ないと分からない⋯!!!!







「━━━━━━━━━━━━━━━大地!!!!!!!」






辺り一面の血の海。

どうして?


階段から、父さんが落ちたんだろ⋯?



なんで、



横たわっている大地の体から、血が出ているの⋯⋯?




「⋯⋯空⋯か⋯」


どうして、死んだ父さんが、赤く汚れた包丁を持っているの?



「とう⋯さん⋯?」


「俺は悪くない⋯こいつが、俺を殺そうと⋯俺は悪くない⋯俺は悪くない⋯俺は⋯悪くない⋯⋯!!!!」


父さんは振りかざした包丁を、勢いよく振りかざし、止める暇もなかったそれは、勢いよく父さんのお腹を突き刺した。


自らお腹を刺した父さんは、苦しそうにもがきながら、横たわり。




「と、父さん⋯⋯⋯!!」

父さんに駆けつけ、必死に血をおさえた。



「空!?っ、な、なんだよこれ!!!! ⋯⋯大地!!!!」


あとから駆けつけた岡田も梶山が、大地の体を起こし。



「悪かった⋯、大地⋯⋯悪かった⋯悪かった⋯」


その言葉を最期に、父さんが遠ざかって行くのがわかった。もう死ぬ⋯、もう、僕は感じ取ってしまった。


「空!!!! 救急車呼べ!!!! まだ息してる!!!!」
「しっかりしろ!! 目ぇあけろ!! 大地!!!!」


梶山と岡田の怒鳴り声が聞こえ、我に帰った僕は、震えている血まみれの手で携帯を取り出し。
どうやって救急車を呼んだのか分からなかった。
気が動転しているせいで、住所を呼べたのか覚えてない。




けど、聞こえた言葉がある。


━━━━━━長閑を1人にしないでくれ
━━━━━━長閑を頼む
━━━━━━長閑には、言わないでくれ⋯




大地は、力を振り絞って、岡田の服をつかみ、そう言っていた。




どうしてと、母さんは泣いていた。
葬式では、たくさんの人間が大地に対して泣いてくれた。



でも、ずっと葬式中、泣かず、梶山の隣に立っている綺麗な女の子がいた。その子が大地の彼女だと、すぐに分かった。


高橋長閑。
大地が死んでさえも、守りたかった女の子。






「包丁はどこに捨てたの?」

そう聞いた僕に、岡田は「見つかんねえとこ」としか教えてくれなかった。




大地の最期の言葉。

━━━━━━長閑には言わないでくれ。


それは、大地が父さんを殺そうとしてしまった事。


事故だった。
階段から落ちたのは、事故だった。


死んだと思われた父さんは、死んでいなかった。

落とされたことに怒った父さんは、大地を包丁で刺してしまった。

多分、いや、間違いなくそうだろう。


第三者が殺したと見せかけるために、岡田は包丁を隠した。でも、その事実は警察には全ての話している。全ては高橋長閑に第三者が殺したと思わせるため。親子で殺し合いをしたとバレないようにするため。


岡田は多分、凶器の隠し場所を警察に言ったんだろう。絶対見つかんねえとこ、それは多分、警察の中。






僕たちは、大地の言うとおり、高橋長閑を守ることに決めた。



僕が双子だとバレないために、岡田は僕に暴力をふるうことになった。
大地と双子を知っているやつが現れたら、すぐに岡田に報告するようにした。長閑の耳にはいらせないようにするため。


梶山は、大地を思い出させないように長閑を抱いてしまった。梶山と一緒にいれば、どうしても大地を思い出してしまうから。無理に離れようとした。
思い出さなければ、大地の事件の真相を暴くこともしなくなるだろうと思ったから。



岡田は巻き込まれた側の人間。ただ、大地に頼まれ、僕と梶山の友達だっただけの⋯。

高橋長閑に惚れてしまった男。





岡田は⋯、好きになった大地の元カノ、高橋長閑を、大地の代わりに守り抜くと決めたんだ。






━━━━━━明日、卒業式を迎えた僕たち。





「俺、1からやり直すわ」


そう言った岡田は、何かを吹っ切ったようで。
高橋長閑と別れてしまった岡田。
原因は分かっている。
複雑の感情の中、出した答えは、高橋長閑と一緒にいること。


「かいと⋯」

「明日⋯、朝、迎えにいってくる」

「うん、そっか。ありがとう海翔。本当に⋯」

「謝んな、全部俺が決めたことだから」

「⋯⋯もう⋯卒業したら会うことないのかな」

「会うだろ、俺らの仲は変わらない⋯」

「立ち寄ったとこでお酒でも飲みたいね」

「ああ、カジともな」

「うん」




さっていく岡田を見て

僕は空を見上げた。



もう高橋さんは大丈夫だよ、安からに眠れ⋯



ねぇ、⋯大地。









卒業の日、来るはずだった岡田はいなかった。

一緒に来るはずだった彼女の姿もなく。





梶山が携帯を持ちながら、怖い顔で俺をみた。






岡田が運ばれたと。

意識不明の重体だと。


卒業式の、卒業証書授与の最中、僕と梶山は飛び出した。