「す、すみませんっ」
「い、いや。気にしないでくれ……」
やってしまった。
ついにやってしまった。
肩がこった風な仕草をしていたアーゼさんに対し、ついやってしまった。
リラクゼーションの魔法をバフってしまったのだ。
「あなた、横になられてください」
「す、すまないシー」
「本当に、本当にすみませんっ」
本来この魔法は、一定時間内疲れにくくするのと同時に、バフった瞬間にはそれまで溜まった疲れを癒す効果がある。
効果が反転した今、一定時間内は疲れやすく、バフった瞬間にどっと疲労が襲ってくる仕様だ。
そりゃもー……。
「倦怠感、眩暈、体中筋肉痛……地味だけど、戦闘中に喰らったら死んじゃうわね」
「ほんと、申し訳ない。穴があったら入りたいよまったく」
「お、落ち込まないでよ。呪文の詠唱に気づけず、声を掛けられなかったあたしたちも悪いんだから」
「そ、そうだぞラル! ボクたちも悪いんだからなっ」
「いや、ごめん。俺、無詠唱で魔法使えるから……」
全ての魔法がではない。自分と相性のいい魔法だったり、下級魔法は無詠唱で具現化できる。
相性のいい魔法──つまりバフだ。
だけど詠唱をした方が、魔法本来の効果を発揮できる。
咄嗟のことだったり、急ぐ時にだけ無詠唱魔法を使ったりするのだ。
「今回は無詠唱だったから、効果が少し低いだろうと思うんだけど……」
「え、あれで効果が低いっていうの?」
「というか無詠唱で魔法を発動させられるのか……さすが勇者パーティーにいただけのことはある」
「ん? ん? それって凄いのか?」
魔族兄妹が驚く隣で、ティーが首を傾げる。
まぁ無詠唱で魔法を使える魔術師ってのは、そう多くはない。
魔術師連盟から認められ、魔導師となった者でもなかなか難しい。
リリアンなんかはお手の物で、彼女は魔導師ではなく賢者であっても不思議じゃないんだ。
ただリリアン曰く
「賢者っていうと、物語なんかではだいたい髭のおじーちゃんでしょ? だから嫌なの」
だそうで……。
「無詠唱が出来るのは、バフ系と下級魔法ぐらいなんだ」
苦笑いでそう答えると、これまた兄妹が苦笑いで応えた。
その後、アーゼさんは三十分間寝込んで、効果が切れるとケロっとした感じで作業を再開。
ほんと……申し訳ない。
どんなに大きな音を立てようと、モンスターが近づいてこなくなって一月半。
そうなる直前に一度だけ中型の、この草原では恐らく最強だろうモンスターがやって来たが、それもバフったあとものの数秒で倒してしまうと、その後は一切近づくモンスターはいなくなった。
「いやぁ、思ったよりも早く完成しましたね」
「モンスターの襲撃もなくなり、そっちに時間を割く割合が減ったのもあるのだろうな」
「ほんとに、全く近寄ってこなくなりましたものね」
アーゼ夫妻が完成した家を見上げてそう言う。
家──というには小さいけれど、二、三人が暮らすならまぁ、十分じゃないかな?
部屋はひとつしかないけどさ。
「オグマさん夫妻に、ひとまずこの家を使って貰う訳だけど」
「し、しかし本当に良いのだろうか? 俺たちはこの土地に住まわせて貰う身で、完成したばかりのせっかくの家を……」
「オグマさん。んっ」
俺はラナさんを指差して、しどろもどろになるオグマさんを諭した。
あれから二カ月だ。ナラさんは妊娠八カ月。お腹もぱんぱんになって来て、彼女が何かするたびに気になって気になって仕方がない。
テント暮らしだって辛いだろう。弾力性のあるマットを敷いているとはいえ、重いお腹を抱えて置き上がるのは大変なはず。
「す、すまない。ラル」
「無事に元気な赤ちゃんを産んで貰いたいんです。ここで生まれる、初めての子供になるんですから」
そう話すと、オグマさんは感慨深げに辺りを見渡した。
自分で言っておいてなんだけど、そうか……オグマさんとラナさんの子供は、ここが古郷になるんだな。
生まれてくる子供のためにも、暮らしやすい環境を出来る限り整えてやりたい。
遊具とかも作れるといいんだけどなぁ。
さしあたって今必要なのは──
「元々俺ひとりの予定だったから、ベッドはひとつしかないし、家具もほとんどないんだ。ちょっと買い足しにいかなきゃなぁ」
「蜥蜴人の里ではハンモックを使っているので、ベッドはないぞ」
「川を下れば半魚人族の町があります。結構大きな町なんですよ」
アーゼ夫妻がそう教えてくれる。
だけど行くのは人間の町だ。それも大都会。
空間収納袋を持って来て、その中から二つの指輪《リング》と小さな水晶球を一つ取り出した。
「空間転移魔法が封じられたリングと、このリングと繋がっている水晶です」
リリアンに貰ったこの魔法アイテムは、リングと水晶が対になっていた。
リングを使うと、対となる水晶のある場所に瞬間移動できる品だ。
二つあるリングのうち一つは、今ここにある水晶と対になっているので帰りも一瞬で戻ってこれる。
そしてもう一つの水晶は──
「二軒目の家を建てるための木材なんかも仕入れたいので、王都まで買い物に行ってきます」
王都フォーセリアンにある『勇者の宿』の一室にある。
「い、いや。気にしないでくれ……」
やってしまった。
ついにやってしまった。
肩がこった風な仕草をしていたアーゼさんに対し、ついやってしまった。
リラクゼーションの魔法をバフってしまったのだ。
「あなた、横になられてください」
「す、すまないシー」
「本当に、本当にすみませんっ」
本来この魔法は、一定時間内疲れにくくするのと同時に、バフった瞬間にはそれまで溜まった疲れを癒す効果がある。
効果が反転した今、一定時間内は疲れやすく、バフった瞬間にどっと疲労が襲ってくる仕様だ。
そりゃもー……。
「倦怠感、眩暈、体中筋肉痛……地味だけど、戦闘中に喰らったら死んじゃうわね」
「ほんと、申し訳ない。穴があったら入りたいよまったく」
「お、落ち込まないでよ。呪文の詠唱に気づけず、声を掛けられなかったあたしたちも悪いんだから」
「そ、そうだぞラル! ボクたちも悪いんだからなっ」
「いや、ごめん。俺、無詠唱で魔法使えるから……」
全ての魔法がではない。自分と相性のいい魔法だったり、下級魔法は無詠唱で具現化できる。
相性のいい魔法──つまりバフだ。
だけど詠唱をした方が、魔法本来の効果を発揮できる。
咄嗟のことだったり、急ぐ時にだけ無詠唱魔法を使ったりするのだ。
「今回は無詠唱だったから、効果が少し低いだろうと思うんだけど……」
「え、あれで効果が低いっていうの?」
「というか無詠唱で魔法を発動させられるのか……さすが勇者パーティーにいただけのことはある」
「ん? ん? それって凄いのか?」
魔族兄妹が驚く隣で、ティーが首を傾げる。
まぁ無詠唱で魔法を使える魔術師ってのは、そう多くはない。
魔術師連盟から認められ、魔導師となった者でもなかなか難しい。
リリアンなんかはお手の物で、彼女は魔導師ではなく賢者であっても不思議じゃないんだ。
ただリリアン曰く
「賢者っていうと、物語なんかではだいたい髭のおじーちゃんでしょ? だから嫌なの」
だそうで……。
「無詠唱が出来るのは、バフ系と下級魔法ぐらいなんだ」
苦笑いでそう答えると、これまた兄妹が苦笑いで応えた。
その後、アーゼさんは三十分間寝込んで、効果が切れるとケロっとした感じで作業を再開。
ほんと……申し訳ない。
どんなに大きな音を立てようと、モンスターが近づいてこなくなって一月半。
そうなる直前に一度だけ中型の、この草原では恐らく最強だろうモンスターがやって来たが、それもバフったあとものの数秒で倒してしまうと、その後は一切近づくモンスターはいなくなった。
「いやぁ、思ったよりも早く完成しましたね」
「モンスターの襲撃もなくなり、そっちに時間を割く割合が減ったのもあるのだろうな」
「ほんとに、全く近寄ってこなくなりましたものね」
アーゼ夫妻が完成した家を見上げてそう言う。
家──というには小さいけれど、二、三人が暮らすならまぁ、十分じゃないかな?
部屋はひとつしかないけどさ。
「オグマさん夫妻に、ひとまずこの家を使って貰う訳だけど」
「し、しかし本当に良いのだろうか? 俺たちはこの土地に住まわせて貰う身で、完成したばかりのせっかくの家を……」
「オグマさん。んっ」
俺はラナさんを指差して、しどろもどろになるオグマさんを諭した。
あれから二カ月だ。ナラさんは妊娠八カ月。お腹もぱんぱんになって来て、彼女が何かするたびに気になって気になって仕方がない。
テント暮らしだって辛いだろう。弾力性のあるマットを敷いているとはいえ、重いお腹を抱えて置き上がるのは大変なはず。
「す、すまない。ラル」
「無事に元気な赤ちゃんを産んで貰いたいんです。ここで生まれる、初めての子供になるんですから」
そう話すと、オグマさんは感慨深げに辺りを見渡した。
自分で言っておいてなんだけど、そうか……オグマさんとラナさんの子供は、ここが古郷になるんだな。
生まれてくる子供のためにも、暮らしやすい環境を出来る限り整えてやりたい。
遊具とかも作れるといいんだけどなぁ。
さしあたって今必要なのは──
「元々俺ひとりの予定だったから、ベッドはひとつしかないし、家具もほとんどないんだ。ちょっと買い足しにいかなきゃなぁ」
「蜥蜴人の里ではハンモックを使っているので、ベッドはないぞ」
「川を下れば半魚人族の町があります。結構大きな町なんですよ」
アーゼ夫妻がそう教えてくれる。
だけど行くのは人間の町だ。それも大都会。
空間収納袋を持って来て、その中から二つの指輪《リング》と小さな水晶球を一つ取り出した。
「空間転移魔法が封じられたリングと、このリングと繋がっている水晶です」
リリアンに貰ったこの魔法アイテムは、リングと水晶が対になっていた。
リングを使うと、対となる水晶のある場所に瞬間移動できる品だ。
二つあるリングのうち一つは、今ここにある水晶と対になっているので帰りも一瞬で戻ってこれる。
そしてもう一つの水晶は──
「二軒目の家を建てるための木材なんかも仕入れたいので、王都まで買い物に行ってきます」
王都フォーセリアンにある『勇者の宿』の一室にある。