だったらさっき言えばよかったではないか。とは言えない。篁は肩を落として戻っていく。
 篁は祓姫も朱依という女も、どうも苦手だと思った。美しくはあっても不気味だし態度は尊大だ。かわいげなど一切ない。仮にも東宮に対してあの態度はなんだ。

 忌々しさに顔をしかめながら妻戸の前に立つ。
(なんだ、もう閉めたのか)
 まだ明るいというのに扉は閉じている。軽く叩き「話がある」と声を掛けると、「なんだ」と朱依の声がした。
 なんだとはなんだ。
 ぷちっとこめかみの血の道が切れそうになったが、ひと呼吸おいて「明日一緒に麗景殿に行ってもらう」と告げた。

「時刻は?」
 うっかりして時刻は聞いていない。
「何時であろうとよかろう。どうせお主らに他の用事はないのだ」
「ふん。(ひつじ)の刻ならよいが、それ以外はだめだ」
「おい!」
 朱依の衣擦れの音が遠くなっていく。

(――くそっ。あの女)
 やり場のない怒りに思い切り妻戸を蹴り上げようとしたが、扉では音が響き過ぎる。振り返りざまに柱を蹴りつけたが、あまりの痛さに片足を抱えてぴょんぴょんと飛び跳ねた。