弘徽殿(こきでん)麗景殿(れいけいでん)。それぞれの皇子がおふたりとも病に倒れた。ある夜、看病する麗景殿の女房が皇子を覗きこむ物の怪を見たという。
 唯泉が呼ばれたときも物の怪は確かにいて、唯泉は物の怪を追い払った。持ってきた衣はそのとき皇子が身につけていたものだという。

「間もなくどちらの皇子も元気にはなったが、私が来たときには既にほとんど回復されていたのだ」
「物の怪に関係なく回復されたと?」

 唯泉は「恐らく」と頷く。
「それから三月の間は何もなかったが、また皇子が倒れた。今回は麗景殿の皇子だけで、物の怪は出てこない。まだ宮中のどこかに隠れているであろうし、次に現れれば祓うが……」
 唯泉には迷いがあるようだ。

「ところでそなたは祓姫と呼ばれているようだが、物の怪を祓えるのか?」
「いいえ、まったく。祓えませんし何もできません。皆さん誤解をされているのです。ここに連れて来られても困るのです」
 ふてくされた物言いに唯泉は笑う。
「でも聞こえるのだろう? 物の〝声〟が」
「ええ、まあ。でも強い感情だけです。すべての物から聞き取れるわけではありませんし」
「それでもすごい力ではないか」

 すごいといえばすごいのだろうが。
 苦笑いを浮かべながら翠子は、ふと思い出して聞いてみた。

「あの……。煌仁さまというあの方は、どのようなお立場の方なのですか?」
「知らぬのか? 彼は東宮だよ」

「え? とうぐう?」
「帝がまだ東宮でいらっしゃったころの皇子なので、弟たちとは歳が離れている。母君は彼が幼い頃に亡くなられてしまってな」