「次に絢乃さんをお乗せする機会があった時は、こんなに窮屈な思いはさせないで済むと思いますから」

「…………あ、ありがとう」

 ――〝次の機会〟があるなんて、この時のわたしには想像もつかなかった。
 でも、「また彼に会える」と思うと胸躍る自分がいたのも事実で、やっぱりわたしは、この夜すでに彼に恋をしていたのだと思う。

「――ねえ、桐島さん。貴方のこと、教えてくれない? ご家族のこととか、今住んでるところとか」

 外の景色を眺めるのにも飽きてきて、時間を持て余してしまったわたしは、彼自身のことを聞きたくなった。
 運転席に体ごと向き、彼に問いかけた。

「……はあ。えっと、家族は両親と僕と、四歳上の兄の四人です。住んでるのは渋谷(しぶや)区の代々木(よよぎ)で、僕は入社してからは実家の近くのアパートでひとり暮らしをしてます」

「へえ、代々木に住んでるの。じゃあ、お父さまのご職業は?」

「父は、大手メガバンクで支店長を務めてます。母は専業主婦ですけど、結婚前は保育士だったそうです。兄は……フリーターで、アルバイトを三ヶ所くらい掛け持ちして働いてます。調理師免許を持ってて、将来は自分の店を出したいって言ってます」

 彼はお兄さまの話をする時だけ、何だか歯にものが挟まったような言い方をしていた。わたしはご本人にお会いするまで、兄弟の仲があまりよくないのかと思っていたほどだ。のちにそれは、わたしの誤解だったと分かるのだけれど。

「お父さまは銀行の支店長さんなのね? きっと、勤勉で誠実な方なんでしょうね」

「……はい。確かに、父は勤続三十年以上のベテランで、人望にも厚いですけど。どうしてお分かりになったんですか?」

「だって、支店長を任されるくらいの方だもの。それだけの信用がなくっちゃ。今日会ったばかりだけど、貴方を見てたらお父さまのお人柄も分かるわ」

 彼が誠実で真面目な人だということは、わたしもあの数時間ですでに分かっていた。お父さまが銀行員だと聞いて、彼の人柄はもしかしたらお父さま譲りなのかも、と思ったりした。

「そうですかねぇ……。ありがとうございます」

 彼は少し照れたらしく、少しぶっきらぼうにわたしにお礼を言った。

「桐島さんは、お父さまと同じように銀行に就職しようとは思わなかったの? もちろん、篠沢に入社してくれたことは嬉しいけど」