ふぶきがなにも乗っていない皿の上に小さな両手をかざし、クリスタルのような目を閉じる。すると、ひんやりとした風がヒューと吹いて、あっという間に丸い氷が出来上がる。
 それを紅が買ってきたかき氷機でガリガリやると、ふわふわのかき氷の出来上がりだ。
 のぞみはサケ子と手分けして、次々に色とりどりのシロップをかけゆく。ひと口食べればどの子も皆、花が咲いたような笑顔になった。
「あまーい!」
「おいしーい!」
「ふぶきちゃんすごーい!」
「ありがとう!」
 子どもたちの言葉に、ふぶきは頬を真っ赤に染めて、一生懸命氷作りに熱中している。
 さっきのぞみは彼女にもイチゴのシロップのかき氷をひと口、味見させた。ふぶきはびっくりしたように目を開いて、ぱぁっと笑顔になった。
『おいしい!』
 一瞬もっと食べたそうにして、でもまたすぐに氷作りを再開した。
『わらわが氷を作らないと皆が食べられないからな』
 御殿では自分が最優先というのが当たり前のはずなのに、今は任された仕事をちゃんとやろうという責任感に燃えている。
 その姿が可愛らしかった。
 やがてかき氷は皆に行き渡る。
「ふぶきちゃんおつかれさま。ありがとう」
 のぞみが声をかけると、ふぶきは嬉しそうに微笑んた。
 そしてシロップの色に染まる舌をかの子と見せ合いながら、嬉しそうに自分の分を食べ始めた。
「おつかれさまです」
 のぞみは紅に声をかけた。
「皆大喜びですね」
「うん。……でも、電動にすればよかったな」
 紅が、かき氷機を回し続けて痺れてしまった手をぶんぶんと振る。
「ふふふ、この分だと、子どもたちに毎日せがまれそうですしね」
「でも電動は高かったんだ……」
 そう言って紅は肩をすくめた。
「おい、伊織。請求書を御殿に送っておくからね」
 伊織はあいかわらずしょんぼりとして縁側に座っている。
 のぞみは少し考えてから、彼のもとに歩み寄った。
「伊織さん」
 呼びかけると彼は顔を上げて、切れ長の目を瞬かせてのぞみを見た。
「かき氷、ちょうどあとひとり分ありますよ。いかがですか」
 伊織は意外そうに目を開いて、わいわいとかき氷を食べる子どもたちに視線を移す。
 そしてうつむいて、小さな声で呟いた。
「……では、ブルーハワイをお願いします」
 青い色のシロップをたっぷりかけたかき氷を持ってくると、伊織は黙って受け取って、ひと口食べて白い尻尾をふわりとさせた。
「伊織さんブルーハワイをご存知だったんですね」
 かき氷をはじめて食べる子どもたちに人気だったのは、イチゴ、メロン、レモンなどフルーツ味のシロップだった。どんな味かイマイチ想像できないブルーハワイは一番たくさん残ってしまった。
 そのブルーハワイを伊織が頼んだのは意外だった。
 伊織が目をパチパチとさせてから、少し遠い目をした。
「昔、姉さんとよく食べたんです」
「姉さん……志津さんですか?」
「そうです」
 伊織は頷いた。
「私たちが育った稲荷神社では毎年人間が夏祭りを催してくれました。私たち狐の子どもたちにとっても年に一度の楽しみだったんです。たくさんの夜店が並んで、それはそれは華やかだったんですよ」
 そう言って伊織はもうひと口かき氷を口に含んだ。
「私と姉さんはかき氷が大好きで、ふたりでよく人間に化けて、かき氷を食べに行きました。決まって姉さんはメロン、私はブルーハワイを」
 白い子狐がふたり並んでかき氷を食べている、そんな光景が脳裏に浮かび、のぞみは思わず笑みを漏らす。
「きっととってもかわいかったでしょうね。おふたりとも本当にお綺麗ですから」
 でも伊織がジッと自分を見つめていることに気が付いて、慌てて笑みを引っ込めた。
「あ、すみません。笑ったりして……」
「いいえ」
 伊織がコンと鳴いて首を振る。そして手の中の青い氷に視線を落とした。
「……志津姉さんは、ずっと私の憧れだったんです」
 どこか迷うように始まった伊織の話にのぞみは耳を傾けた。
「姉さんは一族の中でも飛び抜けて聡明で、美しかった。だからこそ一族の期待を一身に背負って、紅さまに嫁入りをしたんです。紅さまは長の中でもずば抜けて強い力をお持ちです。それは……もしかしたら、大神さまに匹敵するのではと噂されるくらいに」
 のぞみは都で紅から聞いた志津と一族の関係についての話を思い出していた。
「人間を敬わなくてはならない、これも一族の大切なおしえです。でも婚姻となれば話は別です。私は姉さんに誰よりも幸せになってほしかった。それなのに紅さまは人間を選ばれた。姉さんではなく……」
 伊織はそう言って丸い眼鏡の奥からのぞみをジッと見つめた。思わずのぞみは身構える。だがその瞳にいつものぞみを震えあがらせる冷たい色は微塵も浮かんでいなかった。
 伊織がフッと微笑んだ。
「どうして、姉さんよりも人間をと私は不満に思っていたのです。……でも少しだけ、紅さまがあなたさまを選んだわけがわかったような気がします。……ふぶきさまの不調に気が付いてくださいましてありがとうございました」
 そう言って伊織は神妙に頭を下げる。
 のぞみは慌てて首を振った。
「私はなにも、あれは紅さまが……」
 その時。
「伊織‼︎」
 庭から聞こえる鋭い声。
 見ると志津が立っていた。
「あなたまた、のぞみ先生に失礼なことをしてるんじゃないでしょうね! なんだか嫌な予感がして少し早く迎えにきてみれば、まったく油断も隙もないんだから」
 ぷんぷんしながら伊織に詰め寄る志津をのぞみはあたふたと止めた。
「ち、違います志津さん。志津さんと伊織さんの思い出話を聞いていたんです」
 のぞみの言葉に志津は首を傾げて、伊織の手の中のブルーハワイに目を止める。そして嬉しそうにコンと鳴いた。
「まぁ、かき氷! 懐かしい!」
 そこへ太一がやってきた。
「母ちゃん! 早かったんだな!」
 志津に飛びついて嬉しそうに尻尾をふりふりとさせている。
「ふふふ、もうすぐお父さんも帰ってきますよ」
 微笑んで頬を寄せ合う母と子に、伊織が穏やかに問いかけた。
「姉さん、……姉さんは幸せなんですね」
 志津にとっては少し唐突なその言葉に、彼女は驚いたように伊織を見る。
 でもすぐににっこり微笑んだ。
「もちろんよ」