「うこ。なんだ猫に戻ったのか」
コウイチロウがわたしを抱き上げる。優しい手で背中を撫でてくれながら言った。
「まだ外は雨だぞ。もう人間の姿にならないのか?」
『亜子ちゃんが言ったんだよ。49日で終わりって。お兄ちゃんをお願いって頼まれてたのに、忘れてたんだよ。亜子ちゃんのこと。ごめんね、コウイチロウ。ごめんね……』
「亜子が……? そっか。今までありがとな。うこのおかげで楽しかったよ」
お礼を言うのはわたしの方だよ。
ありがとう、コウイチロウ。
うこが残したスケッチブックを、一枚一枚めくっていく。
俺はうこに亜子の姿を重ねて見ていた。
雨が降ってもうこが人間の姿にならなくなったのは、俺が亜子を失った悲しみを乗り越えたからだろうか。
それなら、またうこを失った悲しみを乗り越えるまで、俺はどうすればいい?
猫の姿のうこは今もたまにふらりと現れる。
じっと壁の絵を見ていることもあれば、別のお客さんが頼んだクリームソーダを恨めしそうに見ていることもある。
中でも色鉛筆にはご執心だ。
くるくる巻かれたキャンパス地のケースの上に小さな両足を乗せて眠る。
また絵を描かせてやりたい。
うこの声は俺にしか聞こえない。
きっと今の姿を見ることができるのも俺だけだ。
「うこ、そろそろ成仏して人間に生まれ変わってこいよ」
うこの成仏を阻んでいるのは、この色鉛筆なのか、あるいは俺自身か。
「コウイチロウが死ぬまで成仏しない。来世でまた一緒にいたいもん」
それ、何十年先だよ。
「そのうちきっとまた女神様が来て、うこを女の子にしてくれるよ。それまで待っててね」
「何だそれ」
「あ、見て見て虹だよ!」
うこのはしゃいだ声に、スケッチブックから顔を上げれば、鮮やかな虹の橋が遠くの山にかかっていた。
「え? うこ、虹が見えるのか?」
猫の目に色はよく見えないはず……
振り返った先に、にっこりと笑う黒髪の少女の姿があった。
「ね?」
<了>
コウイチロウがわたしを抱き上げる。優しい手で背中を撫でてくれながら言った。
「まだ外は雨だぞ。もう人間の姿にならないのか?」
『亜子ちゃんが言ったんだよ。49日で終わりって。お兄ちゃんをお願いって頼まれてたのに、忘れてたんだよ。亜子ちゃんのこと。ごめんね、コウイチロウ。ごめんね……』
「亜子が……? そっか。今までありがとな。うこのおかげで楽しかったよ」
お礼を言うのはわたしの方だよ。
ありがとう、コウイチロウ。
うこが残したスケッチブックを、一枚一枚めくっていく。
俺はうこに亜子の姿を重ねて見ていた。
雨が降ってもうこが人間の姿にならなくなったのは、俺が亜子を失った悲しみを乗り越えたからだろうか。
それなら、またうこを失った悲しみを乗り越えるまで、俺はどうすればいい?
猫の姿のうこは今もたまにふらりと現れる。
じっと壁の絵を見ていることもあれば、別のお客さんが頼んだクリームソーダを恨めしそうに見ていることもある。
中でも色鉛筆にはご執心だ。
くるくる巻かれたキャンパス地のケースの上に小さな両足を乗せて眠る。
また絵を描かせてやりたい。
うこの声は俺にしか聞こえない。
きっと今の姿を見ることができるのも俺だけだ。
「うこ、そろそろ成仏して人間に生まれ変わってこいよ」
うこの成仏を阻んでいるのは、この色鉛筆なのか、あるいは俺自身か。
「コウイチロウが死ぬまで成仏しない。来世でまた一緒にいたいもん」
それ、何十年先だよ。
「そのうちきっとまた女神様が来て、うこを女の子にしてくれるよ。それまで待っててね」
「何だそれ」
「あ、見て見て虹だよ!」
うこのはしゃいだ声に、スケッチブックから顔を上げれば、鮮やかな虹の橋が遠くの山にかかっていた。
「え? うこ、虹が見えるのか?」
猫の目に色はよく見えないはず……
振り返った先に、にっこりと笑う黒髪の少女の姿があった。
「ね?」
<了>