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 昇降口近くにある壁一面には、文化祭で展示していた数枚の絵が飾られていた。
その中には僕の絵も含まれている。

 展示する絵は、親に気づかれないようにこっそりと家で描いたものだ。
 この絵のために僕は、丸二日もかけた。

 絵を描くと素直に楽しかった。
余計なものを考えなくていいし、頭の中をまっさらにできて絵に集中できた。
 筆をとるだけでわくわくして、色を載せる頃には達成感さえ感じていた。

 問題集ではなく、キャンパスに向き合った二日間は僕にとって〝幸せ〟だった。

 一ヶ月ほど前にあった文化祭の記憶を手繰り寄せていると、

「おや、どうかしたのかね」

 ふいに年をめいた声が聞こえてきた。ハッとして振り向くと、そこにいたのは。

「校長、先生…」

 僕は咄嗟に花壇のことを思い出す。

 厳格で少し怖いくらいある校長先生のコレクションが、あの花壇である。

「絵を見ていたのかね?」

 壁にかけてある絵に視線を向けられる。

「あ、えーっと、はい…」

 校長先生と普段滅多に話すことがないからか、そのせいで過剰に緊張した。

「みんな素晴らしいねえ」
「そ、そうですね」

 確かに壁に飾られている絵はどれもうまいものばかりだ。
 もちろん自分のものは例外だけれど。

 自分の絵をうまいと思ったことはない。

 むしろ、他の人と比べてみても描く時間が足りない。勉強が足りない。
 それもそのはず。基礎を学ばずに楽しさだけで描いているのだから。

 みんなに劣っている部分は、きっともっとたくさんある。

「この絵、私も気に入っているのだ」

 そんなことを告げるから、壁に目を向けると、え、と困惑した声を漏らす。
 なぜならば、校長先生は僕の絵を見て言っていたのだから。

「よく心が込められている」
「心が…ですか?」
「ああ、そうだ。とても優しくて温かな心が伝わってくる」

 優しくて、温かな……

 そういえば水帆にも言われたっけ。

 〝この絵を見ていると、すごく温かい気持ちになるの〟

「どうだね。きみも思わないかね」

 尋ねられるけれど、自分のものに肯定も否定もできなくて、「はあ」どちらにもとれない答えを示す。