次の日、煌仁は大量の冊子を持って現れた。
「新しい紙で書き写したものばかりだ」
「まあ、姫さま。良かったですね」
「ありがとうございます」

 思わず顔がほころんだ。新しい紙ならば、強い念を感じる心配もない。
「初めて笑ったな」
「え?」
 煌仁がにっこりと微笑む。

「匙の件だが、最初のときは皇子が手を払い匙が落ちたので、途中から別の匙を使ったのだそうだ。もとの匙は不思議なことに落ちた拍子に割れたらしい」
 なるほどそれならば、毒だとしても少量で軽く済んだだろう。
「割れた匙は処分してしまったらしい。残っていないから調べようがないが、物の怪が匙を割ったのかもしれぬな」
「麗景殿の女房が物の怪を見たのはそのあとだったのですね?」
「ああ、そうだ。皇子を心配して覗いていたのかもしれぬ。唯泉も、物の怪はあえて探そうとはせず、しばらくは放置して様子を見ようと言っていた」
「そうですか」

「この度のこと、帝が大変お悦びになられて、褒美は何が良いかと楽しそうに話しておられたぞ」
「もったいないことでございます」
「ずっと宮中にいてもらえないかと、そうおっしゃるので一応伝える」
 それには答えられなかった。
 正直嫌だったから。

「姫は、屋敷から出たことがないのか?」
「はい」
「なぜ? 物から色々聞こえてくるのが煩わしいからか?」
「はい。でもそれは防ぎようはあるのですが。今は出たくても」
 朱依がその先を続けた。
「屋敷のまわりには、姫さまに会いたいという人々が取り囲んでいるのです。夜ならば出られるのですが、昼間はとても外には出られませぬ」
「そうか。――それは大変だな」
 煌仁はしみじみと頷く。
「では少し、宮中を歩いてみるか? 今日は天気もいいし、ずっとここにいるのもつまらないだろう」

 案内すると言われて、歩いてみることにした。
 朱依と篁は後ろから付いて来る。振り返ると相変わらず小競り合いをしているようだった。
 くすくすと笑いながら煌仁のあとを付いていく。


「朱依よ、祓姫とはどういう方なのだ」
 篁が聞くと、朱依はつんと顔を背ける。
「どうもこうもお優しい方よ」
「だから、どう優しいのだ」
「お前のような無骨者には一生わかるまいな」
 むっといきり立つ気持ちを、篁は気合でぐっと堪えた。
「そう、かりかりするな。わしは力になりたいのだ」