「ただいま戻りました! 留守中、何もなかったですか?」

 キャンプ地に転移のリングで戻ってきた俺は、直ぐに完成したばかりの家の戸を叩いた。

「やぁ、おかえりラル。こっちは平和なものだ。それよりアーゼさんから聞いた。そっちは随分大変だったよう──ん?」

 出迎えてくれたオグマさんが、さっそく見慣れない人物を見つけて首を傾げる。
 ダンダさんだ。
 ドワーフなので背丈は低いが、横がはみ出ているのでするに分かる。

「ドワーフ族のダンダさんです。マリンローの住民だったんですが、今日からその……」
「ダンダじゃ。新しくお仲間に加えて貰うことになった。大工仕事なら任せてもらおう」

 と言ってダンダさんはニカっと笑う。
 そう。ダンダさんはドワーフで、ドワーフの男というのはたいていが職人なのだ。

 戦士兼職人。それがドワーフという種族の特徴だ。
 そしてダンダさんが得意なのは、木を使った物造り。大工としてもそうだし、木工細工も得意だと話す。

 大工──今の俺たちにとって、これほど有難い存在はいない。
 特に家族がいるという訳でもなく、十年前からマリンローで暮らすようになったという。

 住人が増えたから家造りで大変そうにしている──とレイから話を聞き、それならばと移住を決めたんだとか。
 
「元々わしは流れもんのドワーフじゃった。十年前に港町へやって来て、酒が上手いもんだからそのまま居ついてな。だがそろそろ別の所へ行こうかと思っておったところなんじゃよ」
「どこか目的の場所でも?」
「いや、ない。そもそもわしは、東の大陸から渡って来たばかりだったのでな」

 到着した港町の酒が気に入り、せっかくやって来たのにどこにも行かず十年間過ごしたそうな。

「十年もいて、ほとんどどこにも行ってないってことですね」
「そうとも言う。しかし、この人数でまだ家が一軒だけとはな」
「はは。これだってやっと完成したんですよ。素人ばかりで頑張ったんですから」

 住民の数が少ないとはいえ、全員が入れば座る場所にも困る広さの家が一軒だ。
 まずは留守をしていたシーさん、ラナさんに挨拶をした後、外に出てテントの中で寛いだ。
 テントとはいえ、何カ月も過ごしている場所だ。帰って来たなという安心感はある。

 ダンダさんがさっそく建築の話をするので、王都で描いて貰った設計図を見せた。

「ふむふむ。素人でも作りやすい親切な設計図だの」
「一軒目もそうやって、なんとか建てました。でも二軒目は部屋数があるので、なかなか難しそうではあるんですよね」
「何を言っておる。こんなもん、ドワーフの子供でも造れるわ」

 ドワーフと人間を同じ基準にしないで頂きたい。

「で?この家には誰が住むんじゃ?」
「あ、それはオグマさん一家が。もうすぐ赤ちゃんも生まれますし」
「ほぉ。赤ん坊か。ん? さっきの家に住んでおった魔族か?」
「えぇ、そうです。リキュリアのお兄さんなんですよ、オグマさんは」

 このキャンプ地に住むのは、あとは俺──とティーもそうなるだろう。
 アーゼさんご夫妻は、家の建設が終われば蜥蜴人の集落に戻るという事も話した。

 つまり必要になる家は……

「一家が住める家一軒と、お主、ティーが暮らす家じゃの」
「俺は今オグマさんたちが暮らしている家を使うので、ティーと、あぁダンダさんが住む家が必要ですね。結局二軒か」
「え? ボ、ボクはラルと一緒に暮らすよっ」
「は? いや何言ってるんだ。あの家に二人で住むなんて、ダメに決まっているだろう」

 ティーの言葉で思い出した。
 ──「何かあっても、その時はティーを嫁に出すだけさ」
 というアーゼさんの言葉を。

 もしかして──そう思って彼を見た。

「ラル殿。いつでもティーを嫁に出す準備は出来ている」

 そう言ってアーゼさんは親指を立てた。隣でシーさんもにこにこ顔だ。ティーまで親指を立てているし。
 この親子は……いったい何を考えているんだまったく。

「ちょ、ちょっと待ってよ! と、年頃の女の子が、若い男の人と二人っきりなんてダメでしょ!」
「そうだ。リキュリアの言う通り。もっと言ってやってくれよリキュリア」
「えぇ、言わせて貰うわ! あたしもラルと一緒の家に住むわ!!」
「そうだ! リキュリアも一緒に……え?」
「あ、ありがとうラル!」

 どっとリキュリアに抱き着かれ、そのまま後ろに倒れ込んだ俺。

 いったい、どういうこと?

「ふむふむ。ではこっちの家はオグマ夫妻と産まれてくる子供用か。まぁ将来のことを考えて、二人目三人目が出来てもいいように、間取りはこのままの方がよかろう。少し手を加えるがの。では今夫妻が使っている小屋はわしの家にさせてもらおうか。おぬしら用に新しく一軒、図面を引くとしようか。三人じゃから、部屋は三つとリビングでいいかの」
「いやダンダさん! 普通に納得して話進めないでくださいよっ」
「ラルとボクとリキュの三人で暮らす家! ボクもお手伝いするよっ」
「あたしももちろん、お手伝いするわよ」

 そうじゃない!
 な、なんで君たち二人と一緒に暮らすことになっているんだ?
 え?
 俺にはさっぱりわからないよ。なにがなにしてどうしてこうなった?

 パニックを起こしている俺の隣で影がもぞもぞと動く。
 そしてアリクイの威嚇ポーズで飛び出してきたのは、ドヤ顔のクイ。

「ちょーっと待ったぁぁぁーっ!」
「クイ!?」

 え、まさかクイが俺の味方をしてくれるのか?

「聞き捨てならん! なんでや! なんでオレの部屋がないんや!! オレ、ラル兄ぃ、ティー、リkィユの四人やろ!!」

 ばーんっという音が聞こえてきそうな、見事なポージングのクイ。

 一瞬でも……一瞬でもこいつに期待した俺が馬鹿だった。