溢れるほどの人が見える。
「今日は天気もいいから、人手も多いな」
 老若男女、翠子と同じような格好の女性も多いし、庶民から貴族まで様々な人がいる。
 立ち並ぶ店を覗けば、古着、食料、見たこともない謎の道具。目に映る全てに胸が躍る。

「朱依、見てみて。鈴よ」
「まゆ玉にちょうどいいですね」
 では買ってあげようと煌仁が手を伸ばしたが、煌仁が手に取ったのは鈴だけではなかった。萩の花が彫られている櫛も。
「今日の記念に、姫に贈ろう」
「まあ。ありがとう、ございます」
 うれしくて胸がいっぱいになる。
「ではわしも、朱依、どれがよい? 買ってつかわすぞ」
 朱依も篁に櫛を買ってもらっている。それよりこっちがいいなどと朱依は言いたい放題。その様子がまた、翠子にはうれしい。

 がやがやと賑わう市場は、朱依が言っていたとおり色んな匂いがする。
 ちょっと埃っぽくて、汗の匂いや魚の生臭さ、揚げた唐菓子のおいしそうな匂いと甘い香り。たくさんの匂いのなかで、煌仁がまとう丁子の香りが掠めると安心できた。

「まあ、あれは何という生き物ですの?」
 大きな男の肩に小さな動物が乗っていて、烏帽子を被っている。
「猿だ。絵巻物で見たことはないか? まだ小さいので子どもの猿だろう」
「まぁ! あれが猿」
 猿は、篁の肩にいるまゆ玉と睨み合いながらすれ違っていく。

「あれは何ですか?」
「なんだろうね、聞いてみよう」
 店主に聞いてみると「なんですかなぁ? わしもわからんのです」と首を傾げる。
「わからんで売っておるのか」
「お客さまが好きなように使ったらよろしい」
 店主は憮然と開き直り「呆れた言い草だ」と篁が顔をしかめ、あははとみんなで笑う。

 唐衣も買って、食べたことのない菓子も買って、ちょっと休もうと茶屋に入った。
 朱依と篁はまゆ玉がいるので外の椅子に腰を下ろす。煌仁と翠子は店の中に入った。

 麦茶で喉を潤しほっと息を吐く。
「どうかな? 市場は、楽しい?」
「はい、とても」
「そうか、よかった。疲れただろう?」
 翠子はいいえと首を振る。
 本当は少し疲れていたけれど、それ以上に楽しいから。

「姫の母は?」
「母は、私が子供の頃に。――母は孤独な人でした。火事で私を助けるために髪を焦がしてしまって、父に捨てられて」
 煌仁の眉がぴくりと歪む。
「そうか、――そうか。それは……すまない。辛いことを思い出させてしまったな」