次の日。

咲哉は、峠を越えたと皆に、伝えられた。

当の本人は、密かに埋葬され、藤原咲哉という名も、伏せられた。


「咲哉。いつかこの墓標に、お主の名を刻むからな。」

咲哉に扮した依楼葉は、まだ名も刻まれていない墓石に、手を合わせた。

そして早速、父・藤原照明に、中納言の職を教え込まれると、やはり元が賢いせいか、ものの数日でその職務を覚えきった。


「依楼……いや、咲哉。今日から、中納言として出仕するが、心つもりはよいか?」

「はい、父上。」

元より中納言の職は、三大臣を補佐する役職。

左大臣が本当の父であるのだから、これ程心強いものはなかった。


だが難題は意外にも、家の中にあった。

「背の君様。ご回復、何よりもお喜び申し上げます。」

峠を越えたと聞いた妻・桃花がいち早く夫を、見舞ったのだ。

「ああ、有難う。」

その声を聞いた桃花が、目をぱちくりさせる。