「これでよしっよ。マリアンナが解毒ポーションをたくさん荷物に入れてくれていたから、助かった」

 空間収納袋の中には、解毒ポーションや傷を癒す回復ポーションなんかがたくさん入っている。
 全部マリアンナが用意してくれたものだ。
 中には超貴重なエリクサーが九十九本もあって、これだけでお城が建つような金額だぞ。
 入れすぎ!

「カオス・リザードを倒す手助けをして貰っただけでなく、貴重なポーションまで……」
「あ、いや大丈夫です。ポーションの生成方法も道具もあるので、薬草さえあれば作れますから」
「れ、錬金の知識もおありか!?」
「まぁ、本職には劣りますが」

 器用貧乏っていうのかな。
 魔術師養成施設の学び舎でたくさんの本を読んで、知識だけはたくさん見についた。
 魔法も一通りのものが使えるが、使えるイコール使い物になるではない。
 ポーションの製造にしても、本職に比べると効能は低い。
 マリアンナが用意してくれた解毒ポーションは、一本で完全に毒素を抜くことが出来たが、俺が作ったポーションではこうはいかないだろう。
 たぶん食後毎にポーションを飲んで貰って、完治するのに二、三日掛ると思う。

「そういえば、お互い自己紹介がまだでしたね。俺はラルトエン・ウィーバス。元は支援特化のバッファーだったのですが……」
「わたしは里長のグンザ。反転の呪いだとか言っていましたな?」

 長か。それにしては若い気がする。
 蜥蜴人の容姿は、完全に蜥蜴のソレとそっくり同じで、正直見分けはほとんどつかない。
 着飾っている装飾品なんかで区別するしかないのだけど、蜥蜴人の男性には頭髪がある。その頭髪や鱗の色合いで年齢はある程度想像できた。
 このグンザという人は頭髪も鱗の色も鮮やかで、たぶん四〇代半ばもいかないだろう。

 里長のグンザさんにかいつまんで呪いを受けた経緯を話す。
 呪った相手が呪術師デロリアだというのは伏せた。そこを話すと今度は、何故一介のバッファー程度が魔王四天王に呪われたのかという話になり、それを説明するなら俺が勇者パーティーの一員だったことを言わなければならなくなる。
 さすがにちょっと面倒だし、勇者パーティーの一員であっても俺自身にはなんの力もない。
 ただみんなを支援していただけだから。

「そうか。それは災難でしたな。しかしおかげで我らは助かった。例を言うラルトエン殿」
「ラルで結構です。仲間からもそう呼ばれていましたので」
「ではラル。貴殿のような人間が、何故この地に? どうやらこの地に住もうとしているようだが」

 グンザさんは周りに置かれた木材を見て判断したようだ。
 蜥蜴人も近くに集落があるのだろうし、この草原の所有権とか大丈夫だろうか?
 王国が権利を主張してはいるが、正直、それは人間側の勝手な主張でもある。
 そもそも人間が誰も住んでいないのに、所有権は王国にあるというのも無理があるんだよね。

 俺の心配を察したのか、グンザさんは苦笑いを浮かべ首を振った。

「いやいや、ご心配なされるな。我らはこの草原には住んでいない。ここはフォーセリトン王国が所有する土地であることは知っている」
「そ、そうですか」
「そもそも我らは湿地帯を好む種族ゆえ、草原に住もうとは思わないのでな」

 そうだった。
 彼らは湿地帯か、湿度の高い場所に好んで暮らしている。
 寒さには弱く、高原などに居を構えることもない。

「我らが知る限り、この草原で暮らす人間はいないはず」
「蜥蜴人の里はどこに?」
「あの森を挟んだ反対側にある。あの山と森とに挟まれた位置だ」
「あっ! で、ではわざわざ里から遠い場所に連れて来てしまいましたか?」

 グンザさんは首を振って「大丈夫だ」という。

 元々、森を通って移動すればモンスターに襲われやすいため、出来るだけ森を迂回する形であの場所までやって来たそうだ。
 カオス・リザードンを討伐出来た後も、最短距離で森を脱出し、休んでからぐるりと森を迂回して里に戻ることになっていたとか。

「森を迂回すれば丸一日以上かかるが、安全面を考えればそれが一番なのでね」
「そうですか。安心しました。そうそう、俺がこの草原に来た理由ですね。それも呪いに関係するんです」

 バッファーとしての癖で、つい誰かをバフってしまう。
 荷物を運ぼうとしている人を見かけたら、バトル・ボディを。急いでいる人がいたらスピード・アップを。

「でも今だと、それが全部デバフになってしまうんです。それで……誰かをバフる必要のない環境に身を置こうとおもって」
「それでこの草原か……しかし魔術師ひとりで暮らすには、ここはあまりにも危険な土地だが」
「あぁ、それは……一応ひとりではなく、従魔がいますので。今は俺の影の中で眠っていますが」

 まぁクイは強力なモンスターではないので、頼りになるかと言われれば微妙だ。
 だけど俺のデバフもなかなかに役に立つ。
 味方を強化できないなら、敵を弱体化させることでなんとかなっている。

「ほぉ。召喚術もお使いに?」
「魔法は死霊術以外はとりあえず。神聖魔法も使えるのですが、効果が反転するので恐ろしくて今は使えません」
「人を癒す魔法ですからなぁ。しかしひとりでは何かと大変だろう? 従魔がいるとのことだが、人型でもない限り建築作業には向かぬだろうし」
「ごもっとも。まぁのんびりやりますよ」

 そう答えると、グンザさんは少し考えてから立ち上がった。
 どこへ行くのかと思えば、怪我人の手当てに当たっていた豹人の少女の所へ。
 すると今度は少女が川の方へと駆けて行った。

 戻って来たグンザさんは、

「あの娘は十年前に、里の近くを流れる川で見つかった豹人の娘でね。名をティティスという」
「川で?」
「三十年ほど前に、あの山に氷の女王カペラがやって来たのだ」

 冷気を操る魔王軍の四天王のひとりだ。もちろん、今はもういない。
 カペラが森の後ろにそびえたつ山脈にやって来てから、山は雪に覆われるようになったという。

「元々標高の高い場所は気温が低かったのだろうが、カペラが来てからはその比ではなく。動植物も育たない死の大地になった」
「もしかして豹人はあの山に?」
「その通り。恐らく食べ物を探して、あちこち歩きまわったのでしょうな。そして──」

 崖から落ちたのか、川には彼女以外にも数人の豹人が流れ着いていた。
 が──

「息をしていたのは、あの娘だけ」
「そう……なのですか」
「恐らく山の上には仲間がいるでしょうが、なんせ連れて行こうにも我らは低温に弱い種族。故に、向こうから娘を迎えに来てくれるのを願ったのだが……」
「食べ物を探して彷徨っていたのなら……豹人の里も厳しい状況なのでしょうね」

 グンザさんは無言で頷く。
 ちょうどその時、ひとりの蜥蜴人がやってきた。

「長よ、呼んだか?」
「来たか、アーゼ。こちらはラルトエン殿だ。ラル、彼はアーゼ。里でも一番の戦士だ」

 そう紹介されたアーゼという蜥蜴人は、頬の鱗を薄っすら赤く染めて頭を掻いた。
 確か真っ先にカオス・リザードに突撃したのが彼じゃないかな?

 彼は無傷で、今は魚を捕りに川へと行っていたようだ。その手には紐で括った大きな魚が四匹、握られていた。

「アーゼ。我らが恩人の力になってくれぬか?」
「もちろんさ! で、何をすればいい?」
「え? あの、グンザさん?」
「せめて住居造りの手伝いぐらいはさせてはくれぬか?」

 そ、それは凄く有難いと思う。思うけれど、家造りの手伝いに来てくれた人に、間違ってバフったりしたら大変だ。
 俺のそんな考えは筒抜けだったのか、グンザさんが「大丈夫だ」といって笑う。

「ラル殿のバフ魔法がデバフになっただけだろう? デバフでは人は死なんよ」
「そ、そうかもしれませんが……いやでも、カオス・リザードを見たでしょう? フルメタル・ボディを間違えて掛けた場合、小石が当たっただけで悶絶するほど痛いんですから」

 俺のその言葉に、蜥蜴人二人が顔を見合わせる。
 たしかに──と頷き合いながら、「気を付けよう」とアーゼが言う。
 いや気を付けようとか、そんなんじゃなくって。

「ラル殿。要はデバフを受けたら、大人しくじっとしていればいいのだろう?」
「し、しかし。あなたがじっとしていても、ほら、モンスターのほうから襲ってくるかもしれないのだし」
「その時はボクが父さん守る!」

 そう言って割って入って来たのは、豹人の少女ティティスだった。