Side実鳥
そうか。
これが死ぬかもって……感じることなんだ。
一路朔夜に首を絞められて、私は改めて知った。
あの子が、どんな想いをし続けてきたのか、を。
怖いと思った。
助けて欲しいと思った。
そして私には……海原がいた。
でも……あの子には、もう……誰もいなかった。
だからあの子は、死ぬことを選んだのだと……私は知った。
もしも、一路朔夜があの子にちゃんと寄り添ってくれていたら。
あの子はこんなものを、私なんかに残したりしなかった。
あの子が私を選んでくれたのは、最後のあの子のSOSだったのだろう。
だから、私はあの子の願いを叶えてあげたい。
あの子を、苦しみから解放してあげたい。
それに……あの子の願いを叶えれば、少なくとも1人、喜んでくれる人がいることも分かるから。
きっと私は一生この決断を後悔することになるだろう。
けれど、後悔ならもう、何度もしてきた。
10年前から。
だからもう、今更だ。
あの子のことで後悔をするのなんて。
「藤岡、本当にどうしたんだ……」
優しくてヘタレな海原が、私を心配してくれる。
怒るよりも前に。
そういうところがヘタレなんだと、言ってやりたい。
でも、そんな事よりも。
私は海原に伝えるかどうか悩んでしまっている。
凪波が、私に遺してくれた最後の声を。
そして同時に願ってしまう。
一路朔夜にはどうしても知って欲しい。
知った上で、一生自分を呪い続けて欲しい。
山田さんはきっと、彼をあそこに連れていくのだろう。
凪波にとっての地獄の始まりへ。
いっそ、一路朔夜は全てを知ってしまえばいい。
知って欲しい。
そして凪波の前で、心の底から懺悔して欲しい。Side実鳥
そうか。
これが死ぬかもって……感じることなんだ。
一路朔夜に首を絞められて、私は改めて知った。
あの子が、どんな想いをし続けてきたのか、を。
怖いと思った。
助けて欲しいと思った。
そして私には……海原がいた。
でも……あの子には、もう……誰もいなかった。
だからあの子は、死ぬことを選んだのだと……私は知った。
もしも、一路朔夜があの子にちゃんと寄り添ってくれていたら。
あの子はこんなものを、私なんかに残したりしなかった。
あの子が私を選んでくれたのは、最後のあの子のSOSだったのだろう。
だから、私はあの子の願いを叶えてあげたい。
あの子を、苦しみから解放してあげたい。
それに……あの子の願いを叶えれば、少なくとも1人、喜んでくれる人がいることも分かるから。
きっと私は一生この決断を後悔することになるだろう。
けれど、後悔ならもう、何度もしてきた。
10年前から。
だからもう、今更だ。
あの子のことで後悔をするのなんて。
「藤岡、本当にどうしたんだ……」
優しくてヘタレな海原が、私を心配してくれる。
怒るよりも前に。
そういうところがヘタレなんだと、言ってやりたい。
でも、そんな事よりも。
私は海原に伝えるかどうか悩んでしまっている。
凪波が、私に遺してくれた最後の声を。
そして同時に願ってしまう。
一路朔夜にはどうしても知って欲しい。
知った上で、一生自分を呪い続けて欲しい。
山田さんはきっと、彼をあそこに連れていくのだろう。
凪波にとっての地獄の始まりへ。
いっそ、一路朔夜は全てを知ってしまえばいい。
知って欲しい。
そして凪波の前で、心の底から懺悔して欲しい。
Side朝陽
事実は小説よりも奇なりと、一体誰が最初に言ったのか。
今、俺の目の前にはその通りのことが起きている。
藤岡の首を絞めていた一路。
その一路を、目に見えないような速さでボディブローをくらわして意識を失わせた山田さんが、そのまま、一路をどこから持ってきていたのか……車椅子に乗せて連れ去っていったのは……状況が違ったらコントとしてさぞ多くの観客の笑いを掻っ攫っただろう。
だけど、俺は……笑えなかった。
笑えるはずは、ない。
頭が追いつかないのだ。
1つわかったら、また1つよくわかんないことが起きる。
一路と……一時的とはいえ、凪波のことで協力しあえるかもと思った矢先の、藤岡からのこれだ。
今、藤岡は蹲りながら、子供のように泣いている。
葉が泣いている声よりもその声は大きかった。
こんな藤岡、俺は1度も見たことはない。
「藤岡、本当にどうしたんだ……」
どうすれば泣き止むのかわからない。
今自分が、どう振る舞えばいいのかわからない。
俺は、何もわからない。
その事実が、俺を攻撃する。
「海原……ごめん……でも……」
だけど、俺にだってわかることはある。
藤岡という人間は、簡単に親友を諦めるなんて決して言わない。
それだけは、はっきりと自信を持って言える。
ふと、足元に落ちている手帳は目に入る。
俺はそれを拾うと、藤岡が手を伸ばしてきた。
「だめだよ……海原……」
「え?」
「海原は、見たらだめ……」
「……何で?」
俺が尋ねると、藤岡は予想外のことを言ってきた。
「きっと、凪波のこと……嫌いになっちゃうかもしれない」
と。
Side朝陽
藤岡は、俺に手帳を見せまいと、胸に引き寄せ抱きしめた。
手のひらにすっぽり収まるほど、小さな数枚の紙。
そこに、俺が欲しいと思っているものがあることは、もう明らかだった。
「藤岡」
俺は、覚悟を決めたいと思った。
だから、後戻りをしないように、藤岡の名前を呼んだ。
「頼む」
たった3文字。
でも、それで十分だ。
今ここで、俺が願うことは1つだけなのだから。
凪波のことを知りたい。
知らないといけない。
あいつが何に苦しんだのか。
どんな人生を過ごしたのか。
目の前にその答えがあると言うのなら、見ないふりなんて俺にはできない。
藤岡は、ただ首を横に振るだけ。
「なあ、藤岡」
「だめ……」
藤岡は、頑なに拒否をする。
藤岡にとって、俺は、この紙を見るだけで気持ちが変わるような男だと……思われているのだろうかと思ってしまった。
だから、俺はそこを逆手にとった。
「お前は……それで凪波を……嫌いになったのか?」
藤岡は、俺の問いかけに対して、しばらく何の反応もなかった。
数十秒程、硬直したまま、じっと俺を見て、そして首を横に振った。
「なら、俺もそうだろうな」
それだけ言うと、俺は藤岡に手を伸ばした。
「頼む、藤岡」
「本当に、後悔しない?」
藤岡の言葉に、俺は苦笑するしかなかった。
「後悔なら、10年前にしてる」
凪波に自分の気持ちを告げられなかった。
その後悔を胸に、俺は生きてきた。
未練タラタラで、情けない男だと少し考えれば分かる。
だからこそ……。
「俺は、何もしない後悔はもう……したくないんだ」
俺がそう言うと、藤岡は何も言わずに、俺に手帳を渡した。
そして言った。
「お願い、海原。凪波を……嫌いにならないで……」
「分かってるよ」
俺は、そのまま泣きじゃくり始めた藤岡の前で、震える手で表紙を捲った。
そこには……俺たちが全く想像すらできなかった内容が、殴り書きでいくつも書かれていた。
1日は、過去を受け止めるにはあまりにも短すぎると感じてしまうくらい……重くて、冷たくて……苦しい凪波がいた。
next memory...
Side悠木
人間というのは、この世界で最も強欲な生き物だ。
生きているだけで罪を犯す存在だ。
あるはずのものには目もくれず、なくしたものばかりを追いかける。
追いかけ続けて、そして追い詰める。
そんなことを私たちは繰り返す。
それは、僕と君も、同じだったね。
君は僕にちっとも振り向いてくれない。
僕はそんな君を追いかけ続けたね。
ねえ、雪穂。
聞こえる?
僕が君のために選んだ選択は、君にとっては正しいことだった?
それとも、間違っていたことだった?
僕は結局、どちらでもいいんだ。
君に、答えを聞くことができるのであれば。
それこそが、僕の選択は僕にとっては正しいことであると証明することなのだから。
「彼らはどうかな……」
僕は、君のために、僕と似た彼らから、僕にとっての君と同じような存在を奪おうとしている。
けれど君と、その存在とでは決定的な違いがある。
生きたいか、死にたいか。
ねえ、雪穂。
聞こえるかい?
死を選んだその人を、君のために使うことは……そんなに罪なことかい?
だって、僕はどちらの願いを叶えることになるのだから。
memo凪波
やっとこの日がきた。
学生という身分じゃなくなった。
嬉しくて仕方がない。
ずっと待ってた。
母親が私を支配する声も、もう聞かなくて良い。
大好きなはずの友達を、妬まなくても良い。
自分が大嫌いな自分と、もう向き合わなくてもいい。
私は、自由になる。
そのために、バイトを頑張った。
何度も怒られて辞めたいと思った。
でも、辞めてあの家にずっと居続けるより、辞めないでお金が貯まる方を選んだ。
熱が出ても咳が苦しくても、薬で無理やり直した。
少しでも多くお金が欲しかったから。
少しでも早く家を出たかったから。
今私は、東京に向かう電車でこれを書いている。
この喜びをいつでも文字で見られるようにすれば、この先辛いことがあっても耐えられると思ったから。
全てをリセットする。
畑野凪波という存在も、18年も。
全部を無かったことにする。
そして今日、新しい私が生まれる。
真っ白で、何者にもなれる。
そんな人生を私は歩きたいと思っていた。
今日から、その夢が叶う。
ワクワクしかない。
東京についたらやらないといけないことを今のうちに整理しよう。
まず、家を探す。
それから仕事を探す。
でもそれよりやりたいのは、声優の事務所に連絡を取ること。
すぐに所属できないのなんて分かりきってるけれど、どんどんアタックしてみる。
早くやりたい。
母親の顔色を伺って、母親の望む人生を歩くより、ずっと意味があることだ。
早く、東京について欲しい。
早く、新しい人生を生きたい。
memo凪波
高校卒業後の18歳と、そうでない18歳はこんなに違うのかと感動した。
もう、家に帰りたくないからと駅前の漫画喫茶に寄っても、夜中に追い出されることはないし、警官に早く家に帰れと急かされることもない。
牢獄だった家に帰らなくていい。
そう考えるだけで、私は涙が出るほど嬉しい。
東京に来てすぐは、漫画喫茶を宿にした。
そういう人が多いと、ネットで見たことがあったから、最初から決めていた。
この文章は、そこで書いている。
記念すべき東京での最初の夜。
足を少し曲げさえすれば、横にもなれる。
少し寒いかもしれないけど、それもどうにかできるだろう。
お金さえ払えば漫画や雑誌が読み放題、飲み物も飲み放題なのはありがたい。
声優として演技をするには、色々な作品を知っておく必要がある。
ここなら、誰の目も気にせず、読まなくてはいけない漫画を夜通し読むことができる。
それに食べ物だって、カロリーがある飲み物で栄養を摂取すれば問題ない。
コーンスープがあって本当によかった。
食べたくない時に、食べたくないものを無理やり食べなくていい。
声優を目指すなら、今は見た目も大事。だからダイエットにもなれば一石二鳥だ。
読み返してみると文章がよくわからない。
少し疲れてしまったのかな。
書きたいことがいっぱいあるのに、書ききれない。
国語の勉強をちゃんとやっておけばよかった。
今からでも間に合うかな。
東京は、右を見ても左を見ても人と建物しかない。
山も畑も獣もいない。
その分ずっと明るい。
いつ出歩いても、道が見える。
すごく安全な場所なんだ、と思った。
みんなが東京に来たがる理由が、分かった。
仕事や家は、明日から探そう。
今日はもう疲れてしまった。
実鳥に勧められたけど読むことができてなかった漫画でも読もうかとも思ったけど、そんなものより今は寝てしまいたい。
そういえば、ちゃんと眠れたのはいつだったっけ。
しばらくは、東京に来るための準備に追われていたから、ずっと徹夜していた気がする。
明日から頑張ろう。
明日、いいことがありますように。
おやすみなさい。
memo凪波
知らなかった。
家を借りるのに、親の同意が必要だなんて。
どこの不動産屋さんに行っても、親の同意がないと無理と言われてしまう。
嫌だ。
もしここで連絡したら、今度こそ親の言いなりにさせられる。
20歳まではあと2年もない。
1年ちょっとくらいなら、漫画喫茶でどうにかなるかもしれない。
家は諦める。
その代わり、バイトを頑張って、オーディションたくさん受ける。
そのためにお金を使おう。
家なんて、ないくらいがちょうどいい。
memo凪波
どうしてだろう。
狙ってた養成所にちっとも受からない。
やっぱり、演技経験がこの年まで全くないのがダメだったのかな。
親には演劇とか絶対ダメだって言われてたからなぁ……。
恥ずかしいとまで言われたし。
あの親の子供に産まれたせいで、私は数年人生を棒に振ってしまったんだと思う。
悔しい。
それに、きっと写真もよくないんだろうな。
写真やメイクも、ちゃんとしよう。
最近の声優さんは、見た目綺麗な子が多いから、見た目をどうにかすればいけるのかな?
いっそ、整形してしまいたい。
でも、お金がちっとも足りない。
ファーストフード店でアルバイトは始めることはできたけど、思うようにたくさんシフトに入ることができないから、ギリギリ漫喫代を払い続けるので精一杯。
貯金は養成所代に残しておきたい。
どうすれば、全部が叶うんだろう。
memo凪波
お金がなくなるのが速い。
どうして、こんなにお金って必要なんだろう。
宣材写真も、みんな可愛い服買ってるし、チャンスがあるオーディションはみんなお金を払わないといけない。
バイトをもっと増やすにしても、なんとか通えた養成所もあるから、時間を増やすには真夜中にも働かないといけない。
どうしょう。
もっと割のいいバイトってないのかな。
養成所の子って、どうしてるんだろう?