「教えてやろう。それはな、御子を残すことじゃ」
「御子を……」
「そうじゃ。御子を為すのはおなごにしかできぬ。つまり、おのこであるおぬしにはできぬことよな」

 お前では帝の役に立てない、暗にそう言われて斎の胸はぎゅっと締め付けられた。

「それでも……御子を為すか為さぬか、それがいつの時機のことであるかは、すべて主上ご自身がお決めあそばすことでございます……」
「ほーう。つまりおぬしは、ようやくやってきた太平の世を乱そうと言うのだな?」
「えっ?」

 急に話の規模が大きくなったので、斎には意味が呑み込めない。左大臣はおおげさに嘆息すると、閉じた檜扇でトントンと己の肩を叩き始めた。

「このままお世継ぎがお出来にならず、春宮が立たねば次代をめぐって世は乱れる。世が乱れれば、お優しい帝はさぞ嘆かれるであろうなぁ」

 斎はどきりとした。花琉帝自身が、次代の擁立をめぐるいざこざが原因で長年不遇の時代を過ごしてきたからだ。
 京の外れの寺に封じられ、訪ねる者もなく、花鳥風月のみを友として――。いつもどこか遠くを見ていた孤独な「入道の宮」の姿を、斎は知っている。

 どくん、どくん。
 斎の胸はふたたび強く締め付けられて、棘が刺さったみたいに痛みだす。

「尊き方の血を繋ぐのは尊き者の役目。先々帝ゆかりの我が末姫こそが適任じゃ。そうであろう?」
「……はい……」
「帝が道行きを迷われるのなら、進んで正しき道を照らし忠言し申し上げるのがまことの臣下というものじゃ」

 肩を叩く左大臣の動きが止まった。かつて並み居る競合を蹴落とし太政官の最上位まで上り詰めた男は、射貫くような目で斎を見下ろす。

「蔵人少将。おぬしは忠臣か? 賊臣か?」
「い、斎は……」
「答えよ!」

 忽然と一喝され、ぴたりと扇を喉元に突きつけられる。その有無を言わさぬ圧力に、斎は思わず唾を呑み込んだ。

「……私は……。主上の、一の忠臣にございます……」
「その忠義に偽りはないな?」
「それはもちろん――」
「ならば()く奏上せよ。『左大臣の末姫を入内させ、中宮を立てろ』とな」

 弁論で左大臣の右に出る者はいない。気付けば反論や逃げ道は封じられ、頷くしかなくなっていた。斎はうつむき、小さく小さく首を縦に振る。
 ようやく望む答えを得て、左大臣は老獪に笑った。