しっかりとした証拠がなければ弘徽殿の女御が黙ってはいない。今回の女御の不調も麗景殿の仕業に違いないと大騒ぎだ。唯泉が物の怪を祓って事態が収まればいいが、どうなることやら。

 薄く笑みを浮かべた煌仁が「近いうち宴をすることになる」と言った。
「帝の願いだ。すでに準備に入った。女御の体調さえ整えばすぐにでも執り行う」
「もしかして、帝のご容体が……」
 煌仁は何も答えない。

「篁、祓姫の噂、聞いたか?」
「いえ?」
「今回の女御の体調不良は、姫が宮中に来てからだと女房どもが言い始めた」
「そんな馬鹿な。つい先日まで女御はぴんぴんしていたじゃないですか」
「気づかなかったか? 女房たちの姫を見る目に」
 そういえばと篁は眉をひそめる。
 姫の姿を見るなり、女房たちは怪訝そうに斜に構え遠巻きにしていた。
「唯泉はいち早くそれに気づき、帰るよう促したのだろう。弘徽殿には姫が邪魔なのだ」
 篁の顔に緊張が走る。
「私は帝の傍を離れることができぬ。頼んだぞ篁。今後一層姫の周囲に気を配ってくれ」
「はい。わかりました」
 深く頭を垂れた篁は、麗景殿へと向かった。

 一方麗景殿へと向かう翠子と朱依は、すっかり気が重くなっていた。
「宮中って思っていたよりも居心地が悪いですねぇ」
 朱依はため息をつく。
「十二単は重たいし、女房どもは感じ悪いし。まぁ、麗景殿の方々は優しいですけれど」
 翠子は苦い微笑みを浮かべる。
 弘徽殿の女房たちの悪意に満ちた好奇の目。
「仕方がないわよ。祓姫なんて如何にも怪しそうなのが来たら、誰だって恐れ慄くわ」
 思わず卑屈な言い方をしてしまう。
「姫さまは、誰よりもお優しいのに! まったく頭にくる」
「ありがとう、朱依」

 と、そこに「おうい」と声がした。
 篁である。
「なによ」
 いきなり噛みつく朱依に、篁はしどろもどろだ。
「なんだよいきなり。帰り道に迷わないようお供に来たんじゃないか」
「今ね、早くお邸に帰りましょうって話しをしていたのよ」
「ええ? まあ、そう言わず」
「だめよ、帰ったら正月の準備を始めなくちゃいけないの」
「朱依ったら、気が早いわよ、まだふた月もあるわ」
 笑いながら、いずれにしろ帰る日はそう遠くないだろうと翠子は思う。
 犯人が捕まるかはわからないけれど、もうできることはないだろうから。

 その夜、唯泉が遊びに来た。