岡田side




────あいつを1人にしないでくれ




そう言った男はもういない。
二度と、俺の目の前に現れることは無い。


「海翔」


ぼんやりと浮かぶ月を見ながら、煙草をふかしている時、俺を呼ぶ声が聞こえた。

やつは目を真っ赤にしながら、
「俺にも頂戴」と言ってくる。


また泣いたんだろうと思った。


そりゃそうだ、大事な奴が死んだら、誰だって悲しむ。



死ねば、
話すこともできない
さわることも
写真以外で、顔を見ることもできない。
一緒にこれからを過ごせない。


「なあ、長閑ってあいつ?」

「うん?」

「カジと一緒にいた・・・、髪の長い女」


あの時、死人のような顔をした女を見た。

肌が白くて、遠目からでも分かるくらい髪がサラサラしてて、見た感じでは素直に“いい女”だと思った。


あの男が、最後に言った言葉が頭から離れない───。



あの男と付き合ってた女で
カジの女友達・・・。


高橋長閑




「ってか、それやっぱ見慣れない。海翔が金髪とか」


悲しいはずなのに、無理矢理笑顔をつくるそいつ。


「うっせーな、いいんだよ」


手に持っていた煙草を地面に擦り付けて消し、ゆっくりと立ち上がった。



「空」

俺の呼びかけに、空がこちらを向く。
こいつが煙草を吸ってるってのも、見慣れない。



「これで、最後だ」

「海翔、やっぱり・・・」

「もう決めただろ。もうお前と、こうやって会うことも無い。お前は・・・、俺と違うから」

「・・・」

「何かあったら、連絡してこいよ」

「・・・海翔・・・」




人には、それぞれ役割がある。

俺だけに、できること。
俺だけは、できないこと。

俺ができないことでも、他人の誰かだったらできるかもしれない。人間っていうのは、そういう風に出来ている。





────初めて人を殴った。

自分でも驚くぐらい、拳が痛くて。


けれどもそういう“素質”があったのか、次第にその痛みが慣れてしまった頃には、どこが急所だとか、自分なりにわかるようになっていた。


誰でもいいから、とりあえず片っ端から喧嘩を売った。


大勢で来られたりしたら、さすがに勝つことは不可能だった。けれど、暴れ続けた。




それが、俺だけに出来ることだったから。


────あの日から、何日がたった?



「お前、大丈夫かよ?」

聞きなれた声ではなく、低い男特有の声。
けれどもすぐに奴だと分かったのは、話し方が昔から知っているから。

中学生になってからの声変わり。



「ああ・・・」


カジが通っている中学の近くの公園。

俺が住んでいる場所から、原付で15分ほど。
無免許だとか、そんなのサラサラ気にしていなかった。


「空が心配してたぞ、程々にしねえと」

「大丈夫だっつーの」



喧嘩ばかりしているせいか、手の甲は皮膚が捲りがっては治癒を繰り返し続けたせいで硬くなっていた。




「どうなんだよそっちは」


紫煙を吐き出しながら聞くと、カジは「何がだよ?」なんて言ってくる。


「あの女に決まってんだろ」

「・・・ああ、長閑か」


長閑・・・。あの男と付き合ってた女。
カジはフッと、小さく笑った。


「北高行くっつって、ずっと勉強してる」


北高?
勉強?
はあ?

自分の男が死んだっつーのに?


「大地が「北高行くから授業受けねえと」って、死ぬ前に言ってたんだよ」

「・・・」

「あいつ・・・、北高行ったら大地がいるって思ってんのかもしんねぇ」


なんだそれ。
そんなのあり得ない。

死んだ人間は、絶対に生き返ったりしない。


「···あれ、バレてねぇのかよ」

「ああ、それはない。学校の奴らも、長閑に関わろうとしねぇし。警察にも「長閑には聞かないでくれ」って言ってるから」

「···」


そう簡単に警察は承諾するのかと思った。

まあ、死んだ男の女だし、
警察も気を使ったのかとあとから思う。


「にしても、お前の名前、俺んとこにも回ってきたぞ」


俺の名前?
そりゃそうだろ。
そうなるために、休む暇もないってぐらい暴れてんだから。


「マジで程々にしろよ、高校生のやつらがお前のこと目ぇつけてるって言ってるし」

「分かってるよ」

「ほんとに分かってんのかよ」

「お前はあの女にバレないように、見張っとけよ」

「見張っとけって、おい海翔!」



もう話は終わりだ、とでもいうように、立ち上がった俺にカジが呼びつける。


「お前、アレ、どこに捨てたんだよ」


カジのいう“アレ”とは···。

「教えねぇよ」


俺だけにしか知らない場所に隠した凶器。


あの男が死んだ原因になった凶器。




「······海翔···」



今日もまた、夜の街へと出かける。



「ひっ······あ、ん」

女の体を後ろからつきながら、髪の毛を掴み、引き寄せた。女はそれさえも感じているらしく、「海翔」と乱れた甘い声で呟く。

ミルクティー色の髪をして、肌は白く、艶もいい。胸もあるのにくびれた腰に、細い足。


髪を引っ張ったため、女は半分ほど顔をこちらに向けた。くっきりとした鼻筋、「あっ···」と声を出す唇も赤く染め上がり、男の本能でそいつの唇を塞ぎたくなる。



「海翔ぉ···」

「もっとしめろ」

「も、むりぃ···」

「無理じゃねえだろ」

「かいと···好き」

「ちっ」


この女とも今日で終わりだと、冷めた目つきで女を見下ろす。

「好きだ」と言われたら、それでその関係は終わり。
そうすれば、もっと悪い噂が流れるから。




「ど、どうして海翔!別れるなんて」

行為が無理矢理終え、服を着る俺に、全裸のままの女が俺の腕を掴む。


「離せよ」

「だ、だって」


無理矢理引き離し、机の上に放っていた煙草を手に取り、それに火をつけた。


「別れたくないよ···」


涙を流し、俺の方を見つめる女は、レベルが高い女だとは思う。
いろんな男にモテんだろうなとは思う。
こんないい女の男になりてぇって、誰もが思うだろう。


けど、俺は違う。

こいつの男になりたくて、近づいたんじゃねぇ。



「最低だよっ!」



机の上にホテル代を置き、泣き叫ぶ女を置いてその場から離れた。



喧嘩をしていたら名が売れる。
そのせいかそれに興味がある女が自然と寄ってくる。


もともと、俺自身は悪い顔ではない。


『なんかぁ、海翔がヤリチンって噂流れてるよ〜?。ほんと海翔って女の子で遊ぶの上手だよね』


だからこうして、名前も知らない奴から電話がかかってくる。歳も、どこの学校かも知らない。
つーか、なんで俺の携番知ってんだって話。


『ミナが、海翔のことすごい言いふらしてるよ。最低男って』


そうするように、してんだよ。


「そうかよ」

『サユはそんな海翔も好きだよ』


誰だよ、サユって。


「切るぞ」

『あっ待ってよ、かいっ···』


無理矢理通話を切り、携帯をポケットの中へと入れた。





俺にしか出来ないこと。

空にしか出来ないこと。

カジにしか出来ないこと。


それぞれ、役割がある。


────あいつを1人にしないでくれ

────頼む

────そばにいてやってくれ




あの男は、どうして俺にあんなことを···。



血まみれの手で、俺の腕を掴み、「頼む」と、初対面の俺にそんな事を言ってきた男、田嶋大地。


そんな彼女だった、高橋長閑。

高橋長閑と同じ中学でもあり、俺と友達のカジ。

それから、人一倍心配性な空。


────長閑に言わないでくれ


高橋長閑に···。
どうやって田嶋大地が死んだのか。



自然と俺の足は、カジと高橋長閑が住む街へと進んでいた。田嶋大地の葬式以来会っていない高橋長閑。

カジの家には何度も行っているから、この辺の土地は慣れている。だからすんなりと、カジたちが通う中学にもつくことができる。



長いストレートの髪。
白い肌。
清楚感がある女。

同い年とは思えないほどの、大人っぽい顔つき。


学校から出てくる女を遠目で見つめる。

その横に並ぶカジは、
女と会話をしているわけでもなく。




「······バカみてぇ···」


ぽつりと呟いた声は、到底2人には聞こえてない。



中学を卒業する頃には、もう俺に喧嘩をふっかける奴はいなくなっていた。そばにいるのはダチぐらいで。

そのダチもワルの塊みたいやつら。

類は友を呼ぶというのは、マジでそう思うぐらいで。




卒業式の日、ダチの「卒業式を潰そうぜ」という誘いがあったけど、無視して式をサボった。


卒業式をしている体育館からは悲鳴や、教師の怒鳴り声が聞こえる。窓を割ってるのか、聞きなれた音も耳に入る。



そんないろんな音を聞きながら、制服のポケットから携帯を取り出した。

いろんな奴らから電話がかかってくる携帯。
教えたわけでもなく、出回っている番号。



喧嘩を売りつけられる電話がなれば行き、
女が誘ってくる電話がなれば行き。


これだけ名が売れれば、もうこの携帯は必要ない。



そう思い、もう緑色のコケが生えているプールにむかって、携帯を投げた。

冊をこえ、ポチャンと、音を立てて沈んでいく携帯。




その光景を見ながら、これからすべき事を頭の中で思い浮かべる。




────あいつを1人にしないでくれ



1人にしねぇ、俺がそばにいてやるよ。



「海翔ぉー!やべぇ、逃げんぞ!!

「警察呼びやがった!!」



本気でやべぇと思ってんのか。
ケラケラと笑いバットを振り回しながら、叫ぶヤツら。


もう二度と来ないであろう中学。
あの携帯も二度と見ることは無い。



「海翔ー!何してんだよ!」


どこからかパトカーの音がする。

この1年で、その音も何度も聞いた。


「今行く」


こうして、中学時代は終わった