「いたっ」
「大丈夫か、ティー」

 水浴びの後は竈や風呂用の煉瓦小屋を建てる位置を決め、それに合わせた材料を空間収納袋から取り出す作業をした。
 木材を地面に置くときに、ティーは指を挟んだようだ。

「見せて。……うぅん、血まめが出来てるな。これぐらいなら俺のヒールでも……は使えないんだった」

 はぁ……。たいして役に立たない魔法が、なお一層ゴミ化してしまった。
 肩を落とす俺に、ティーは「舐めときゃ治る」と言う。
 いやいや、せめてポーション掛けておこうね。

 袋から取り出したポーションを、負傷した指にぽたぽたっと。

「も、勿体ない!」
「いや、たくさんあるからいいよ。あ、ティーは薬草の生えている場所とか知らないか?」
「し、知ってるけど……こっちからは遠い」

 あ、そうか。蜥蜴人の集落は、森を挟んで反対側だって言ってたものな。
 森はかなり広く、直線距離にしても二、三十キロはある。

「でもボク! 鼻が利くから近くにあればにおいで分かるぞっ」
「そっか。落ち着いたら森の入口付近に薬草がないか探したいし、付き合って貰っていいかな?」
「ま、任せてっ」

 元気よく返事したティーは、嬉しそうに頬を染めて笑った。
 
 この日は材料の準備と、これまた膠灰を流し込むために土を掘り返して踏み固める作業で終わり。
 夜はクイが見張りをしてくれるが、そろそろ眠くなる頃だろう。途中で代ってやらなきゃな。

 アーゼさん、早く来てくれないかなぁ。

「ラル! 今日も外で寝るのか?」
「今日も外だよ」

 当たり前じゃないか。
 大の字になっても十分余裕があるようにって、アレスが三人用のテントを用意してくれた。
 それ以上大きくなると、今度は設置が面倒になるので小型テントにしてくれたんだ。
 たとえティーと二人で使ったとしても十分な大きさがある。

 だからってねぇ、年頃の女の子と二人でテントで寝るなんてダメだろ。
 いや、年頃じゃなくってもダメだよ。

 アーゼさんは「何かあっても、その時はティーを嫁に出すだけさ」とか笑えない冗談を言っていたけど、そういうわけにもいかない。

「ティーはテント。俺はここ。アーゼさんがテントを持ってやって来るまではこうなの」
「別に……ボクは一緒でもいいのに」

 よくない!

 さっさと毛布にくるまって、予備のシートを敷いた上に座ると、隣にティーがやって来た。

「あのさ、あのさ。ボク思ったんだけどね」
「寝るなら君はテントだぞ」
「ぷぅーっ。そうじゃなくってぇ」

 頬をぱんぱんにしている姿は、まだまだ幼さが残っている。
 年齢は聞いていないけど、豹人も蜥蜴人も、成長速度は俺たち人間と同じはず。
 外見年齢=実年齢でまぁあっているはずだ。老け顔だの童顔だのを除けば。

「あのね、ラルの魔法は呪いで効果がちんぷんかんぷんになるんでしょ?」
「いや、ちんぷんかんぷんではないけれど」

 ちゃんと法則というか、そういうのはあるんだけどな。

「回復の魔法を使うと、痛くなるのか?」
「たぶんね」
「たぶん?」

 首を傾げるティーに、回復の逆は何だと思うと尋ねる。
 彼女は腕を組んで考えてから「傷の悪化?」と答えた。

「たぶんそれで合ってると思うよ。だからさ、試すことも出来ないんだ。その通りになって、傷を悪化させるなんてダメだろ?」
「うぅん……確かに危ないな……。あ、だったら!」

 ティーは何かを思いついたのか、ぽんっと手を叩いて満面の笑みを浮かべた。

「モンスターに回復魔法を使って、試せばいい!」

 ……モンスターを……回復!?





「それじゃあオレは寝るで」
「あぁ、おやすみクイ。今夜は俺とティーで交代して見張りに立つし、明日の朝までゆっくり寝てていいからな」
「おぉー!」

 きっちり朝食を食べてから、クイは影の中へと潜った。

 それから俺とティーで、昨夜彼女が言った言葉を実行するべく草原を歩く。
 まぁモンスターなんて、十分も歩けば出くわすわけだけど。

「マックボアだな。肉も食料になるし、狙うにはいい獲物だ」
「マックボアの肉を薄切りにして、生姜タレに付け込んで焼くと美味いんだ」

 そう話すティーの口元からは、薄っすらと涎が……。
 やばい、つられてこっちも涎が出る。
 生姜、あったっけかなぁ?

「よし。じゃあ俺が魔法で──」
「ボクが短剣で傷をつけるから、ラルは回復魔法だぞ」
「え、でも……大丈夫か?」
「大丈夫! 奴の動きだけ遅くしてね」

 ふんすっと胸を張り、それから彼女は駆け出した。
 慌ててマックボアにスピード・アップの魔法を掛ける。

「プギャアァァァァー──フゴ?」

 ティーの気配を察知したマックボアがすぐさま突進しようと蹄を鳴らすが、ひと踏みするのも超遅い。
 ようやく最初のひと踏みが終わる頃には、ティーの短剣がマックボアの胴に傷をつけていた。

「プギッ」
「ラル!」
「分かった。ティー、誤射するといけないから離れてくれ」

 治癒《ヒール》の射程距離はほとんどないに等しい。
 手が届く範囲と、あと気持ちちょこっとだけ。
 離れた場所に治癒魔法を届ける場合は、治癒の矢(ヒール・バレット)を使う。
 射程は五十メートルほどだけど、マリアンナは百メートルぐらい飛ばしてたっけ。

「"癒しの光よ──ヒール・バレット"」

 プチトマトサイズの淡い光が生まれ、俺が振る杖の動きに合わせて飛んでいく。
 それがマックボアに当たると、奴が絶叫した。

「プギャアアアアアァアァァァァッ」
「お、効いてる?」
「出血量増えた! 傷が開いているんだきっと」
「"癒しの光よ──ヒール・バレット"」

 神聖魔法の中では中級クラスの魔法で、消費する精神力は少なくはない。
 ただ俺のほうもマナ──精神力のことだけど、これが多い方らしい。
 勇者パーティーで四天王と戦った時も、ガンガンバフってもマナ切れを起こしたことがなかった。

 嫌がらせの方にマックボア相手にヒール砲を連打し、十数発目頃には悲鳴も上がらなくなった。

「死んだ?」
「……死んだぞ」

 ティーが近づいて確認すると、マックボアは絶命していた。

 お、恐るべしヒール砲……。