「昨夜とは随分態度が違いますね」
 翠子は苦笑する。
「昨日は私を疑っていたのでしょう。あの扇は私を試すものだったのね」
 朱依は顔をしかめるけれど、仕方がないと思う。
 ただ、こうなるとわかっていれば正直に答えなかったのにと、残念には思った。皇子の生死に関わるようで何やら気が重い。

 時刻になると、ふらりと白の陰陽師が現れた。
 ほぉ、と翠子は見惚れる。
 噂通り彼は、銀色の総髪を肩の後ろに流している。特別に許されているのか白の直衣姿で、中に着ている朱の単衣が映えて見目麗しい。

「祓姫に会えるとは。宮中でも退屈はせずに済みそうだ」
 彼は唯泉(いずみ)と名乗った。

「そなたは話を聞いてどう思われた?」
「私には何もできないだろうと思います」

 薄く笑った唯泉は畳んである衣を差し出した。これが誰のものとは言わないが、衣は小さいので皇子のものだろう。
 物の怪が何か残しているのか、翠子は少し緊張した面持ちで衣に触れた。
 しかし、衣を手に取った時には表情のこわばりは解け、怪訝そうに首を傾げる。

「おかしいと思わぬか?」と唯泉が言った。
「あの……。物の怪は本当に憑いていたのですか?」
「ああ、それは間違いない。その時に着ていた衣だ」

 皇子を襲うからには衣にも怨念を残しそうなものである。なのにまったくそんな様子がない。
 戸惑いながら、翠子はそっと衣を床に置いた。
 まゆ玉が近づいて衣の匂いを嗅ぎ、翠子の膝に乗った。
 唯泉はその様子をじっと見ている。 

「猫にも不思議な力があるのか?」
「不思議かどうかはわかりませぬが、危険を教えてくれます」
 まゆ玉は鳴き声すらあげなかった。
「私が感じたのは愛情だけでした。どちらかといえば強すぎるくらいの」
 唯泉は満足げに頷く。
「物の怪は女だ。いたにはいたが、あの物の怪が何かをしたとか思えぬ」

 唯泉はこれまでの経緯を語った。
 彼が呼ばれたのは三月ほど前の水無月。長雨の頃だったという。