岡田と別れて数週間、もうすぐ冬休みに入る時期になれば、「岡田海翔と高橋長閑が別れた」っていう噂が流れきっていた。


不良の頂点の岡田海翔。
岡田は一切学校の中でも私に関わろうもしなかった。涼宮から全部を聞いてしまった私も、もう岡田とは関わらないでおこうって思ったから。


岡田は前よりも不良っていう怖さを増していた。前までもずっと暴君だったけど、もう誰にも手に負えないほど、やばいぐらい暴れているって綾から聞いた。


梶山も学校には来ているけれど、岡田と喋っている所は見たことない。っていうか誰とも関わってなくて。中学時代の頃のように一匹狼になってしまった。


そして涼宮の虐めはピタリと収まった。岡田が何かを言ったのか分からないけど、涼宮も教室の端で一人ぼっちで授業を受けているだけ。


突然変わった教室の環境。

岡田と別れたことを聞いた綾からは「なんで!?」の攻撃。綾には「喧嘩した」って言ったけど、あんまり納得していない様子だった。





「長閑せんぱ〜い」
「こっち向いてくださーい」
「次俺とかどーっすか〜?」


自販機でお茶を買っている最中、後輩らしい男達からの野次。岡田と別れてからというもの、こういうのが増えた。

不良の頂点の岡田海翔と付き合っていた女っていうレッテルが珍しいんだろう。



本当にくだらない⋯⋯。


だけどそういう野次だけで、‘ 本当の告白’っていうのはしてこない。結局は岡田を恐れているくだらない奴ら。





無事に事務系の内定が決まり、高校を卒業すれば就職がほぼ決まった。学校のない日はネットで引越し部屋を探したり、下見をしたりもした。


蓮は岡田と別れたことに対して、凄く驚いていた。「喧嘩した」っていっても、蓮は信じてくれなかった。「本当は何があった?」ってしつこく聞かれた。




私は岡田を忘れることができるのだろうか。
大地みたいに忘れることができる?


「海翔⋯⋯、話があるの」



帰り際、岡田を呼び止めたのは、卒業式の一週間前のこと。


私はやっぱり、岡田を諦めきれなかった。


「なんだよ?」

もう岡田は私の顔も見てくれない。
誰もいない、沢山キスした空き教室の中で、岡田はイライラした様子で煙草を吸っていた。


もう私と会話もしたくない?
そりゃそうだと思った。
だって私は3年以上も岡田を縛り付けてしまったんだから。




「私、やっぱり海翔の事が好き」

「あ?」

「私のそばにいて欲しい」

「ふざけんな」


私に対してだけは、こんなふうに切れた口調で言ったことなかった。他の人と同じように、岡田は私を睨みつけてきて。


「今までのこと、一生かけて海翔に償うから」


だから⋯⋯。


「お願い⋯。もう誰も失いたくないの。海翔が望むなら何だってする、殴ってもいいし、海翔がヤリたい時はいつでも⋯」

「ふざけんなっつってんだろ!!馬鹿にしてんじゃねぇよ!!」

「馬鹿になんかしてないっ」

「お前は前の男忘れてねぇじゃねぇか!俺はそいつの代わりだろ!!分かってんだよんな事は!!」

「代わりなんかっ⋯私はっ」

「体育の授業だけサボんのも、アイツとサボってた時の名残りだろ!ストラップか何だかしんねぇけど、全然忘れてねぇだろ!!」

「海翔!!」


「俺がどんだけ一緒にいても、前の男が忘れられねぇんだろ」

「聞いてよ海翔!!」

「つーか何カジにやられてんだよ!? 馬鹿にすんのもいい加減にしろよっ!!」

「かい⋯」

「前の男を忘れたいならカジんとこにでも行けよ!!」

「カジは友達だからっ⋯」

「はあ?友達とSEXすんのかよ?」

「それは⋯」

「お前の顔ならどこにても付き合うって男いるだろ」

「私は海翔がいい⋯」

「何でだよ?お前だけ特別扱いしてたからか?」

「そうじゃなくて⋯」


純粋に、大地よりも海翔が好きだからだよ⋯。


「大地は大好きだった」

私は岡田の服を握りしめた。


「本当に、本当に大好きだった。この世で大地しかいらないって思うぐらい好きだった⋯」

「離せよ」

「好き⋯、海翔が好き。大地よりも⋯」

「離せって言ってんだろ」

「だけど、だけどね」

「長閑っ」

「私が愛してるのは海翔だけだよ」



ふと、岡田の動きが止まった。



「こんな感情、大地の時にはなかった」


私はゆっくり岡田を見つめた。
少しだけ、岡田の瞳の奥が揺れていた。


「ありがとう、海翔。ずっと私のそばにいてくれて」

「⋯⋯」

「もし、海翔が少しでも私に気持ちが残ってるなら、これからも一緒にいたい」

「⋯⋯」

「大地の代わりじゃないよ、私は海翔を思ってる。本当に⋯、海翔が好き。大好き。愛してる⋯」

「⋯⋯長閑⋯」



いつのまにか煙草を手に持っていない岡田は、私の名前を呼ぶと、ジッと私を見つめてきた。

「やめろよ⋯」

「嘘じゃないよ、本当に」

「長閑」

「悪かったと思ってる⋯。本当ならもう海翔に関わらないでおこうと思った。でも、海翔が必要なの⋯」

「⋯⋯」


少しの間、沈黙が流れた。
やっぱりダメかもしれない⋯⋯。
今までこんなにも海翔に迷惑をかけて、縛り付けてしまったのに⋯。
最後まで私の我儘を⋯⋯。



「正直、今すぐ答えは出せない」

岡田は冷静に呟く。


「考えさせてくれ」

「海翔⋯」

「俺も長閑が好きだ、別れてから⋯長閑のことすげぇムカついたけど、やっぱり忘れられなかった」

「⋯⋯」

「好きでもねぇやつと3年も付き合うわけねぇだろ普通」

「⋯⋯ん」

「⋯ちゃんと考える。カジの事も、空の事も、あいつらと話をつける。だから待っててくれ」

「⋯うん⋯⋯」

「長閑」

「⋯なに?」

「俺も愛してる」



私を抱き寄せた岡田は、私の知っている優しくて甘い岡田だった。

私は岡田の腕の中で泣いた。

こんなにも愛しい⋯。



「卒業式の日、返事するから」


岡田はそう言って、体を離し私にキスをしようと顔を傾けてきた。


「⋯付き合ってないのにするの?」

笑いながらそういった私に、岡田は笑った。


「しばらく禁欲してたからな」

「禁欲って⋯」

「お前以外の女、興味ねぇしな。惚れた弱みってすげぇな」



それからしばらくの間、私たちはキスをしていた。
キスが終わると、どちらからともなく抱き合っていた。


卒業式は一週間後。
きっと海翔も、この時はヨリが戻るって思ってたに違いない。



────ねぇ、そうでしょ海翔⋯⋯。

その日の夜、私は1本の電話をかけた。

電話の相手は梶山。


数秒たってから出た梶山は、『何だよ』と、声が暗かった。



「話があるの」

『⋯なに?』


私は落ち着かせるために息をはいた。
ちゃんと話さなくちゃならない。

梶山は大切な友達だから⋯。
このままの状態にはしたくないから⋯。



『つーかお前、海翔に言ったんだな。俺とやったって』

私が話す前に口を開いた梶山は、鼻で笑ってるような口ぶりだった。



「カジ⋯」

『まさか言うとは思わなかったよ、俺ら3人、特別仲良かったのにな。』


3人とは、梶山と大地と私⋯


『で?今更何の用だよ。謝れっつー電話?』

「カジ」

『まさかガキでも出来た?ゴム無かったし』

「もう、やめていいから⋯」

『は?』

「もう、私を守らなくていい」

梶山⋯、涼宮から全部聞いたんだよ。
梶山も、辛い思いしてたんでしょ?

だからもう⋯終わりにしよう⋯



『は⋯?』

「ありがとう、ほんとに。カジがいなかったら、私、大地の後を追ってたかもしれない。ずっと一緒にいてくれて⋯すっごく嬉しかった⋯」

『何言ってんだよ⋯』

「カジも⋯辛かったんでしょ⋯」

『やめろ』

梶山の声が低くなった。


「もういいよ、もういいから」

『やめろよ⋯、なんなんだよ急に』

「涼宮から全部聞いた」

『は⋯⋯?』

「全部聞いたんだよ⋯、カジ」



電話越しで、梶山が息を呑むのがわかった。


「涼宮と大地が⋯双子って事も⋯」

梶山の声が聞こえない。


「あの日⋯⋯、大地がお父さんを殺したことも」

ねぇ、梶山⋯


「大地が、海翔に私を頼むって言ったことも」

私は全て知ってしまった。


「海翔が不良になったのも、涼宮をいじめる理由も、梶山が私を抱いた理由も知ってる⋯」

『高橋⋯⋯』

「⋯梶山、ごめんね⋯⋯」

『空のやつ⋯、何してんだよ⋯⋯、言うなって言ったのに⋯⋯クソ野郎⋯⋯』

「カジ」

『もう⋯全部知ってんだな』

「うん」

『そうか⋯』


「私、海翔が好き⋯⋯。大地よりも好きなの」

『⋯ああ、分かってる、ずっと見てきたんだ』

「うん、だから⋯カジの気持ちには答えられない」

『⋯けど、海翔と別れたんだろ?じゃあ俺と付き合えばいいじゃん』

「違うよ、海翔がいなくても、カジとは付き合えなかった」

『⋯なんでだよ』

「カジは私の親友だったから⋯⋯」

『⋯⋯』

「今もそう、たった一人の親友だよ。それ以下になることも無いし、それ以上になることも無い」

『⋯ずりぃな⋯、そんな言い方』

「⋯⋯うん」

『海翔とヨリ戻すのか?』

「⋯分からない。でも私は海翔と一緒にいたいと思ってる」

『⋯そうか』

「⋯うん」

『なあ、長閑』

「⋯ん、なに?」


『好きだった、中学の時からずっと』

「⋯⋯ん」

『無理矢理抱いて悪かった⋯』


真剣な声の梶山に、涙が出てきた。


『幸せになれよ』

「⋯⋯ありがとう、カジ⋯⋯」

『じゃあな⋯』

「うん」






大切な梶山⋯⋯。

梶山がいなかったら、どうなっていたか分からない。

ありがとう、

本当にありがとう⋯⋯。



落ち着いた頃、
私は枕にふせながら、涼宮との会話を思い出していた。



『このストラップ、大地の遺品から俺が貰ったんだよ。とっても大事に使っていたから、俺が持ち帰った』

持ち帰った?

『そうだよ。双子の兄弟として。高橋さん、俺と大地
は兄弟なんだよ』

え⋯⋯⋯?


『全然似てないでしょ、背も顔も、声も。まるで別人。けど双子なの。なんでか分かる?』

涼宮、何言ってるの?


『俺と大地は、父親が違う双子なんだよ』



私は大地の事を、何も知らなかった。