話している間に寝てしまったえんとサケ子に手を振ってふたりはまた夜の空を飛ぶ。
 月明かりに輝く銀色の髪をなびかせて、遠くを見つめて紅が言った。
「のぞみ、私の縄張りを見て回ろう」
「え?」
「案外と広いんだよ」
 そう言って紅は海の方向へ向かって飛ぶ。
 その途中、少し大きな家が建ち並ぶエリアに差し掛かり、なにかに気が付いたようにスピードを緩めた。
 一軒の大きな家だった。
 二階の部屋の明かりがまだついていて、賑やかな子どもの声が漏れている。
 それを叱るような母親の声も混じっていた。
「鬼の家だよ。まだ寝ていないようだ」
 紅がくすりと笑って、その家の方へ下りていく。
 ベランダの高さまでくると六平がふたりに気が付いた。
「あ! のぞ先生!」
 その声を合図に鬼の子たちがわれ先にとベランダへ出てくる。
 後ろで母親がため息をついた。
「もう……早く寝なって言ってるだろう!」
 三兄弟はそんな母親はおかまいなしに、ベランダから身を乗り出してぶんぶんと手を振っている。
「のぞ先生」
「紅さまー」
 のぞみはくすくすと笑いながら三人に問いかけた。
「こんばんは、まだ寝ないの?」
「寝たら遊ぶ時間がなくなるだろ? もったいねーじゃねーか。オイラたち、今日は寝ないって決めたんだ」
 六平が言う。
 後のふたりもそーだそーだと頷いた。
「でもちゃんと寝ないと明日元気に保育園に来られないよ。もしみんながお休みしたりしたら、先生寂しいな」
 そう言ってにっこり笑いかけると、三人はびっくりしたように目をパチパチさせてから、ぴょこんとツノが生えた三つの頭を突き合わせて、あーでもないこーでもないと相談し始める。
 そしてのぞみに向かってニカッと笑った。
「オイラたち、やっぱり寝てやることにした!」
 鬼の母親がやれやれとため息をついた。
「まったく、お前たちは。のぞみ先生の言うことだけはきくんだから。これはいったいどういうカラクリだい?」
「のぞ先生、明日は保育園に来るか?」
 七平がやや心配そうに問いかける。
 のぞみはにっこり頷いた。
「うん、行くよ。いっぱい遊ぼうね」
「よかったぁ」
 八平が心底安心したように息を吐く。
 そういえば志津が今日一日は子どもたちものぞみがいなくて元気がなかったと言っていた。
 こんな小さな子にも心配をかけてしまったのだと思うとのぞみの胸がちくりと痛んだ。
「それにしてもよかったぜ!」
 六平が訳知り顔で口を開いた。
「母ちゃんが、のぞ先生はきっと紅さまとケンカしてじっかに帰ったんだって言ったんだ。だからなかなか帰ってこないかもしれないって」
「ええ⁉︎」
 彼の言葉にのぞみはびっくり仰天してしまう。
 後ろで鬼の母親がしまったというように肩をぎくりとさせた。
「どうせ紅さまがうわきでもしたんだろうって。先生、うわきってなんだ?」
「じっかってなんだ?」
 矢継ぎ早に、子どもたちから質問が飛ぶ。
 当たらずとも遠からずといったその鬼の母親の予想に、紅が感心したように呟いた。
「さすが鬼は鋭いなぁ」
「さ、さて、私はもう寝るよ。お前たちもさっさと寝な」
 鬼の母親は気まずそうにくるりとこちらに背を向けて、そそくさと部屋を出ていく。
 のぞみは呆れてものも言えなかった。
 まったく鬼の母親は、子どもたちになにを吹き込んでいるのやら!
 鬼三兄弟が紅に向かって顔をしかめた。
「紅さま、のぞ先生にちゃんと謝ったのか?」
「ケンカしちゃダメなんだぞ」
「のぞ先生をいじめたらオイラたち許さないからな」
 鬼の三兄弟は、紅に向かって小さな拳を振り回して精一杯怖い顔をして見せている。
 かわいいかわいい三人の味方にのぞみの胸はきゅーんと鳴った。
 紅がのぞみを抱き寄せて、にっこりと微笑んだ。
「心配は無用だよ。もう絶対にのぞみを悲しませない。のぞ先生はずっとあやかし園にいるからね」
 彼の言葉に子どもたちは完全に安心したようだ。
 喜んで手を振っている。
「おやすみ、先生!」
「おやすみなさい、紅さま!」
 のぞみも頬を染めて皆におやすみと手を振った。
「さぁ、行こう」
 紅はまた上昇した。