入内なんて、無理ではないか。
「姫にいてほしいのだ。姫でなければ后などいらぬ」
 ――煌仁さま。
「姫よ。わしからも頼む。なあ朱依も頼んでくれ」
「姫さま、行きましょう宮中へ」
 朱依が目にいっぱい涙をためて訴えた。
 いつの間にか集まっていた爺や使用人のみんなも口々に「姫さま、お行きなされ」「幸せにおなりなされ」と涙を浮かべて訴える。


 年が明け、煌仁は帝となった。
 即位の儀には中宮となった翠子が並ぶ。
 それはそれは美しい両陛下の姿に人々は歓喜に沸いた。

 立場上父の官位が必要で、翠子は新左大臣の養女となり入内した。朱依は官位を頂き翠子付きの上臈女房となった。
 頼もしくも優しい帝に気遣われながら、凜とする中宮を見て朱依は袖で涙を隠す。

「朱依よ、そろそろ色よい返事をくれぬか」
 ひょっこりと顔を出した篁が、すねたように顔をしかめる。
「朱依じゃなくて朱の君と呼んでちょうだい」
「またそんな水臭いことを。なぁ、無事に即位の儀も済んだのだから、そろそろよかろう?」
 朱依は返事はしないけれども、篁が持ってきた干し棗はうれしそうに頬張る。そして何を思ったか棗をひとつまみして篁の口元に差し出した。
 うれしそうにその棗を口にして、篁は朱依を抱き寄せる。
「ご覧なさいよ、月がきれいだわ」
「ああ、そうだな。でも朱依のほうがきれいだぞ」


 宮中の夜は更け、清涼殿から琵琶の音が聞こえてくる。
 翠子が教えてほしいとねだり、煌仁が教えている。翠子の後ろから覆いかぶさるようにして、翠子の手を取り琵琶を弾く。

「これではあなたが弾いているのと変わらないわ」
 くすくすと笑う翠子に煌仁が頬を寄せる。

「まゆ玉に恋人ができたそうですよ」
「そうか、それはよかった」
「ええ、ほんとうに」

「翠子、そなたも幸せか?」
「もちろんですよ。もちろん、この上もなく」

 愛する人の胸のなかで。
 誰よりも心から、翠子は幸せだと思った。


― 了 ―