女御は消え入りそうな声で「皇子を助けてたもれ」と言い、その声に促されるように女房が衣を翠子の前に置いた。
「倒れた時にお召しになっていた衣です」
 翠子は衣に触れる。
「いかがじゃ?」
 扇で顔を隠すのも忘れたように、年かさの女房が翠子を覗き込む。
「少なくとも禍々しいものは感じません」
「物の怪ではないのか? それなら何なのじゃ」
「落ち着かれよ。まずは話を聞くがよい」
 煌仁に言われて、我に返ったように女房は俯いた。

「この衣から感じるのはとても深い愛情です」
 女御のすすり泣く声が響く。その声に切なくなりながら、翠子は思った。
 病気か、もしかしたら毒かもしれない?
 とは言え確証もなく、そんな発言をしては大事になるだろう。
 年かさの女房はうな垂れて、目元に袖をあてた。

「姫よ、何か気になることがあるなら言ってみるといい」
「あ、の……。その時の食器はありますか?」
 顔をあげた女房は「あります」と言うや否や立ち上がった。

 御簾の中から出てきた女御は皇子の枕元に行く。
「すっかり食が細くなってしまったのじゃ。医師はどこも悪くはないと言うのだが、食べないので疲れやすく、こうして寝てばかりいる」
 そう言ってまた袖を濡らす。

 年かさの女房が食器を盆に載せて戻ってきた。
 銀の器が並ぶが、(さじ)だけは木製である。

「匙は銀ではないのですか?」
「皇子が熱いのを嫌がるのだ」

 翠子の邸でも銀食器を使っているが、熱い粥などは竹の匙を使っている。なので特に不思議に思うわけじゃないが、なぜだか匙から目が離せない。
 真っ先に手に取った。
 途端に顔が強張り、口元が震えた。

「どうした?」
「あ、悪意が、染み込んでいます」
 急いで他の銀食器も触ってみたが、何も感じない。
「匙だけか?」と翠子に確認した煌仁は「このままお待ちください」と言い残してどこかに行った。

 女御の震えた声が「匙が原因なのかえ?」と聞いてくる。
「それはわかりませんが、食器のうち、この匙にだけ禍々しいものを感じます。これは毎日使っているのですか?」
「そうじゃ。匙に彫ってある絵が大層気に入っておられて」
 なるほど猫が彫られている。
 それにしても素掘りなのは何故なのか。
「漆器ではないのは何故なのですか?」