船着き場に到着すると、そこには信じたくなかった光景があった。
 停泊している船は二隻だけ。
 片方はおなじみの黒字に白い髑髏マークの海賊旗。そしてもう片方は──

「そんな……リデンの旗が……」

 ウーロウさんが愕然と肩を落とす。
 やっぱり……リデンが一枚絡んでいたようだ。

 だけど俺はある点にだけほっとしている。
 リデンはドリドラ国に所属する地方都市だけど、船に掲げられている旗はリデンのものであってドリドラ国のものではない。
 ってことは、国そのものは関わっていないのだろう。

「ま、地方都市だろうが国だろうが、隣人に危害を加えると言うのなら懲らしめておかないとな」
「ラルさん……」
「さ、ウーロウさん。行きますよ!」
「はい!」

 わざと大きな声を出して、船の中にいる海賊や兵士が出てくるように仕向けた。
 外にいた連中には感謝の気持ちを込めてバフ。
 弱体化したところにアーゼさんたちが次々と止めを刺して行く。

 船を制圧するのはそう難しくもなく、十分ほどで全員物言わぬ骸となった。

「デインズ! デインズか!?」

 船の中に隠れている奴らがいないか見て回っていると、ウーロウさんが大きな声を上げた。
 薄暗い船倉に、何人──いや何十人もの魚人族が鉄格子内に閉じ込められている!

「か、鍵……倒した海賊たちの中に、鍵を持っている者がいなかった?」
「いたとしてもわざわざ確認して止めをさしてはいなかったからな……探してくるか?」
「アーゼさん待って! ラル、あなた施錠魔法は使えないの?」
「施錠……あ!」

 鍵を掛ける魔法が施錠魔法だ。
 反転させれば、鍵を開ける魔法ってことか!

「"閉ざせ──キー・ロック"」

 唱えると、カチャリと音を立てて鉄格子の扉が開いた。

「動けますか?」
「あ、あぁ……あんたは?」
「俺はラルといいます。ウーロウさんの要請を受けて、皆さんを助けに来ました」
「人間……が?」

 きょとんとする魚人族の男性の前に、ウーロウさんが駆け寄る。

「この方はな、魔王を倒した勇者なんだぞ!!」
「「なんだって!?」」
「待って待って待って!! そこ誤解を生むから正しく伝えてくださいよっ」

 俺は勇者じゃなくって、勇者パーティーのバッファーなんだってば!





「ありがとうございます勇者様。わしはこの町の町長をしております、ポッチュラと申します」
「いえ、あの……勇者ではなくてですね」
「存じております。勇者パーティーの方なのでしょう? つまり勇者様のおひとりということではないですか」

 勇者パーティーの全員が、勇者だって認識のようだ。
 そういうことなら仕方ない。はぁ……。

 二隻の船の船倉には、それぞれ三〇人ほどの魚人族が捕らえられていた。中には他の種族も混じっていて、だけどもその全員が亜人──人間てはない種族の人たちだ。

「傷の手当、全員すみましたかね?」
「えぇ、おかげ様で。出血の多かった者は、港の宿舎に運んで休ませますので」
「そうしてください。回復魔法では増血効果はありませんので」

 傷を負っているのは抵抗した人たちだという。だから男性がほとんどだし、あとドワーフには重傷者も多かった。
 大地の妖精族であるドワーフは、力自慢の戦士が多い。
 頑固者で、そして義理人情にも厚かった。
 きっと、同じ町で暮らす住民が連れ去られるのを見て戦ったのだろう。

「さて、町の人がどこに連れ去られたかだな」
「それなら……わしが知っておる」

 魚人族に支えられ、やって来たのはひとりのドワーフだった。
 さっき怪我の治療をした人だったな。かなり傷が深く、出血も多かったはず。

「休んでいないとダメですよ」
「休んでなんかいられんわい。隣人がみんな連れていかれたんじゃ。わしだけのうのうと休めるかっ」

 こういうところがドワーフらしい。

「町長、近海の海図を」
「う、うむ。おい、誰かダンダさんに椅子を持ってきてやってくれ」

 町長が慌てて近くのため物へと向かい、暫くすると大きな包み紙を持ってやって来た。
 その紙──海図が船着き場の地面に広げられる。
 するとダンダと呼ばれたドワーフが椅子から下りて、海図の脇に腰を下ろした。

「ここだ。わしが奴らに捕まった時、別の船が出航準備をしておってな。奴ら、海難島に向かうとか言っておった」
「海難? 随分物騒な名前の島ですね」
「本来は群青島という名前で、海図なんかにもそう記されています。ただ……海難事故多発地帯でして」

 それで船乗りや海岸沿いに暮らす人たちからは、海難島と呼ばれているのだと町長さんが教えてくれた。
 島の周辺には岩礁があり、海流も渦を巻くように流れているそうな。

「しかし魚や珊瑚が多く、なんとか漁に出ようとする船もいるのですが……」
「船が近づこうとすると、潮の流れが急に変わるんじゃ。それでも無理やり島に近づこうとすれば、沈むんじゃよ」
「なんだか人為的な感じですね」

 そう呟くと、町長がぽつりと「海馬がおりますから」と漏らした。

「え!? スレイプニールがこんな近くに!?」

 海図の上では、マリンローからそう遠くはない場所に島はあった。
 むしろ俺たちのキャンプ地のほうが遠いぐらいだ。

「年がら年中いるわけじゃねぇ。年に一度の祭りんときぐらいだ」
「しかし島には年がら年中、近づけないのです。恐らく結界のようなものが張られているのでしょう」
「なるほど……スレイプニールならそれぐらい可能でしょうね」

 しかし、そうなると海賊たちはどうやってスレイプニールに近づいたのか。

「もしかして、その祭りの時だけ島に近づける……とか?」

 俺の質問に、町長さんとダンダさんが頷いた。