昨日は結局、図面を見ながら紐で地面に線を引いて、持って来た木材を全部出して種類ごとに分けたり。そんな作業で終わってしまった。

「けど今日はまず、森に行かなきゃならない」
「なんで?」
「薪が残り少なくなった!」
「ヨシ! オレに任せろ!!」

 任せたいのはやまやまだけど、そこに生えてる数本の木を切り倒すのはナシね。
 
 やる気満々なクイを抱っこし、肩に乗せてから森を目指した。
 
 途中で草原ウルフを発見。
 まだ気づかれていないようだ。

「こ、ここは俺がやる」
「え? ラル兄ぃ、よわよわやんけ?」

 そうだよ。俺はよわよわさ。だって机に噛り付いて魔法の勉強ばっかりしていたんだから、仕方ないじゃないか。
 でもアレスたちとの旅で、体力だけはついた。
 ひたすら歩いていたからね。

 けど──

「俺はバフの腕なら誰にも負けない自信がある!」
「でもバフじゃなくなってるやーん」
「そうだよ。だから……俺のデバフは誰にも負けないってことなんだよ! "その肉体を強化し、鋼のごとき強さとなれ! フルメタル・ボディ"」

 更にスピード・アップもバフる。
 当然、バフった瞬間に気づかれたが、走る速度はのろ~い。
 驚いた草原ウルフが「キャイン」と吠える。
 その間に俺は杖を構えて駆けた。

 草原ウルフが接近する俺に気づいて顔を上げるが、その視線が合うよりも前に──

「そりゃ!」

 俺は杖を、ウルフの脳天に叩き込んだ。

 地面にべしゃっと倒れ込んだ草原ウルフはピクリともしない。

「や、やれた?」
「ラル兄ぃ! すっげーや!!」
「ふぅ、ふぅ……バフのおかげだな」
「デバフや!」

 非力な俺でも一撃でモンスターを倒せるは嬉しい。
 とはいえ、この草原ウルフもGランクと低い。下級モンスターでは中堅といったところだけど、冒険者の間では雑魚扱いにされている。
 森にはCランクやBランクのモンスターだっているんだし、流石にその辺りになると太刀打ちできないだろうな。

「森と言っても奥まではいかないぞ。薪になる枝なら、手前の方でも十分拾えるだろうし」
「どのくらい拾うんだ?」
「んー……いっぱい」

 森まで片道一時間。
 毎日枝拾いで往復していたら、家を建てる時間がなくなってしまう。
 空間収納があるんだ、いくらでも入れられる。

 森までやって来た俺たちは、その入口からさっそく枝拾いを開始。
 誰も拾わないからそこかしこに木の枝が落ちている。
 うん、大漁大漁っと。

 ある程度集めたら縄で縛って収納袋へ。
 何度も何度も繰り返し、お昼にはいったん明るい森の外へと出た。

「五〇束できたか」
「終わり?」
「いや、どうせならもう五〇束作ろう。一日三回、火を使うからな。夜は特に火を絶やさないようにしなきゃならないし」

 食事の支度で一束は確実に消費する。夜だと二束は使い切ってしまうだろうか。
 夜はモンスターが活発になる時間だ。特に火を怖がるわけでもないが、それでもランクの低いモンスターは寄り付かなくなる。
 それに、真っ暗だと俺が何も見えないからな。

 クイは二、三日に一度しか眠らない。それも日中に俺の影の中で眠る。

「クイ、そろそろ眠くなるんじゃないのか?」
「ん? んー……んー……そういえば?」

 眠いことを忘れるなんてな。
 それだけ夢中になっていたんだろう。

 朝食の残りをお弁当に持ってきているので、それを食べたらクイは俺の影の中へ。
 午後からはひとりで枝拾いだ。
 クイがいない分、周りを警戒する目も減る。
 十分に気を付けなきゃな。





 枝の束も間もなく追加の五〇が出来上がる──そんな時だ。

「来たぞ!!」

 そんな声が森の奥から聞こえた。

 来たぞって、もしかして俺たちの事?
 緊迫感漂うその声は、まるで敵が来たぞという感じに聞こえる。

 突然攻撃されるかもしれない。
 警戒して周囲を見渡すけれど、近くに何者の気配もないな。

 ということは、誰かが敵と──たぶんモンスターだろうな。それと戦っているか、追いかけられているのか。
 前者にしろ後者にしろ、放ってはおけない。

 声のした方角に向かって走ると、すぐに状況は把握できた。

 獣人の一種、蜥蜴人が中型のドラゴン亜種、カオス・リザードと交戦中だ。しかも負傷した仲間を抱えての戦闘で、どうやら撤退中らしい。

「がぁぁぁっ!」
「ティー! 前に出過ぎるなっ」

 ん? ひとりだけ蜥蜴人じゃない獣人の少女が混じっているぞ。
 あれは……高原に住む豹人か?
 山を下りてくるなんて珍しい。
 しかも蜥蜴人と共闘しているとは。

「呑気に見ている状況じゃないな。助太刀しますっ」

 そう叫んでから戦場へと駆けた。
 まずは彼らにバフを──

「っと、ダメだダメだ。ついクセで支援しようとしてしまう。支援するべきは──」

 あのカオス・リザードだ。
 
 亜種とはいえドラゴン。その皮膚は硬い鱗に覆われ、中型ではあるが比較的細身で動きも素早い。その爪には毒があり、かすっただけでも猛毒に侵される。
 負傷している蜥蜴人は早急に解毒剤を飲ませるか、解毒魔法を掛けなければならないだろう。
 しかし獣人族は総じて魔法が不得意で、魔術師はほぼいない。
 解毒魔法は使えるが、反転の呪いの影響で毒を付与することになるだろうなぁ。

 ってことは薬草による治療だけれども、戦闘中にそれは無理だ。
 早く終わらせよう。

「"韋駄天のごとき速さとなれ──スピードアップ"、"その肉体を強化し、鋼のごとき強さとなれ! フルメタル・ボディ"、"肉体は武器となり、敵を打ち倒す戦神の加護を与えん。バトル・ボディ"!」

 行動による速度を上昇させる魔法と、肉体の持つ防御力を上昇させる魔法、そして物理的な攻撃力を上昇させる支援魔法をカオス・リザードに向かって唱える。
 モンスター相手にバフるときは、若干魔力の流れを変更しなきゃならない。
 それはクイ相手によく使っていたので慣れている。
 魔力の流れを変更しなきゃいけない分、間違ってそれを人相手に使わないので多少安心だ。
 ま、クイに間違って反転バフを使う可能性もあるんだけど、今はここにはいない。

「お、おい! 人間のお前っ。い、今のはバフ魔法だろうっ」
「なぜカオス・リザードを強化する!?」

 蜥蜴人の敵意が俺に向けられる。
 ごもっともだ。
 だけどカオス・リザードをよく見て欲しい。

 俺は試しに地面に落ちていた石を拾い、そして投げた。

「ギャアオオオォォォォッ!!」

 赤ん坊の握り拳ほどの石が当たった程度で、カオス・リザードは絶叫を上げた。