「勅命だなんて。あの煌仁とかいう男、随分大袈裟な物言いでしたね」
「そもそもあのお方はどういう方なのでしょう?」
 ふたりは顔を見合わせて、うーん? と悩んだ。
 彼から怪しい気配は感じられず、おとなしく付いてきてしまったけれど、何者なのかは聞いていなかった。

 牛車は時々止まり、その度に男たちの話し声が聞こえ先へ進む。
 やがて完全に止まり、簾が巻き上げられた。

 かがり火が浮き上がらせるのは荘厳な建物。柱も太く重厚な造りの殿舎である。宿直(とのい)の武人なのか弓を担ぎ松明を手に庭を歩く男も見えた。
 なるほど宮中に着いたらしい。

「さあ、どうぞこちらに」
 促されるまま翠子と朱依は牛車から下りた。
 いつの間にか雨は止んでいたようで、空には星が輝いている。


 それからの翠子は緊張を強いられた。
 煌仁に連れられ、あろうことか帝からもよろしく頼むとのお言葉をかけられたのである。
 途中で別れた朱依と合流したときには、ほっとしたあまり涙が零れた。

「姫さま大丈夫ですか? いったい、何を頼まれたのです?」
「まだ三歳の皇子さまが、原因不明のご病気でお倒れになっているそうなの。物の怪(もののけ)の仕業らしいのですって」
「物の怪?」

「そうらしいわ。だから申し訳ないけれどって一度はお断りしたの。でも断りきれなくて……」
 煌仁に鋭く睨まれたのだ。
「仕方がないから、できることだけはしてみますと答えたわ」

「あの男ですね。無理なものは無理なのに」
 朱依は眉間に皺を寄せる。
「さあ姫さま、とにかく今日は休みましょう」
「ええ、そうね」

 この問題が解決しない限り、どうやら邸に帰してもらえないらしい。
 ふたりは肩を寄せ合うように与えられた(つぼね)で横になった。
 緊張以上に疲れていたのだろう。間もなく翠子は深い眠りについた。


 あくる朝、朝餉が済んだ頃、煌仁が現れた。
 いかにも強そうな武官をひとり伴っている。

「この者は検非違使(けびいし)の長官、井原 (たかむら)。今回の事件の調査をしている。姫の警備も頼んだので、忌憚なく頼ってほしい」

 挨拶もそこそこに煌仁は言った。
(ひつじ)の刻に白の陰陽師が来る」

 返事をしない翠子と朱依に何を思ったか、煌仁の後ろに控えていた篁が野太い声で咳ばらいをした。
 朱依が篁をぎろりと睨むと、篁は睨み返す。それに構わず朱依が口を開いた。

「何度も言いますが、姫は物の怪を祓うことはできません」
「わかっておる。何かひとつでもわかれば、それでよいのだ」
「何もわからなかったら?」
「それでもよい。もちろんその場合も礼はする。十二単を持ってきた。宮中にいる間はこれを着ていたほうが見立たぬ故」
 困ったことはないかとか、あれこれ世話を焼き煌仁は帰っていった。