「自分はマリンローの警護団で、ウーロウといいます」
「マリンローで何かあったんですか?」

 俺の問いかけに、ウーロウさんが一瞬険しい顔つきになる。が、直ぐに首を振って悲痛な面持ちに。

「マリンローが襲われたんです」
「襲われたって、モンスターに?」
「半分正解で、半分は……魔物使いに操られた海のモンスターなんです」
「テイマーか……しかしテイマーに操られたモンスターに襲撃された程度で、町がどうこうなるとは思えないけど」

 テイマーが同時に使役できるモンスターは、そう多くはない。
 使役できる数やモンスターランクは、術者であるテイマーの能力にも比例しているが、多くても十とかそんなもんだ。
 十匹使役できるテイマーが五人ぐらい集まれば、ド田舎の村ぐらいは制圧できるだろうけど。
 それはあくまで抵抗できない人間が相手でのことだ。町なんかじゃ衛兵もいるし、なんだったら冒険者だっている。彼らなら町が襲われれば当然抵抗するし、町が壊滅なんてことにはならない。

「そのテイマーは……スレイプニールを使役していたのです」
「な!?」

 スレイプニール──足が六本の馬という者もいれば、海馬が上半身が馬で下半身が魚という者もいる。海での目撃情報が多く、魔獣ではあるが半分は精霊だ。
 知能が高く、人語も話せる中立の存在で、モンスターとは別物だとされていた。

 そのスレイプニールを使役するなんて……よっぽどテイマーとしての能力に長けているのか。

「もしかして、そのスレイプニールを介して海のモンスターを操っている?」
「たぶんそうです。無数の下位モンスターが海から押し寄せてきましたが、その全てが死んだ魚のような目をしていましたから」
「だが下位モンスターだけで港町を壊滅させられるのか?」

 オグマさんの言葉に、ウーロンさんがちらりと俺を見た。
 それから申し訳なさそうに──

「海賊が……人間の海賊がモンスターと一緒に襲って来たんです。そして──町にいた人間たちも……我ら魚人族を裏切って……」
「裏切ってって、いったいどういうことなんです?」
「海からモンスターと海賊どもが現れ、川も塞がれたんです。我ら魚人族は体が乾けば身動きが取れなくなる……だから……陸路を使って南にある人間の町リデンに救援を要請したんです」

 南にはリデンという町がある。徒歩で三日ほどの距離だ。ここはフォーセリトン王国とは違う別の国、ドリドラ国に属しているが、彼の話だとかの国と同盟を結んでいるらしい。
 救援要請にはマリンローに住む人間が名乗りを上げ、二十名ほどが武装して向かったらしい。
 彼らは元々リデン市民で、マリンローとの友好のために何人かが派遣されてきているそうだ。

 しかし待てど暮らせど救援は来ず。

「そうする間にも、マリンローで暮らす人間たちは陸路を使ってどんどん逃げて行ったんです」
「え、町を見捨てて? 自分たちの故郷だろうに」
「人間にとってマリンローは、所詮魚人族の町でしかないんです。町で商いをすれば儲かる。ただそれだけなんですよ」

 そんな……。

「町が包囲されて半月ほどした頃、リデンに向かった人間たちが戻って来ました」
「援軍を連れて?」

 ウーロウさんは首を左右に振る。

「モンスターに襲われて引き返してきた──そう言った彼らは、町に入ると水門を開いたんです」

 こっそりと開かれた水門によって、深夜の街中に水棲モンスターが溢れかえった。
 水棲といっても中には陸に上がれるタイプもいる。
 それでなくてもスレイプニールが津波を起こして町を海水まみれにし、水棲モンスターが上がりやすい環境にしてしまったと。

 連日の疲れで気づくのが送れた街の住民は、あっという間に──

「捕まりました」
「捕まった? 殺されたではなく?」
「戦って命を落した者も当然いますが、ほとんどは捕まったんです。奴隷にするために」

 奴隷制度は五十年ほど前に、表向きには廃止されている。
 でもそれは表向きなだけで、今でも奴隷を抱えている貴族や富豪たちは多い。
 賃金を与えているので雇っていると言い張るが、実際は一日の食費にもならない安い賃金だ。そして本人の同意なしに、無理やり働かせている。
 当然、どこからか攫ってきたなんてのもごく当たり前な世の中だ。
 奴隷となんら変わらない。

 魚人族の奴隷ということは、船の漕ぎ手だったり漁のためだったりだろう。

「人間は頼れない。直ぐに裏切る。だから……」
「だから我ら蜥蜴人の里に救援にやってきたのか?」
「そ、そうです! お願いだっ、助けてくれ!!」

 水棲モンスターだらけになった川を、彼は必死に泳いでここまで来たのだろう。
 だけど……。
 森の先にある蜥蜴人の集落では、戦力として出せる人数は少ない。
 せいぜい十数人だろう。

「ウーロウ殿……我が里には今、百人ほどしかいないのだ。里を守る必要もあるし、マリンローに向かわせられる人数は十人にも満たないだろう」
「ぐ……」
「マリンローとか時々交易していたもの、分かっていたはずですよ?」

 優しく、ウーロウさんを傷つけないようにと配慮したシーさんの言葉。
 分かっていたのだろう。
 ウーロウさんは唇を噛みしめ涙を流していた。

 はぁ……放っておけないなぁ。
 川を下った大きな町。たぶん──いや、必ずお世話になる町じゃないか。
 交易は盛んだし、モンスターの素材を買い取って貰うにはもってこいだ。
 川を下るだけだから、船でもあれば楽に移動もできる。
 こんな条件のいい町なんて他にないぞ?

「よし、俺が行きます」
「「え?」」

 全員の視線が集まった。

「ラ、ラル殿? あ、相手は何十何百という数じゃないと思うが?」
「ラル、いくらあなたでも無茶よ」
「そうだぞラル! 行くならボクも行く!」
「ティティス……そういう問題でもないのよ?」
「ほぇ? じゃあどういう問題なんだリキュ」

 約一名を覗いて俺の心配をしてくれているが、一応算段はある。

「オレにも遂に舎弟ができるんやな!」

 俺の考えが分かっているのかいないのか、クイが出て来てドヤ顔でふんぞり返った。