朱依はうれしそうだ。
「姫さまと市に行けるなんて、ああ、とても楽しみです」
「そんなに楽しいの? 市って」
「楽しいですよ、見てるだけで厭きないですもの。姫さまも絶対楽しめます。見たことがないものがあって、色んな匂いがするのです」
「匂い?」
「食べ物とか、何かを煎っている香ばしい匂いとか。人も、そうそう、女の商人もいたりするのですよ?」
「そう。そう、なんだか楽しみで眠れないわ」
「御寝坊しても平気ですよ、どうせ市は昼からしか開きませんから」
それを聞いてようやく気持ちが落ち着いた。
(煌仁さまが付いていてくれる。だからきっと大丈夫ね)
次の日、約束通り煌仁は迎えに来た。
煌仁と翠子は先の牛車に、後ろの牛車に、篁と朱依が乗った。
「まず宮中から出て、着替えて変装するんだよ」
「変装?」
「ああ、姫は、そうだな、さしずめ貴族の女房。私はいつも播磨守だ」
「播磨守?」
「ああ、播磨守は友人なんだ」
考えただけで楽しい。
「手を出してごらん」
「え?」
言われて両手を出すと、煌仁は翠子の手にぴったりの絹の袋を被せた。
「これで大丈夫だろう? 直接触れないで済む、魔物が寄ってこないように唯泉が術をかけてくれた」
「ありがとうございます」
すべすべして、手袋はとてもさわり心地がいい。
着替えてから、みなで東市に歩く。
翠子は市女笠を被り、どう見ても買い物に来た若い女房だ。笠は薄い布が垂れていて、人目を気にしなくて済むので、思う存分周りを見渡せる。
隣には少し着古した感じの狩衣を着た煌仁がいる。匂い立つような高貴な空気を纏ってはいるものの、宮中での彼とは随分雰囲気が違って見えた。肩の力が抜けているような柔らかさが、微笑みにも浮かんでいるようだ。
「姫は女房姿も美しいな」
どきっと胸が高鳴った。お世辞とわかっていても慣れていないので、頬が赤くなってしまう。薄い布の中で、翠子は睫毛を揺らしながら俯いた。
「あ、ありがとうございます。煌仁さまも、とてもよくお似合いです」
振り返ると朱依も翠子と同じような格好だけれど、いつになく明るい柄の衣を着た朱依が新鮮に見えた。でも、篁だけはあまり変わっていない。
「篁さまは、あまり変わっていないのですね」
けらけらと朱依が笑う。
「むさくるしさは隠しようがないのね」
むっとした篁が朱依を睨む。
「わしは護衛なのだからこれでよいのだ。衣は変えたのだぞ? わからぬのか鈍い奴め。なあ、まゆ玉」
篁の肩に乗っているまゆ玉が「にゃあ」と鳴く。
「ほら、まゆ玉はわかっているではないか」
「はいはい、そうですか」
朱依と篁を見て、翠子がくすりと笑う。なんだかんだとお似合いのふたりである。
市場に近づくにつれて人も増え、喧騒が聞こえてくる。
振り返れば朱依と篁。お互いの衣が擦り合うほど近く、翠子に寄り添うように煌仁がいてくれるので怖くはなかった。
そして市場の入り口が見えた。
「すごいわ」
「姫さまと市に行けるなんて、ああ、とても楽しみです」
「そんなに楽しいの? 市って」
「楽しいですよ、見てるだけで厭きないですもの。姫さまも絶対楽しめます。見たことがないものがあって、色んな匂いがするのです」
「匂い?」
「食べ物とか、何かを煎っている香ばしい匂いとか。人も、そうそう、女の商人もいたりするのですよ?」
「そう。そう、なんだか楽しみで眠れないわ」
「御寝坊しても平気ですよ、どうせ市は昼からしか開きませんから」
それを聞いてようやく気持ちが落ち着いた。
(煌仁さまが付いていてくれる。だからきっと大丈夫ね)
次の日、約束通り煌仁は迎えに来た。
煌仁と翠子は先の牛車に、後ろの牛車に、篁と朱依が乗った。
「まず宮中から出て、着替えて変装するんだよ」
「変装?」
「ああ、姫は、そうだな、さしずめ貴族の女房。私はいつも播磨守だ」
「播磨守?」
「ああ、播磨守は友人なんだ」
考えただけで楽しい。
「手を出してごらん」
「え?」
言われて両手を出すと、煌仁は翠子の手にぴったりの絹の袋を被せた。
「これで大丈夫だろう? 直接触れないで済む、魔物が寄ってこないように唯泉が術をかけてくれた」
「ありがとうございます」
すべすべして、手袋はとてもさわり心地がいい。
着替えてから、みなで東市に歩く。
翠子は市女笠を被り、どう見ても買い物に来た若い女房だ。笠は薄い布が垂れていて、人目を気にしなくて済むので、思う存分周りを見渡せる。
隣には少し着古した感じの狩衣を着た煌仁がいる。匂い立つような高貴な空気を纏ってはいるものの、宮中での彼とは随分雰囲気が違って見えた。肩の力が抜けているような柔らかさが、微笑みにも浮かんでいるようだ。
「姫は女房姿も美しいな」
どきっと胸が高鳴った。お世辞とわかっていても慣れていないので、頬が赤くなってしまう。薄い布の中で、翠子は睫毛を揺らしながら俯いた。
「あ、ありがとうございます。煌仁さまも、とてもよくお似合いです」
振り返ると朱依も翠子と同じような格好だけれど、いつになく明るい柄の衣を着た朱依が新鮮に見えた。でも、篁だけはあまり変わっていない。
「篁さまは、あまり変わっていないのですね」
けらけらと朱依が笑う。
「むさくるしさは隠しようがないのね」
むっとした篁が朱依を睨む。
「わしは護衛なのだからこれでよいのだ。衣は変えたのだぞ? わからぬのか鈍い奴め。なあ、まゆ玉」
篁の肩に乗っているまゆ玉が「にゃあ」と鳴く。
「ほら、まゆ玉はわかっているではないか」
「はいはい、そうですか」
朱依と篁を見て、翠子がくすりと笑う。なんだかんだとお似合いのふたりである。
市場に近づくにつれて人も増え、喧騒が聞こえてくる。
振り返れば朱依と篁。お互いの衣が擦り合うほど近く、翠子に寄り添うように煌仁がいてくれるので怖くはなかった。
そして市場の入り口が見えた。
「すごいわ」