「"韋駄天のごとき速さとなれ──スピードアップ"、"その肉体を強化し、鋼のごとき強さとなれ! フルメタル・ボディ"」
「あとは任せろっ」
家造りをしていると、どうしても避けては通れないことがある。
金槌でトンテンカンする音に引き寄せられ、モンスターがやってくるのだ。
幸いとでもいうのか、鼻の利くティーのおかげで接近されるより早くその気配に気づける。
そしてオグマさんやリキュリアさんも、戦闘能力は高い。モンスターをバフれは、あとは一分と掛からず仕留めてくれた。
「しかしデバフ……いや、バフなのか? とにかく凄いな」
「ほ、本当にそうねっ。十匹もいたのに、あたしも兄さんもかすり傷一つないんですもの」
「いやいや。リキュリアさんとオグマさんが強いからだよ」
今回やって来たのは草原ウルフだ。ランクの低いモンスターでも、群れていると厄介なもの。
まずは動きを鈍くして、あとは防御力を落す。
攻撃力上昇バフで、攻撃力を落す方がいいかなと思ったが、正直必要ないようだ。
動きを鈍らせれば、あとは二人が一撃で草原ウフルを仕留めてくれる。
こうして日に何度か、モンスターを撃退していると溜まっていくものがあった。
「じゃあ解体した肉を捨ててくるか」
「そうですね」
倒したモンスターは、そのまま『肉』になる。もちろん、とてもじゃないが口にできないようなものもあるが。
そんな肉でも、肉食の獣やモンスターにとっては立派な食料だ。そんなものを、大量にキャンプに置いておくわけにはいかない。
必要な量を残して、あとは離れた場所まで捨てに行かなきゃらないのだ。そうしないと、血の臭いで他のモンスターが集まってくるかもしれないのだから。
素材として使える部位を剥ぎ取り、残りは荷車に乗せて運ぶ。
これが地味に面倒くさい。
「に、兄さんっ。あたしがラルと一緒に行くわ」
「む? しかし──」
「あなた、ちょっと。あ、リアはしっかり頑張ってね」
そう言ってラナさんがオグマさんを連れて行ってしまった。
ずいぶんとニコニコして、何かいいことでもあったのかな?
「い、行きましょう、ラル」
「あ、うん」
肉を積んだ荷車はロバが引くが、多すぎると重くて引けなくなる。
こういうときバフってやれればなぁ……。
いやまぁデバフれば多少はマシになるだろうけど、動物相手にデバフが効くのかどうか。
「ラル、どうしたの?」
「え、ああ。デバフって、動物相手にも効果あるのかなぁと思って」
今は荷車の後ろから二人で押してやっている。
隣でリキュリアさんが首を傾げて、それから必死に荷車を引くロバを見た。
「あるんじゃないかしら? 対象を指定して効果を付与する魔法だけど、その対象は生きているものに限定されているはずよ」
「うん……そうか。生き物相手なら付与できるのか」
魔術書には「効果を与えたい対象に、状態異常を付与する。なお、生きてはいない対象──アンデッドには効果がない」とある。
つまり生きているものなら効果があるってことにも受け取れる。
「リキュリアさんは、魔法のことをよく知っているようだけど?」
「リ、リアでいいわ。兄さんも義姉さんもそう呼んでるし」
「そ、そうかい?」
「そ、そうよっ。だってラルの方が年上だもん」
そう言われればそうだけど。なんだか異性相手に呼び捨てってのは、とても失礼な気がして。
仲良くなった、仲間だと話は別だけど。
だけど隣人になるんだから、仲良くなったと言ってもいいよね。
「じゃあ……リアは魔法のことを学んだりしていたことが?」
「あるわ」
満面の笑みを浮かべ、彼女はそう応える。
「魔族のプライドでもいうのかしらね? 魔法が使えないほどの魔力になっても、常に魔法の勉強はしているのよ」
「へぇ、知らなかったな」
「使えもしない魔法の研究だってしてるんだから、笑っちゃうわよね」
「え!? それは凄い!! どんな研究なんだろう。まだ世に出ていない魔法なんだろうか……新しい魔法になるのかな」
知りたい。俺にも使える魔法だろうか……。
ただ単純にそう思ったのだけど、それが彼女には面白かったようだ。
「ラルってば、根っからの魔術師なのね。実はあたしや兄さんは、ほんの少しだけ魔法が使えるの」
「やっぱりかい? なんとなく二人はラナさんに比べると魔力が高かったから、もしかしてと思っていたんだ」
「あら、分かるのね? さすがラルだわ。でも、使えると言っても……」
そう言ってリアが呪文を唱える。下級の火属性魔法だ。
「"炎の礫──ファイア・ボール"」
彼女のかざす手の上に現れたのは、俺が使うソレとほぼ同じ。つまり……ゴミ火力だ。
だけど俺の場合は下級じゃなく、上級魔法でこのサイズっていう。
「ご覧の通り。薪に火をつけるのには便利ねって程度なの」
「ちなみに俺の場合はこうだよ。"全てを燃やし尽くす、煉獄の炎よ! 赫き刃となりて、我が敵を浄化せん!! ヴェルファイア"」
「ちょっとちょっと!? それ上級まほ──え?」
俺の掌の上に浮かんだのは、彼女が出した下級魔法と遜色ない水弾だ。
それを見てリアが目を丸くした。
「どうも昔からね、支援魔法以外の才能が全然なくってさ。支援魔法以外は全部こんな感じなんだ」
「えぇ!? でも、あんなに凄い効果があるデバフを──あ、バフなのよね、あれ。それも火球じゃなくって氷だし」
「そ。反転の呪いで、属性魔法はその対極にある属性に変換されるんだ」
あくまでも属性が入れ替わるだけで、魔法の形状というか、どういう攻撃方法になるのかってのは変わらない。
そして火属性魔法は、魔力の構築段階でわずかに変化させただけで水だったり氷だったりに変わるようだ。強く練り上げるほど、固まる──氷になるというのは分かっている。
「大変ね……」
「まぁ死ぬまで解けない呪いなら、なんとかうまく付き合っていくしかないよね」
「ち、力になれることがあったら言ってっ」
「ありがとう、リア。今は、うん。これを捨てに行くことかな」
「あ、そうね。えぇ、行きましょ。あ、ロバにデバフをしてみたら?」
そうか、そういう会話だったんだっけ。
スロウと、それから弱体化のデバフをロバに付与してやる。
するとロバは「ぷひぃーん!」っと元気になって、荷車を引く力が増した。
「はは、効果あったみたいだ」
「ふふ。でもちょっとしか早くなってないわね」
「そ、それはほら……バフ以外はゴミ効果しか出せないから……」
ちょっとだけ早くなった荷車を、ちょっとだけ手を抜いて押してやる。
三十分ほど進んだら、そこで死体を下ろしてさっさと引き返す。
そんなことが十日ほど続くと──
「あれ? 今日はモンスターの襲撃がないね」
「そういやそうだな」
骨組みが完成し、梁に跨って屋根の打ち付け作業をしていたアーゼさんが背伸びをして遠くを見渡す。
「ふむ。近くにモンスターの姿はないようだ」
「そうですか。まぁ油断せずに作業を続けましょう」
が、その翌日も、更にその翌日も、
「来ませんね」
「来ないな」
屋根に上って遠くを見渡すが、モンスターの姿は見えない。
「んー、あそこにいる。けどこっち来ない」
「ティーには見えるのかい?」
「見える!」
「あ、あたしも少しだけ見えるわよ! なんのモンスターかまでは、識別できないけど……」
リアがしどろもどろになって答えるので、本当なのかどうかと思っていると、ふとオグマさんと目が合った。
「恐らくなのだが……襲ってきたモンスターを倒して、その屍をそこかしこに捨てただろう」
「血の臭いで他のモンスターが寄ってこないようにするために、少し離れた場所に捨てましたが。それが?」
「いや、それがというか……奴らが我々を恐怖の対象として認識したのではと思って……」
きょ、恐怖の対象……。
モンスターに恐れられるって、どんだけだよ。
そう思ってふと、大岩を見た。
剥ぎ取った素材は川で綺麗に血を洗い流し、乾燥させるために吊るしてある。
「……結構狩っていたんですね」
「結構狩っていたな」
荷車十台分ぐらいの量の素材が、そこにはあった。
「あとは任せろっ」
家造りをしていると、どうしても避けては通れないことがある。
金槌でトンテンカンする音に引き寄せられ、モンスターがやってくるのだ。
幸いとでもいうのか、鼻の利くティーのおかげで接近されるより早くその気配に気づける。
そしてオグマさんやリキュリアさんも、戦闘能力は高い。モンスターをバフれは、あとは一分と掛からず仕留めてくれた。
「しかしデバフ……いや、バフなのか? とにかく凄いな」
「ほ、本当にそうねっ。十匹もいたのに、あたしも兄さんもかすり傷一つないんですもの」
「いやいや。リキュリアさんとオグマさんが強いからだよ」
今回やって来たのは草原ウルフだ。ランクの低いモンスターでも、群れていると厄介なもの。
まずは動きを鈍くして、あとは防御力を落す。
攻撃力上昇バフで、攻撃力を落す方がいいかなと思ったが、正直必要ないようだ。
動きを鈍らせれば、あとは二人が一撃で草原ウフルを仕留めてくれる。
こうして日に何度か、モンスターを撃退していると溜まっていくものがあった。
「じゃあ解体した肉を捨ててくるか」
「そうですね」
倒したモンスターは、そのまま『肉』になる。もちろん、とてもじゃないが口にできないようなものもあるが。
そんな肉でも、肉食の獣やモンスターにとっては立派な食料だ。そんなものを、大量にキャンプに置いておくわけにはいかない。
必要な量を残して、あとは離れた場所まで捨てに行かなきゃらないのだ。そうしないと、血の臭いで他のモンスターが集まってくるかもしれないのだから。
素材として使える部位を剥ぎ取り、残りは荷車に乗せて運ぶ。
これが地味に面倒くさい。
「に、兄さんっ。あたしがラルと一緒に行くわ」
「む? しかし──」
「あなた、ちょっと。あ、リアはしっかり頑張ってね」
そう言ってラナさんがオグマさんを連れて行ってしまった。
ずいぶんとニコニコして、何かいいことでもあったのかな?
「い、行きましょう、ラル」
「あ、うん」
肉を積んだ荷車はロバが引くが、多すぎると重くて引けなくなる。
こういうときバフってやれればなぁ……。
いやまぁデバフれば多少はマシになるだろうけど、動物相手にデバフが効くのかどうか。
「ラル、どうしたの?」
「え、ああ。デバフって、動物相手にも効果あるのかなぁと思って」
今は荷車の後ろから二人で押してやっている。
隣でリキュリアさんが首を傾げて、それから必死に荷車を引くロバを見た。
「あるんじゃないかしら? 対象を指定して効果を付与する魔法だけど、その対象は生きているものに限定されているはずよ」
「うん……そうか。生き物相手なら付与できるのか」
魔術書には「効果を与えたい対象に、状態異常を付与する。なお、生きてはいない対象──アンデッドには効果がない」とある。
つまり生きているものなら効果があるってことにも受け取れる。
「リキュリアさんは、魔法のことをよく知っているようだけど?」
「リ、リアでいいわ。兄さんも義姉さんもそう呼んでるし」
「そ、そうかい?」
「そ、そうよっ。だってラルの方が年上だもん」
そう言われればそうだけど。なんだか異性相手に呼び捨てってのは、とても失礼な気がして。
仲良くなった、仲間だと話は別だけど。
だけど隣人になるんだから、仲良くなったと言ってもいいよね。
「じゃあ……リアは魔法のことを学んだりしていたことが?」
「あるわ」
満面の笑みを浮かべ、彼女はそう応える。
「魔族のプライドでもいうのかしらね? 魔法が使えないほどの魔力になっても、常に魔法の勉強はしているのよ」
「へぇ、知らなかったな」
「使えもしない魔法の研究だってしてるんだから、笑っちゃうわよね」
「え!? それは凄い!! どんな研究なんだろう。まだ世に出ていない魔法なんだろうか……新しい魔法になるのかな」
知りたい。俺にも使える魔法だろうか……。
ただ単純にそう思ったのだけど、それが彼女には面白かったようだ。
「ラルってば、根っからの魔術師なのね。実はあたしや兄さんは、ほんの少しだけ魔法が使えるの」
「やっぱりかい? なんとなく二人はラナさんに比べると魔力が高かったから、もしかしてと思っていたんだ」
「あら、分かるのね? さすがラルだわ。でも、使えると言っても……」
そう言ってリアが呪文を唱える。下級の火属性魔法だ。
「"炎の礫──ファイア・ボール"」
彼女のかざす手の上に現れたのは、俺が使うソレとほぼ同じ。つまり……ゴミ火力だ。
だけど俺の場合は下級じゃなく、上級魔法でこのサイズっていう。
「ご覧の通り。薪に火をつけるのには便利ねって程度なの」
「ちなみに俺の場合はこうだよ。"全てを燃やし尽くす、煉獄の炎よ! 赫き刃となりて、我が敵を浄化せん!! ヴェルファイア"」
「ちょっとちょっと!? それ上級まほ──え?」
俺の掌の上に浮かんだのは、彼女が出した下級魔法と遜色ない水弾だ。
それを見てリアが目を丸くした。
「どうも昔からね、支援魔法以外の才能が全然なくってさ。支援魔法以外は全部こんな感じなんだ」
「えぇ!? でも、あんなに凄い効果があるデバフを──あ、バフなのよね、あれ。それも火球じゃなくって氷だし」
「そ。反転の呪いで、属性魔法はその対極にある属性に変換されるんだ」
あくまでも属性が入れ替わるだけで、魔法の形状というか、どういう攻撃方法になるのかってのは変わらない。
そして火属性魔法は、魔力の構築段階でわずかに変化させただけで水だったり氷だったりに変わるようだ。強く練り上げるほど、固まる──氷になるというのは分かっている。
「大変ね……」
「まぁ死ぬまで解けない呪いなら、なんとかうまく付き合っていくしかないよね」
「ち、力になれることがあったら言ってっ」
「ありがとう、リア。今は、うん。これを捨てに行くことかな」
「あ、そうね。えぇ、行きましょ。あ、ロバにデバフをしてみたら?」
そうか、そういう会話だったんだっけ。
スロウと、それから弱体化のデバフをロバに付与してやる。
するとロバは「ぷひぃーん!」っと元気になって、荷車を引く力が増した。
「はは、効果あったみたいだ」
「ふふ。でもちょっとしか早くなってないわね」
「そ、それはほら……バフ以外はゴミ効果しか出せないから……」
ちょっとだけ早くなった荷車を、ちょっとだけ手を抜いて押してやる。
三十分ほど進んだら、そこで死体を下ろしてさっさと引き返す。
そんなことが十日ほど続くと──
「あれ? 今日はモンスターの襲撃がないね」
「そういやそうだな」
骨組みが完成し、梁に跨って屋根の打ち付け作業をしていたアーゼさんが背伸びをして遠くを見渡す。
「ふむ。近くにモンスターの姿はないようだ」
「そうですか。まぁ油断せずに作業を続けましょう」
が、その翌日も、更にその翌日も、
「来ませんね」
「来ないな」
屋根に上って遠くを見渡すが、モンスターの姿は見えない。
「んー、あそこにいる。けどこっち来ない」
「ティーには見えるのかい?」
「見える!」
「あ、あたしも少しだけ見えるわよ! なんのモンスターかまでは、識別できないけど……」
リアがしどろもどろになって答えるので、本当なのかどうかと思っていると、ふとオグマさんと目が合った。
「恐らくなのだが……襲ってきたモンスターを倒して、その屍をそこかしこに捨てただろう」
「血の臭いで他のモンスターが寄ってこないようにするために、少し離れた場所に捨てましたが。それが?」
「いや、それがというか……奴らが我々を恐怖の対象として認識したのではと思って……」
きょ、恐怖の対象……。
モンスターに恐れられるって、どんだけだよ。
そう思ってふと、大岩を見た。
剥ぎ取った素材は川で綺麗に血を洗い流し、乾燥させるために吊るしてある。
「……結構狩っていたんですね」
「結構狩っていたな」
荷車十台分ぐらいの量の素材が、そこにはあった。