「おお、ピカピカじゃ」
 井草の香りが心地いい真新しい畳の部屋に一歩入って、ふぶきは声をあげた。
 襖を隔てたもうひとつの部屋でも子どもたちの歓声があがっている。
 本当に畳を替えただけで見違えるように園全体がピカピカになったように思える。心まで清々しい気分になるのだから不思議だった。
 のぞみはふふふと微笑んで彼女に語りかけた。
「寝そべったらもっと気持ちいいよ。先生お昼に一番乗りでゴロゴロさせてもらっちゃった」
 するとふぶきは目を輝かせて、ストンと畳の上に腰を下ろす。そして伊織が止める間もなくゴロンと横になり、気持ちよさそうに笑顔になった。
「うふふ、ふふふ。わらわ、新しい畳が大好きじゃ。ふふふ」
 ゴロゴロと転がるふぶきに、のぞみまで笑顔になる。
 はじめて見た彼女の笑顔はとてもかわいらしかった。
「気持ちいい?」
 のぞみがしゃがみこんで問いかけると、嬉しそうに頷くのがまたかわいらしい。やっぱり彼女自身はどこにでもいる普通の女の子だ。
 伊織が苦々しい表情で口を挟んだ。
「姫さま、親王台を運びますゆえ、身体を起こしてくださいませ」
 それにふぶきが首を振った。
「いらない」
「え」
「このままでよい。こっちの方が気持ちいい」
 そう言ってまた天井を見上げる。そしてあるものに気がついた。
「あ! あれか? あそこから冷たい風が出るのじゃな」
 エアコンだった。
 ふぶきが来る少し前からパワーを最強にしてガンガンに冷やしてある。
 のぞみにとっては長袖を羽織りたくなるくらい部屋はキンキンに冷えているが、ふぶきには心地がいいようだ。気持ちよさそうに目を閉じている。
「冷たい風……?」
 伊織が呟いた。
「エアコンをつけたんです。ここは御殿のように自然に温度調整できる場所じゃないですから、ふぶきちゃんには暑いんじゃないかと思って」
 のぞみが説明すると、伊織は首を傾げてまた呟いた。
「暑かった……?」
 やはり紅が言った通り、伊織はそこまで考えが至っていなかったようだ。
 エアコンを見上げて絶句している。
 召使いとして姫の不調に気が付けなかったことに愕然としているようだ。でもあやかし自体が暑い寒いをそれほど感じないのだとしたらそれは仕方がないだろう。
 現に今だって言われるまで、この部屋がキンキンに冷えていることにも気が付かなかったのだから。
 その時、隣の部屋できゃーという歓声があがる。
「こっちへ来るなぁー」
「ふんじゃうぞぉ」
 おそらく向こうの部屋でも新しい畳に寝そべって、ゴロゴロとやっているのだろう。
 それに伊織がハッとしたようにふぶきを見た。
 彼女がうるさいと言うなら、隣の部屋へ注意しに行くつもりなのだろう。
 だがふぶきは寝そべったまま伊織ではなくのぞみを見た。そして意外なことを言った。
「隣の部屋も畳を新しくしたのか?」
 のぞみは頷いた。
「そうよ。皆ふぶきちゃんと一緒で新しい畳が気持ちいいのね。きっとゴロゴロしてるのよ」
 ふぶきはそれに答えずに大の字になって天井を見つめている。
 そこへ伊織が問いかけた。
「姫さま、うるさいようでしたら静かにさせましょうか」
 ふぶきは少し考えて首を振った。
「いい」
「え? ……ですが」
「べつにうるさくない」
 そしてまた目を閉じた。
「新しい畳にゴロゴロするのが気持ちがいいのは皆一緒じゃ」