「"あらゆる属性への抵抗を高める力となれ──レジスト・エレメントアップ"」

 属性の乗った攻撃に対する抵抗力を高めるバフ魔法だ。
 これなら俺のゴミクズのような攻撃魔法だって、少しは効果があるんじゃないか?

「"全てを燃やし尽くす、煉獄の炎よ! 赫き刃となりて、我が敵を浄化せん!! ヴェルファイア"」

 唱えた呪文に、蜥蜴人たちから歓声が上がる。

 その効果は、赫く燃え盛る十二本の炎の槍を召喚して敵を串刺しにするという、炎属性でも最高クラスの火力を有する攻撃魔法。
 本来は人の身長の二倍もある大きな槍を召喚する魔法なんだけど、俺の場合はスプーンかフォークかっていう、短い、そして炎ではなく水を召喚する程度。
 数だって六本しかでない。

 そんなしょぼしょぼな水の棒がカオス・リザードの頭上に現れると、周囲からは落胆の声が上がった。

「そんなもんで奴が倒せるか!?」
「ダ、ダメだ! 全然期待できねぇーっ」

 再び焦る蜥蜴人の前で、俺の水のフォークがカオス・リザードに降り注いだ。

「ンゲエエェェェーッ!?」

 悲鳴は普通、痛みにのたうちまわるのは超スロー。

 結構いけてる?

 そう思ったのは俺だけではないはず。
 悲鳴を上げるカオス・リザードを見て、蜥蜴人たちが再び唖然と俺を見つめた。

「なんで? お前、使った魔法は支援魔法だろ?」
「魔法に疎い俺たちにも、呪文の内容でだいたい分かる。何故火属性魔法を唱えて、水が出てくるんだ?」

 その問いに俺は杖を構えて答える。

「俺は元支援職《バッファー》だ。だけど魔法の効果が反転する呪いを掛けられ、今は妨害職《デバッファー》になった!!」

 ──と。

「デ、デバッファー?」
「バフ魔法が、デバフに反転するというのか?」

 蜥蜴人の問いに俺は頷いた。

「元々攻撃魔法の才能はさっき披露した通り。奴を倒すにはあなた方の力も必要だ。今なら奴の鱗は紙同然!」

 ちょっと誇張し過ぎかもしれないが、槍で突けば簡単に貫通させられるはず。
 蜥蜴人の男たちには勇敢な戦士が多い。腕力も人間の平均よりは上だ。
 やれる!

「俺は戦う。もうこれ以上家族を失うのは嫌だ!」

 そう言って、ひとりの蜥蜴人が槍を構えて突進した。

「ギャオオォォォォォォォォンッ」

 カオス・リザードが倒れるのに、そう時間は掛からなかった。
 ひとりの蜥蜴人が突撃し、その槍がいとも簡単にカオス・リザードの鱗を貫通すると、他の蜥蜴人も雄叫びを上げて突っ込んで行った。
 みな口々に仇だなんだと叫びながら。

 カオス・リザードはBランクモンスターで、知能もある。
 蜥蜴人数十人で挑んでも、倒すのは困難だろう。

 もしかすると、蜥蜴人の集落を襲ったのかもしれない。
 甚大な被害が出ただろう、きっと。

 憎悪の槍が奴の心臓を貫いたのは、最初にカオス・リザードに突っ込んで行った蜥蜴人だった。
 彼の槍が心臓を捉えたのは、ほんの四、五突き目。
 動かなくなったカオス・リザードに対し、彼ら蜥蜴人は攻撃の手を緩めなかった。
 それだけの恨みがあったのだろう。

 やがてひとりの蜥蜴人が「勝ったぞ!」と声を上げると、蜥蜴人はようやくその手を止めた。





 歓声が上がったのは一瞬だけ。
 その後はただ静かに肩を震わせ、傷ついた仲間の手当てを始めた。
 
 勝ち鬨の声を上げた蜥蜴人がこちらへとやって来る。

「人間、助かった。感謝する」
「いえ。しかしよくカオス・リザードなんかと……」

 戦おうなんて、無謀なことをとは言えず言葉を濁す。
 相手もそれを察してか、しかし首を横に振った。

「好んで奴と事を構えた訳ではない。奴がこの森に住み着いたのは五〇年ほど前の事──」

 まずカオス・リザードは蜥蜴人の集落を襲った。
 三〇〇人ほどいた村人のうち、三〇人ほどが殺された。

「その時、奴はこう言ったのだ。毎年ひとり、年頃の生娘を生贄として差し出せ。約束が守られた年は、それ以上集落の者を喰わないと」
「……知能の高いモンスターは、ときおりそうやって生贄を要求することもあると聞きます。そうだったのですか……」

 全滅するか、毎年ひとりの犠牲を出して生き延びるか。
 その選択では、必ず後者が選ばれる。
 誰も責められないさ。

「しかし、生贄を出せなかった年も何度かあり、今では我らの集落の人口は百人近くにまで減ったのだ」
「それでカオス・リザードを討つ選択をしたと?」

 彼は頷く。
 このままでは二、三〇年後には集落は壊滅する。なら万に一つの可能性に賭けたのだと。

「しかし、人間が来てくれて助かった。本当にどう感謝してよいやら」
「いえ、それはもう……。それより、カオス・リザードの血の臭いを嗅ぎつけて他のモンスターが寄って来るでしょう。ひとまず森を出た方がよくありませんか?」
「む。それもそうだ」
「森を南に抜けた先に、俺の仮拠点があります。水場も近いので、ひとまずそこに」
「すまない、感謝する」

 彼らを案内しようとした時、豹人の少女が短剣を構えて走って来た。

「があぁぁっ!」

「ティー、何をっ!!」

 蜥蜴人の声が響く。
 俺はその声を気にすることなく、跳躍し、頭上を飛び越える少女を見つめた。

 振り向きざまに「"その肉体を強化し、鋼のごとき強さとなれ! フルメタル・ボディ"」と呪文を唱える。
 俺の背後に忍び寄ろうとしていたモンスター(・・・・・)に向かって。

「がぁぁっ!」
「ギョエエェェーッ」

 豹人は瞬発力、反射神経、脚力に優れている。見た目に反して力もある。
 
 熊にも似た姿のクロウベアは、少女のパンチをモロに喰らって10メートルほど吹っ飛んで大木に激突。
 更に止めを刺すべく、少女が太い枝を拾って突進していった。
 その枝をクロウベアの眉間に突き刺し、あっさり倒してしまった。

 クロウベアはCランクモンスターで、決して弱くはない。
 獣人の少女がひとりで挑んで、普通なら勝てる相手じゃないはず。

 いくら俺の反転バフが掛ったとはいえ、躊躇なく向かっていくとは。
 いや、バフる前からあの子は……。

「ありがとうな。俺を助けようとしてくれたんだろ?」

 自分で倒したクロウベアを見下ろす少女の下まで行き、彼女に声を掛ける。
 くるりと振り返った少女は、どこかキョトンとしているようだった。

「もしかして、自分で倒しておいて信じられないって……そんな感じか?」

 笑いながらそう尋ねると、少女はビクりと体を震わせ、それから慌てて駆けだした。
 どこに行くのかと思えば、蜥蜴人のひとりの背中に隠れてしまった。

「な、なんだティー。クロウベアのにおいに気づいて、あの方を守ろうとしたんだな」
「……に、人間、弱い。みんなそう言ってる。だ、だからボク、守ってあげた」
「なな、なにを言っているんだティー。べ、別に人間は──」

 蜥蜴人の慌てっぷりからすると、里では人間は弱い生き物だって子供たちに教えているんだろうな。
 まぁよくある話だ。
 異種族より自分たちの方が優れた生き物だって、そう子供たちに教えるなんて。
 人間だって同じだ。
 獣人族の知能は低く、文明レベルも人間のそれより劣ると。
 身体能力は人間より何倍も優れているけれど、そのことは教えたりはしない。

「気にしないでください。俺は実際に弱いですよ。後方支援ばかりで、自分でモンスターを倒すなんてことしたことなかったですし。さ、他の奴らが集まってくる前に」

 落ち着いて怪我人の手当てを出来る場所に行かなきゃな。
 蜥蜴人たちは頷き、怪我人を担いで歩き出した。