煌仁は御簾の人影に冷ややかな瞳を向ける。
 女は善か悪か。

「持ってきましたか?」と、案内してくれた女が言った。
 先に渡した文には、扇を見てほしいと書いておいた。
 煌仁は懐から出した扇と、これは謝礼の砂金と告げて革袋を並べ女に向けて床に置いたが、女は扇だけを受け取り、御簾の奥にいる祓姫の膝元に運ぶ。

 祓姫はゆっくりと手を伸ばし、閉じたままの扇を指先でなぞるように撫でると、すぐに手を離した。

「我が子が愛おしいと……。聞こえるのはそれだけです。あとは女性の、深い、悲しみ」
 透き通った清らかな声が響く。
「どんな女性かわかるか?」
「いいえ。私は声を聞くことしかできませぬ」

 終わったのか、祓姫は「朱依(すい)、これを」と声をかけた。案内の女は朱依というらしい。
 朱依は扇を取りに行き、煌仁の前に戻す。

「満足いかれたのでしたら礼は頂きます。不満でしたら礼は結構です」
「祓わぬのか?」
 祓姫というからには、宗教的な何かをするのかと思っていた。

「祓いませぬ。人々が祓姫と呼ぶので誤解をなさる方が多いのですが、姫は“声”を聞くだけです」
「そうか」

 革袋を残し扇だけを取った煌仁は、ゆったりと胸を張る。
「実は宮中から参った。折り入って頼みがある。このまま付いて来てほしい」
 ついで、有無をいわさぬ厳しい口調で宣言した。

「これは勅命である」


 その声が呼んだように一陣の風が吹いた。
 がたがたと音を立てて御簾が巻き上がり、彼女の姿が露わになる。
 雪のように白い肌。紅く小さな唇。輝く漆黒の瞳。湖面に浮かぶ蓮花のような可憐な姫が、煌仁をじっと見ていた。