ひとりになると途端に不安になるもんだなぁ。
 だけど四天王を全員倒すまでに間に、城の中にいた魔物はほとんど倒した……はず。

 大丈夫。大丈夫だぞ俺。
 道も覚えているし、最短コースで走り抜けてしまえばすぐだ。
 帰還の宝珠で一足先に王都へと戻って、汚れた体をゆっくり洗い流そう。
 アレスたちが帰って来るのを、紅茶でも飲みながら待っていよう。

 そんなことを考えていた。
 目の前にアレが現れるまでは。

「ほぉ。貴様か。デロリアの呪いを喰らった人間は」
「な……んで……魔王デスギリアがここに……」

 最悪だ。

 最悪な奴が目の前に現れた。

 五十年前に復活し、世界を混乱の渦に巻き込んだ元凶──魔王デスギリアがなぜここに!?

 アレスたちは?
 みんなは無事なのか?

 まさか──

「デロリアが命と引き換えに、余にとって最も脅威となる人間の力を封じたのだ。余はそれに応えてやらねばなるまい」
「お前にとって、最も脅威となる?」

 何を言っているんだこいつは。
 そんなの、勇者アレスに決まっているだろう。
 俺なんてただの支援職《バッファー》だ。
 それも呪いのせいで妨害職《デバッファー》になってしまったけれど。

「くくく。何も分かっていないようだ。まぁいい。知らぬまま死ぬがいい」
「くっ。一か八か……"揺らめく焔よ舞え! フレイムブラスト"」

 現存する魔法は、神聖魔法も含めて全て使える。
 使えるけれど、使いこなせているかどうかは別の話。
 フレイムブラストは炎属性でも最上位に位置する魔法だけど、俺が使うと焚火が風で渦巻いている程度しか出せない。

 けど、目くらましぐらいにはなるかも。その間に逃げれば──

「え?」
「……なんだ、この心地よい冷気は」

 魔王の足元には焚火ではなく、ちらちらと白い雪のようなものが舞っている。

 効果が……反転……え?

 攻撃魔法の属性効果が反転しているのか!?
 はぁぁー!?

「ははははははははっ。貴様の情報は既に余の下にも届いておる。バフスキルは一級品どころか、超ド級のようだが、攻撃魔法はゴミクズらしいな」
「ゴ、ゴミクズ言うな! 分かっているんだよ、そんなことっ」

 効果が反転っていうから、てっきりバフスキルがデバフになるんだと思っていたっ。
 よもやよもやの展開だぞ。どうする?
 どうやってここから逃げる?

 速度増加のバフを自分に掛ければ、十中八九、鈍化になるだろう。
 肉体強化は肉体弱化。魔力増加は魔力低下。
 自分をさらに弱体化させる結果にしかならないだろぉ。

「あ……もしかして?」
「む? まだ何かやろうというのか? よかろう、見せてみろ。あがいてあがいて、そして無駄だと知って絶望するがいい!」

 出来るか?
 相手は魔王だぞ。
 魔法の抵抗値なんてバカでかいだろう。

 でも──

「"韋駄天のごとき速さとなれ──スピードアップ"」

 俺は、人生で初めて魔物相手に支援魔法を唱えた。
 そう。これは効果が反転していようと、支援魔法なんだ。
 支援を抵抗するなんて、普通は聞かない。聞いたことがない。

「ぬ? なにをし──はぁ!?」

 何をしようとしているのか全く分からない。分からないほど、魔王の動きが鈍くなった。
 ゆぅー……っくりと、奴の腕が動く。
 ただ口調は変わらない。

「くっ。余を怒らせたな! 今すぐ消し去ってくれるわっ」
「"汝の魔力を解放せん! パワー・マジック"」

 魔力を何倍にも高めるバフだ。
 
 魔王の口から発せられたのは、蝋燭の火ほどの火球。それがひょろひょろ~っと飛んで来たけど、途中で吹いた風によって消えてしまった。

「んなっ!?」
「あ、あれ? いける……かも? "その肉体を強化し、鋼のごとき強さとなれ! フルメタル・ボディ"」

 一定時間、物理攻撃に対する防御力を飛躍的に上昇させるバフスキル。
 いったいどのくらい奴の防御力を下げられたんだろう?

「あ、でも俺、武器持ってないんだ──」
「ラルウゥゥゥゥゥッ、無事かあぁぁぁぁぁっ!!」

 武器を持っていない。そう呟きかけた時、勇者アレスが雄たけびと共に現れた。