父の病状が気になるわたしは後ろ髪を引かれる想いだったけれど。
「父はわたしが学校に行く方が安心するだろうから」と桐島さんにも言われたので、父のことは母に任せて、わたしは普段どおりに登校することにしたのだった。

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 自由ヶ丘駅から渋谷・新宿(しんじゅく)駅を経由して、わたしは電車の乗り継ぎで通学していた。

「――絢乃っ、おはー!」

 京王線に乗り換えるために新宿駅で降りると、八王子方面行きのホームで里歩がわたしに手を振ってくれた。
 里歩は新宿区内に住んでいて、お父さまが経営コンサルタントをなさっている。彼女とわたしは、バレー部の朝練がない日には毎朝このホーム待ち合わせをしていたのだ。

「……おはよう、里歩」

「おは。……ってあれ? 絢乃、今日はなんか元気ないじゃん。どしたの?」

 わたしは精一杯の笑顔で挨拶を返したつもりだったけれど、里歩はその笑顔から敏感にぎこちなさを感じ取ったらしい。

「そんな深刻な顔してたら、せっかくの美人が台無しだよ? なんか困りごと?」

 自分では鼻にかけたりしないけれど、里歩(いわ)くわたしは「美人でスタイルがいい」らしい。そのことを軽く茶化しながらも、彼女はわたしを親友として気遣ってくれた。

「……あ! もしかして、初めての恋(わずら)い?」 

「……えっ?」

「だってほら、昨日、お父さんの誕生パーティーだったんでしょ? もしかして、ものすごいイケメンに出会っちゃったとか!?」

「ち……っ、違うわよ! 何言ってんの、もう!」

 わたしはとっさに否定したけれど、正確には違わない。その前日彼に出会い、知らないうちに惹かれ始めていたのは事実だったから。

「わたしが今気になってるのは、まったく別のことよ。パパのこと」

「お父さん? なんでまた」

 ため息混じりに答えたわたしに、里歩が釣り目がちな目を丸くした。まさかその話の流れで、父の名前が出るとは思っていなかったようだ。 

 ちょうどホームに滑り込んできた電車に乗り込んでから、身長が百六十センチに少し足りないわたしは自動ドア横のバーにつかまりながら、前日の出来事を里歩に話した。

「――えっ!? お父さん、倒れたの!? そりゃ大変だね……」

 身長が百六十七センチもある長身の里歩は、余裕で吊り革につかまって声をひそめた。同時に眉もひそめていた。
 ちなみに、後から知ったことだけれど、貢の身長は百七十八センチだそうである。……それはさておき。

「うん、そうなの。だからわたしも、パパのことが心配で……。今日、ママが病院へ連れて行くって言ってたけど」