先に文を預けてもらう。翠子はまず文に軽く触れ、その中で気になったものだけを開けて読む。内容が翠子の手に負えそうな時だけ話を聞くようにしたのである。
『姫と煌仁はよく似ている。忘れるなよ? 自分を大切にできなければ人を幸せにはできぬのだ』
 唯泉にそう言われのである。
『元気に過ごし、有事の際にはまた共に宮中に駆けつけ、あの不器用な男を助けてやろうじゃないか』

「姫さま、とてもお上手になりましたね」
「ふふ、そう?」
 最近は琴の練習に励んでいる。もしまた宮中に呼ばれたとき、煌仁の琵琶と唯泉の笛に合わせて琴を弾けるようになるのが夢だ。
「そういえば最近は姫さま宛の恋文も舞い込んでおりますね」
 どうやら朱依は全ての文に目を通しているらしい。
「ええ? そんな物好きが?」
「またもう。篁だって言っていましたよ。宮中でも姫さまの美しさは評判だったって。当然ですよね」
「朱依だって。篁さまがやきもちを妬くほど文をもらっているじゃない」
 朱依は頬を紅くしてそんなことはないと言うけれど、気立てのよい美人なのだから、もてないはずがないのだと思う。

「お正月は篁さまも唯泉さまも呼んで楽しく宴でもやりましょうか」
「いいですね! あ、姫さま。今夜は満月ですよ。お月見しましょうよ」
 昨夜、明日は満月だと話をしていた。
「そうね。そうしましょう。宴ね」
「はい。月の宴ですね」
 朱依は急いで準備に取り掛かった。

 翠子が琴を弾き、朱依が舞ってみせ、やがて爺や牛飼いやみんなで踊り始めた。
 団子を食べて酒を飲み、笑って歌って。まゆ玉も皇子にもらった毬で遊ぶ。邸で初めての宴に皆で喜び大いに楽しんだ。
 輝く石をそっと手にして、煌仁さま、翠子の邸も明るくなりましたよと、心で告げる。


 そんなある日。
「姫さまー」
 ぱたぱたと足音を立てながら朱依が簀子を走る。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「来たんですよ。煌仁さまが」
「え? うそ」
 まゆ玉が膝の上にいるのも忘れ、翠子は立ち上がった。
 落ちたまゆ玉が「みゃあ」と抗議の声を上げるが翠子の耳には届かない。
 簀子に出た時には、煌仁がもうそこにいた。

「煌仁さま?」
「姫、迎えに来た」
「え?」
 後ろにいる篁が困ったように眉を下げる。
「陛下は、姫さまが入内しない限り、帝にはならないと宣言されたのだ」
 朱依が「なんと」と声をあげた。
「すまぬ、姫よ。来てもらえぬか?」
「……でも」