「うわぁーっ、うわぁーっ! ラル、ラル見て!!」
「凄い……これが……人間の町……」
「ほら二人とも。そんなにキョロキョロしていたら迷子になってしまうよ」

 日用品、特に布物は俺が選ぶより、実際に使う女性陣に選んで貰ったほうがいいだろう。
 そう思ってリキュリアと、それにティーを一緒に連れて来た。
 品物選びだけじゃなく、二人には俺を監視して貰う役目も担ってもらっている。
 つい……つい通りすがりの人をバフってしまわないように、その監視だ。

 王都にある『勇者の宿』は、アレスがまだ勇者と呼ばれる前にずっと厄介になっていた宿屋だ。
 そして勇者と呼ばれるようになってからも、王都を拠点にしていた頃に宿泊していた宿で、俺もよく泊まっていた。
 以前は『休息の宿』という名前だったけれど、アレスが勇者になって、それでもこの宿を利用していたことから次第にそう呼ばれるようになって。結局宿の主人も、縁起が良いからって名前を変えたのだ。

 この宿の一室を借り受け、水晶球を置かせて貰っている。
 
 宿に転移してきた俺たちは、主人に挨拶をしてから城下町へと繰り出した。

「えぇっと……まずは大きな物から買ってしまおう」
「大きな?」
「ベッドとか家具。といっても、家が大きくないからね。二段ベッドを一つと、あとは最低限衣類をしまいこめるクローゼットが一つぐらいかなぁ」

 テーブルはある。椅子は一つしかないので買い足さなきゃならない。

 市民向けの一般家具屋で二段ベッドとクローゼット、それに椅子を二脚購入して、空間収納袋にしゅるるっと入れたら次の店へ。

「いろんな家具があったわね」
「いっぱいあったな!」
「オグマさんたちの家は少し大きめに造る予定だし、そっちが完成したらいろいろ買いそろえればいいよ」
「でもラル……お金を出して貰って、本当にいいの?」
「大丈夫さ。使うあてのないお金なんて、持ってたって仕方ないし」

 魔王討伐の報酬として、とんでもない大金を王様から頂いている。
 自給自足の暮らしを目的にしているから、それが上手く行けばお金なんて必要なくなる。
 モンスターを狩れば素材も手に入るし、必要になればそれを売ればいい。
 つまり今現在、お金は増える一方なのだ。
 ここでバーンっと使わないなら、いつ使うんだって話。

 ベッドを買ったので、次はシーツや布団、それからカーテンにテーブルクロスといった布製品だ。
 ここで女性陣に活躍してもらう。
 その間に俺は職人通りに行って、家の図面を書いてくれた大工を尋ねた。
 
「お? なんでぃラルじゃねーか。人恋しくて戻って来たのか?」
「いや、戻って来たというより、買い物に来ただけなんだ。それとりおじさん、実は──」

 事情を説明すると、飽きられるかと思ったが思いのほか笑顔で頷かれ、

「そうかそうか。ま、お前さんのバフり癖治すにゃ、まず少人数からの方がいいだろうな。家族向けの家だな」
「もうすぐ赤ん坊が生まれるんだ」
「なに!? ララ、ラ、ラル!? お前いつのまにっ」
「……そんな訳ないだろうおじさん。一緒に暮らすことになった一家にだよ」
「そ、そうだよな。うん、そうに決まってらぁーな」

 安堵したような、それでいて残念そうな大工は、大きめの羊皮紙を持って来てサラサラと図面を引いていく。
 二階建てがいいか、一階建てがいいかと独り言のように呟いては、素人が建てるんだから二階建ては難易度が高いと言って一階建てに決定。
 ひとりで自問自答しながら、そうして出来上がったのは──

「平屋でいいだろう。部屋は全部で三つ、赤ん坊が大きくなった時のことも考えてな、ここにロフトを作っとけ」
「ふんふん」
「竈はどうすんだ?」
「あ、それは共同で使おうかと。風呂もね」

 人数が多くないので、特に困ってはいない。
 食事はむしろ、全員一緒だ。
 風呂や竈、それとトイレのことなんかは既に話し合っていて、共同でいいだろうってことになっている。
 まぁトイレ争奪戦のことも考え、四つ作ってある。

「おじさん、この家を建てるのに必要な木材を書き出してくれないか?」
「おぅ、こっちに書き出してあるぜ。で、先に渡した図面用の木材は、どんだけ余ったんだ?」
「ミスしたのもあるけど、トイレ用の小屋を四つ建てたり全員で食事が出来るようにと大きなテーブルを作ったりしたから、意外と……ね」
「ふん。なら二軒分の木材を仕入れることだ」
「そうするよ」

 木材屋が大喜びしてくれるだろうな。

 図面代を支払ってティーとリキュリアがいる店へと戻る。
 三十分は離れていたけれど、まだ二人は楽しそうに生地選びをしていた。
 それから店先に座って待つこと小一時間。

「お待たせラル。そっちの用事はもう終わったの?」
「あー……木材屋も行けばよかったなって思っていたところだよ」
「よし、じゃあ三人で行こう!!」

 大きすぎると言っても過言ではない二人の荷物を空間収納袋に入れ、それから王都の一角にある商業施設へ向かった。
 材木屋までやって来ると、大工のおじさんに描いてもらった図面と、必要な木材が書かれた紙を見せて用意して貰う。
 運ばれて来る木材をどんどん収納袋に入れていき、最後にお金を支払えば完了っと。

「またのお越しをお待ちしております!」

 案の定、木材屋が大喜びで見送ってくれた。

「そろそろお昼だね。何か食べようか?」
「はいっ、はいっ。ボクは賛成!」
「ラルのお勧めのお店とかあるの?」
「え、お勧め? お勧めかぁ。いっぱいあるからなぁ」

 そこはさすが王都と言うべきだろう。
 美味しいと評判のお店はいくらでもある。実際に入って、本当に美味しいと思った店だって両手でも数えきれないほどに。

 そうだ。マリアンナやリリアンが一時期ハマっていたお店。あそこにしよう。
 女子向けのパンケーキが人気のお店だ。クリームやフルーツたっぷりのケーキなんて、あの草原じゃ食べられないもんなぁ。
 二人はパンケーキを見て、どんな顔をするかな。

 そんなことを考えながら商業施設通りを進んでいると──

「ようよう兄ちゃん。随分と羽振りがいいようじゃねーか?」
「亜人を二人も連れてよぉ、楽しそうじゃんかぁ。あぁ?」
「有り金全部と、それから女を置いていきな。そうすりゃ生きてお月様が拝めるかもしれねぇーぞ」

 ガラの悪そうなのが数人現れた。
 その手には安物そうな短剣やショートソードが握られている。

 おいおい、いくら人通りが多くないとはいえ、路地裏でもなければ今は真昼間だぞ。
 なんで王都にこんな連中が……。

「ラル、どうする?」
「懲らしめますか?」
「……いや、その必要はないよ」
「「え?」」

 必要はない。
 だってここはフォーセリトンの王都で、奴がいるのだから。

 武器を構え、俺たちを値踏みするかのように見ている男たちの背後で──
 快活な笑みを浮かべて手を振る人物がいた。

「よぉラルじゃねーか……って、お前が女連れ!?」
「あら、凄いじゃないラル!」
「凄いって……どういう意味なんだよ」

 一瞬にしてレイの槍に薙ぎ払われて倒れた悪党を踏まないよう注意したがら、俺たちは久々の再会を喜んだ。