「お待たせしました。それでは行きましょうか」

 マリンローに戻って来た俺は、船着き場で準備万端な魚人族に声を掛けた。

「ラル様、どうなりました──ん? そちらのお二人は?」

 町長が俺の声に振り返り、そして後ろに立つ二人に視線を向ける。
 ひとりは筋骨隆々の男で、名前はレイ。今はフォーセリトン王国騎士団が身に着ける鎧ではなく、胸部を覆うだけのブレストアーマーを装備している。
 一見すれば冒険者か傭兵かと思う格好だ。
 もうひとりはマントを羽織った女性で、名前はリリアン。こちらはいつもの装備だ。

 俺は転移魔法を使うとどうなるのか分からないので、危ないからとリリアンがマリンローまで送ってくれた。
 彼女は以前、ここに来たことがあるそうな。

 で、陛下がレイと共にこっそり協力して、マリンローに恩を売ってこい──と命じたのだ。
 そのことを包み隠さず町長に話すと、ちょっと呆気に取られていた。

「そ、それは内密にしていたほうがよかったのでは? その、最後の『こっそり恩を売っておけ』というのは」
「あー、いいんだいいんだ。うちの王様はそういうの気にしないお人だから」

 と、レイが豪快に笑って答えた。
 町長も魚人族の皆さんも目を丸くしている。
 でもレイの言葉のまんまな王様なんで、俺も笑ってみせた。

 それから海に目を向け、そこで待つ存在に声を掛けた。

「お待たせしました。こちらの都合は終わりましたので、約束通りリデンへと向かいましょう」

 その言葉に応えるかのように海面が盛り上がり、純白の海馬、スレイプニールが現れた。

「まぁ、なんて綺麗な海馬かしら……」
「だろ?」

 リリアンがうっとりするように海馬を見上げ、それから優雅に挨拶を交わす。

「はじめまして、スレイプニール。この度、あなたさまの子を救助するために助力させていただきますリリアンと申します」
『そなたも勇者のひとりであるな。よき魔力を持っている』
「お褒めあずかり、恐縮いたします。あとあっちでムキムキしているのは、聖騎士レイでございます。わたくしと彼とで、必ずやお子をお救いいたしますのでご安心ください」
『……間に合えば……』

 間に合うかどうか──生き胆を喰らって寿命を延ばそうと考えている奴なら、もう既に……。

 というのは考えにくいだろう。
 何故なら。

「恐らく大丈夫ですわ。スレイプニールの生き胆を喰らって寿命を……という噂には、ちゃんと食すまでの工程も解説付きですので」
『解説?』
「はい。あなたの体内には、多くの毒素が含まれておりますね?」

 リリアンの言葉にスレイプニールが頷き、海の毒を集めて浄化するのが我が役目だと答えてくれた。

 そう。スレイプニールは毒の塊でもある。
 その毒素が全部抜けきらないと、その血に触れただけで人の肌なんてただれてしまう。
 毒を抜く方法は一つ。
 長時間、真水に浸けておくこと。もちろん生きたままだ。

「一日二日では不可能でしょう。体の大きさにもよるでしょうが、最低でも三カ月ほどは必要と書かれていましたし」
『そうか……。子が攫われて三日。無事であるか娘よ』
「無事でなければラルと一緒に、あなたさまの胃袋にお邪魔しますわ」

 そう言ってリリアンは微笑んだ。





「リキュリアさんだったわね? あなた魔族なのに、魔力が結構あるみたい」

 船上でリリアンが興味を示したのはリキュリアだ。

「そ、そうよ。あたしはその……母が人間だったから」
「へぇ。混血だと魔王の呪いの効果が薄れるのね。ねぇ、よかったら魔法を学んでみない?」
「え!? あ、あたしが魔法!?」
「んふふ。そのぐらいの魔力があれば、今回の作戦で役に立つ魔法ひとつぐらい覚えられるかもね」

 なんて女子トークが始まった。
 リリアンも無茶言うなぁ。いくらリキュリアに魔力があるからって、数時間で魔法を覚えるなんて無理だろう。

 ──と、

「思っていた時期が俺にもありました。え? え? 魔法を習得できた!?」
「ふっふっふ。人を見る目はちゃーんっとあるのよ」
「あ、あたし……魔法を使えた!」

 とリキュリアが声を発した瞬間、彼女の姿が目の前に現れた。

「わっ。ちかっ」
「キャッ!? ご、ごご、ごめんなさいラル」

 リリアンが彼女に教えたのは、姿隠しの魔法。
 ちょっと特殊な魔法で、魔術師なら誰でも使えると言う訳ではない。
 俺も一応使えるが、三秒ぐらいしかもたないし。

「あなたはたぶん、一般的な攻撃魔法とか補助魔法とかは苦手な魔力の質なのよ。でもこういった隠密系の魔法は得意だろうなぁって感じた訳」
「はぁ……」
「そして私の読みは当たったってことね! んふふふふふふふ」

 確かに今回の作戦に役立ちそうだ。

 魚人族とリリアン、それとレイは領主の館に一目散に向かって貰う。
 スレイプニールが町の近くに現れれば、恐らく真っ先に逃げ出すのが領主だろう。
 その間にアーゼさんとリキュリア、ティー、ダンダさんの四人がスレイプニールの子供の確保に向かうという作戦だ。

『ラルよ。そろそろだ』
「分かりました。じゃあ行こうか」
「「了解」」

 元気に答える者もいれば、項垂れる者もいた。

「うえぇー……お前らはいいよなぁ。溺れる心配もなくて」
「同感だ。溺れる気しかせんわい」

 レイとダンダさんだ。
 ちゃっかりクイは俺の影の中に潜っている。

「ご心配には及びませんぞ、勇者殿のダンダさん。我らがしっかりとお支えいたしますので」
「頼むぜぇ~、ほんとぉ」

 いつもは強気なレイも、今回ばかりは勝手が違うようだ。ダンダさんも落ち着かない様子で海を見つめている。
 なんせ俺たちはこれから、海に飛び込むのだから。

 レイとダンダさん以外は甲板から海に向かって飛び込んだ。
 海に落ちてすぐ、大きな水泡に包まれる。その泡が縮まって体を覆う膜のようになった。
 レイは二人の魚人と一緒に飛び込んできて、鎧の重みでそのまま沈んでいく──が、魚人族が追加で二人やって来て彼を支えてくれた。
 すぐに俺たちと同じように水泡に包まれ、そして膜となる。するとようやく浮力がついたようだ。

『これでそなたらは水中でも呼吸が出来るだろう。会話も可能だ』
「ありがとうございます」
「本当に、本当に沈まないよなぁ?」
「そうならないように、我らが付いておりますから」
「本当だなぁ? 離さないでくれよ? 絶対だぞ?」
「やっぱり船で待ってていいかのぉ?」

 まったく。海の中じゃ頼りないなぁ。

 こうして俺たちは海の中を進むことになった。
 船のまま近づけば、直ぐに警戒されてしまうからだ。ヘタすると船で上陸する前に逃げられてしまうからね。

 スレイプニールには、姿が見えない海中で待っていてもらい、そして俺たちは上陸。
 空気の膜のおかげで服もいっさい濡れていない。
 魚人族にはリリアンがさっそく透明化の魔法で姿を見えなくしている。

 あとは何食わぬ顔で町を歩き、それぞれの持ち場へと向かった。

 俺は町の中央通りへ。
 残りは領主の館へと向かう。そこでまた二手に分かれて、領主を確保するチームとスレイプニールの子供を救出するチームとに分かれる。

 さぁて。それじゃあバフ祭りを行きますかね。