竜が空を飛んでいた時代。

魔王が支配する大地によって、
人間たちは2000年の長きにわたり、
魔物に辛酸(しんさん)()めさせられてきた。

キノコを()した真菌(しんきん)類の魔物や、
スライム状の真性粘菌(しんせいねんきん)繁殖(はんしょく)力が高く、
人間の生存圏さえも危ぶまれた。

これらは亜人種に比べて身体的に劣る人間でも、
火をつけ、()べ続ければ勝てる魔物の代表だが、
燃料にも限度がある。

自己消火性が高く、生物の死骸(しがい)排泄(はいせつ)物、
細菌などのわずかな栄養源で繁殖(はんしょく)するため、
燃え残しがあれば再生してしまう。

農業と畜産に頼っていたわずかな人間は、
短期間で増殖する菌類の魔物に
農地や、土に必要な栄養源を奪われていた。

人間たちが知恵をしぼったか、
はたまた衛生面を改善したときの偶然(ぐうぜん)か、
これまで野に捨てていたふん尿を集積すると、
キノコやスライムが排泄物に呼び寄せられた。

人間にとって単なる不要物質でも、
こうした低位の魔物の栄養になる。

魔物を集積所に閉じ込めたところで、
繁殖は止まらない。

しかし閉じ込められて餌を失った
キノコやスライムはいずれも、
繁殖が止まると十数日で死滅した。

自身が貪食(どんしょく)であるがゆえに、
自身を維持する栄養を失えば(もろ)かった。

そして菌類らの出した酵素(こうそ)
ふん尿に含まれる有機物を分解し、
農地のための肥料へと変わった。

キノコやスライムは爪先程度の少量でも、
尿だけですぐに繁殖することが判明した。

菌類の死骸が大量の肥料となり、
簡単に製造できるので各国で重宝(ちょうほう)すると、
人間の農地は回復の(きざ)しを見せた。

しかし人間に立ちはだかる問題は
農地や菌類だけではない。

農地を広げようにも鳥獣系の魔物が邪魔をする。
牛や羊などの牧畜が襲われる。
当然、農家の人間も例外なく。

大きなツノや硬い牙、鋭い爪で襲われ
人畜ともに被害は絶えない。

その上、植物系の魔物が
せっかく広げた農地に侵食(しんしょく)し、
土の栄養を奪い、巨大化して根を張る。

キノコやスライムは
植物系の魔物のための先遣隊(せんけんたい)に過ぎない。

唯一植物系の魔物が侵食しなかったのは、
天候に恵まれない硬い岩盤(がんばん)と、
険しい山々に囲まれた流刑(るけい)先で知られる
高地の国だけだった。

高地の国では干からびた植物系の魔物の死骸を、
これ以上繁殖できないように燃やした。

その死骸の灰をふん尿と共に埋めて
重ねてを繰り返していると、
偶然にも硝石(しょうせき)を作り出した。

この硝石を多くの豊かな国がこぞって買った。

硝石は塩漬け肉の食中毒を防ぐ以外にも
利用価値が高い。

硫黄(いおう)黒炭(こくたん)、ヒ素を混ぜると火薬になる。
火薬はわずかな火で、強力な爆発を生み出す。

植物系の魔物も、火薬によって
根を破壊されればすぐに死滅した。

植物系の魔物の死骸は平たく潰して乾かす。

食料化を試み、粉末にしたが
毒性があり食べられたものではなかった。

煮込んで柔らかくしてすり潰すと
繊維(せんい)が得られ、服や紙などに利用できた。

それから菌類の肥料を使えば、
荒蕪な土地でも植物系の魔物を根の1本から
人為的に繁殖が可能だった。

紙が国家間の情報を伝達するのに役に立つと、
人間が利用できる魔物の研究が進む。

農地が増えれば人間も増える。
さらに硝石を各国で製造が可能となった。

それから人間たちは鉱物系の魔物に着目した。

鉱物系の魔物は非常に硬く、
わずかな量の鉄でできた剣や斧、
農具などで立ち向かえる相手ではない。

硝石から生産できた火薬を使い、
鉱山から産み出される鉱物系の魔物を
文字通り爆砕(ばくさい)した。

そうしてこの鉱物の魔物からは
鉄や金銀銅などの金属が得られた。

得られた鉄を溶かして加工して、
火薬を用いた銃が発明されると、
農家の頭を悩ませる鳥獣系の魔物も駆除(くじょ)できた。

獣や鳥の魔物は、毛皮の利用や羽毛が
冬を越すための素材として利用された。

ついに魔王が(たお)れ、
世界に平和な日常が訪れた。

魔王に隷属(れいぞく)していた亜人種は、
虐殺(ぎゃくさつ)され、土地を奪われ、人間に使役(しえき)された。

亜人種に比べて身体的に劣る種族だった人間は、
勢力を増やし、版図(はんと)を拡大させた。

それから竜がいた。
竜は空を自由に飛び、大きく、強く、そして賢い。

種族によっては火を吐くものや、
岩を砕くほどに硬い頭を持つ竜もいる。

古くから王や権威(けんい)の象徴ともなる竜の意匠(いしょう)は、
門口(かどぐち)や剣などのお守りにとどまらず、国や地域、
民族の信仰の対象になっていたりもする。

人間などは丸呑みにできる大きな口をもつが、
主には野生の動物や、獣や鳥の魔物を狙う。

しかしときには亜人種や人間も襲い、
ひと飲みにする場面もあった。
好みの問題かもしれない。

そんな危険な竜だが、ほとんどの竜は
産卵に適した外敵のいない高地に生息している。

だが大地を支配した人間が増えた。

魔物が人間の管理下に置かれると、
放牧していた家畜が竜に食われることが増えた。

普段は空を飛び、魔物を餌にしていたはずの竜が、
食べ物を求めて人里に降りる姿が散見された。

だが家畜を襲われれば農民や国も黙っていない。
銃や罠、砲をつかって竜を仕留める。

竜は工芸品の素材になる鱗や爪、それから
内臓類は薬として高値で売れた。

また家畜や魚などに比べて
皮下脂肪も非常に多く採れた。

竜油(りゅうゆ)は灯火の材料として世界中で普及(ふきゅう)し、
石鹸や洗剤へと代わり、衛生面も改善した。
病人が減れば人間がさらに増える。

人間が増えれば人間同士の(いさか)いも増えた。

そして竜油の用途は、
工業用の潤滑(じゅんかつ)油のみにとどまらない。

火薬よりもさらに強力な爆薬が製造できた。

あらゆる国と国との戦争需要で竜油を求めた。
竜を狩り始めて100年足らずで、竜の数は減少した。

人間は同胞(どうほう)の死で(もっ)て戦争の(おろ)かさを学ぶ。

それから爆薬の製法は他の動植物の油でも
代替可能であると判明した頃には、
竜は数えられるほどしか残らなくなった。

人間たちは武器を捨て、国と国が手を取り合った。

平和になった世界に竜の保護を訴える国が現れ、
各国から賛同を得た。その国は
一番に竜を狩っていた高地の国だった。

竜の保護を目的とした観察が人気となり、
高地の国は観光業で成り立つほど(うるお)った。

遠い島国には古くから竜を狩る民族の文化もあり、
国家間の衝突(しょうとつ)やいくつかの密猟(みつりょう)事件もあった。

竜は孵化(ふか)から7年ほどかけておとなになる。
人間の保護下で、世界中で頭数を増やしていった。

それから70年ほど経った現在、
空には竜が飛んでいる。

大小さまざまな竜が、
空を埋めるほどの数が飛ぶ。
竜は餌を求めて空を飛ぶ。

空は竜が支配する。

いまやかれらを(おおびや)かす敵はない。
生物の頂点である竜は、大地を食らい()くす。

家畜が食われ、住処(すみか)が焼かれ、建物が破壊された。

武器を捨てた人間たちは
か弱く、そして(もろ)かった。