あれ? 今日はメガネかけてる。

「コウイチロウ、メガネなの?」

「悪いか? コンタクト切らしたんだよ。なかなか店空けらんないからなぁ」

「うこ、店番してるよ? 行ってきたら?」

コウイチロウはメガネの奥の目でわたしをじっと見て首を振った。

「いつ雨止むか分からん」

ふー、わたしを信用していないだけでしょ。でも、コウイチロウのメガネも好き。

たまにはコウイチロウの絵描こうかな。

そう思ってスケッチブックをめくれば、それが最後のページで、茶色の硬い裏表紙に行き当たった。

「コウイチロウ大変! スケッチブックが終わっちゃった! 雨止んじゃうよっ。新しいのちょうだい!」

スケッチブックを抱いてコウイチロウの所に走る。

「今は無い。今度買っとくから」

「今描きたいのに……」

「しゃぁねぇなぁ」と言いながらコウイチロウが棚をゴソゴソとあさっている。

「これまだ何枚か白紙残ってるから、これ使え」

コウイチロウは使いかけのスケッチブックを出してくれた。

「ありがとう!お礼にコウイチロウ描いてあげるよ」

「いらねー」

わたしはご機嫌でスケッチブックをめくった。

あ、コウイチロウの絵だ。建物とか、猫とか、手だけいっぱい描いてあったりとかする。一つ一つ隅っこに描いた日付があった。たぶんコウイチロウが高校生の時に使ってたスケッチブックだね。

コウイチロウの絵は優しくて好き。

その中に女の子の絵があった。

なんだかわたしに似てる。

でもわたしじゃない。

「コウイチロウ、これ誰? 」

その絵を見せながら聞いてみると、一瞬コウイチロウの動きが止まった。

「勝手に人の絵見るなよ。貸してやんねーぞ」

「……うこじゃないよね?」

「あ、雨止んだな」

コウイチロウがわたしの手からスケッチブックを取り上げるのと、わたしが猫に戻るのが同時だった。

コウイチロウがスケッチブックの中の女の子を見てる。メガネのガラスが反射して、どんな顔してるのか分からなかったけど、なんだか淋しそう?

また今度聞いてみよう。

あー、もう色鉛筆も元どおりに並べられない。猫って不便ね。



最近はよく雨が降る。梅雨大好き。

今日こそコウイチロウの絵を描く!

「コウイチロウ、この間のスケッチブック貸して!」

「あぁ、新しいの買ったからこっち使え」

「この間のスケッチブックまだ使えるよ」

「いいからこっち使えよ」

コウイチロウはオレンジ色の真新しいスケッチブックでわたしの頭をコツンと打つ。

今日はカフェが珍しく混んでる。コウイチロウも忙しそうだから、仕方なく新しいスケッチブックを抱えて、店内を見回した。

わたしの定位置には既に別のお客さんがいる。

しかたなく他の席を探したけど、どこも空いてなかった。

外に行こうか。

ふと見ると、はるとが窓越しに手を振っていた。

わたしも手を振り返して店を出た。

コウイチロウの買ってくれた赤い傘を持っていく。

「うこちゃん。お店混んでるね」

「うん、どこか絵描けるとこ探さなきゃ」

「それなら良いところがあるよ」

はるとは紺色の傘をさしてる。

あの時は透明の傘だった。

はるとは少し歩いた所にある図書館に連れて行ってくれた。

「ここの中庭の方の読書スペース、外が見えて静かだよ」

初めて入った図書館。

色んな絵があって素敵。

ここも古い蔵を改装して作った建物だ。

懐かしい香りと新しい香りが混ざってる。

「今日は何描くの?」

「コウイチロウだよ」

「コウイチロウって?あぁ、あのカフェの店員さんだね」

「あのカフェに飾ってあるのも、うこちゃんの絵だよね?」

「あれはコウイチロウの絵。わたしは手型押しただけ」

「え?あ、そうなんだ……」

はるとは首を傾げながら手型、とか肉球とかぶつぶつ言ってる。

「はると、ありがとう。助けてくれて」

ずっと言いたかったんだ。やっと言えたよ。

「え? 何が? 図書館?」

「ずっと前に助けてくれたんだよ。傘貸してくれた」

「そんなことあったかなぁ。ごめん覚えてないや」

猫のわたしに貸してくれたんだよ。