雨だ。

カウンターに置かれたクリームソーダ。アイスをスプーンで掬って口に入れれば、甘いミルクの味。

真新しいスケッチブックの一枚目には、コウイチロウの手。大っきくて、温かくて、優しい手。

「まだしばらく降りそうだな」

「今日はお店お休み?」

「あぁ。今日は亜子の四十九日だからな。お寺に行ってくる」

コウイチロウは透明の傘を持って出て行く。

エプロンを外して、腕まくりしてたシャツの袖を下ろしながら。

それを見送ったわたしは唐突に気が付いた。

あの日、わたしに傘を貸してくれたのはコウイチロウだ。

エプロン姿じゃないし、いつもはかけないメガネをしてたから分からなかった。

それにもっと大事なこと忘れてるような気がする。


まだ雨は降り続いている。

窓ガラスを伝い落ちる雨の雫に、あの日の誰かの声が蘇る。

「うこちゃん、お兄ちゃんをお願い。49日経ったら魔法は終わるけど、お兄ちゃんが幸せになれるように助けてあげて」

あれは亜子ちゃんだ。わたしコウイチロウのことお願いされてたのに、まだ何もしてあげられてないよ。

でも49日って、コウイチロウ今日が49日って言って……

ダメ、ダメ、ダメ!

まだコウイチロウにお礼言ってない。

コウイチロウを追いかけようとして、イスから飛び降りる。

イスがくるくる回った。

スケッチブックが床に落ちる。

その表紙が薄茶色に滲む。

入口のガラス戸は、どんなに押してもビクともしない。

「ニャー」

叫んだはずの声は言葉を為さずに雨音にかき消された。