「ぐ……魔王、様に……仇名す……愚か者、どもめ……」

 さすが魔王軍四天王最後のひとり、呪詛師デロリア。
 アレスの聖なる剣で一刀両断されたというのに、まだ生きているなんて。
 恐ろしい奴だ。

 奴はきっと、最後の最後で呪いをかけてくるはずだ。
 自らの肉体を両断した、勇者アレスに。

「"邪なる力を跳ねのけ、心身を犯すことなき護りの衣となれ"」

 状態異常効果をもたらす、全ての魔法に対して有効な支援魔法《バフスキル》をアレスに向かって唱える。

 攻撃魔法も回復魔法もゴミほどの効果しか発揮できない俺だけど、支援魔法だけは何故だか才能があった。
 その才能を買われて勇者パーティーへと入り、魔王を倒す旅に出て五年。
 今その悲願がようやく達成しようとしている。

 術が完成し、アレスの体が光った。
 これでもう安心だ。
 思う存分、呪うがいい。呪詛師デロリア!

「アレス、止めをっ」
「サンキュー、ラル! これで最後だ、デロリア!!」

 アレスの剣が閃く。
 
 常に後ろから仲間を見ていた俺の視線の先に、呪詛師デロリアの最後の──

 最後の……笑み?

 どうして奴は笑った?
 どうして奴は俺を見て笑った?

 アレスの剣によって刎ねられた頚が……奴の口がこう告げる。

「ひひひ。呪ったぞ。呪ってやったぞラルトエン・ウィーバス。貴様の魔法効果全てが反転する呪いをかけてやったぞ!」

 そう叫んで、奴の肉体はぼろぼろと灰になって消えた。





「つまりラル。君のバフスキルが全てデバフスキルになるってことか?」
「そう……だと思う」

 魔法効果の全てが反転する……。
 肉体を強化するバフなら、肉体を弱体化させてしまうということ。

「か、確認してみたらどうだろう?」
「おいおいアレス止めとけっ。ラルのバフ効果は世界屈指の最強レベルなんだぞ」
「そうよ。ラルってば攻撃魔法は上位魔法ですら蝋燭の火程度だけど、バフだけは世界広しといえど右に出る者はいないぐらいなんだから」

 恥ずかしながら、重騎士レイと魔導士リリアンの言う通りらしい。
 バフスキルに関してのみ、規格外の効果を出せる。
 だから俺は勇者パーティーの一員でいられたんだ。
 攻撃も回復もまともに使えないこの俺が……。

 なのに……なのにバフ効果が反転するだって?

 俺が勇者パーティーの一員でいられる理由が……今……なくなった。

「はぁ、はぁ……す、すみません。私の呪詛解除魔法では、デロリアの呪いは……」

 そう言って申し訳なさそうに頭を下げ、そして涙さえ浮かべるのは聖女マリアンナ。
 アレスの幼馴染で、二人はお似合いのカップルだった。
 きっとこの旅が終われば結婚するのだろう。

 だからこそ、必ずみんなで生きて魔王を倒そうと誓ったんだ。

 役立たずとなった俺がここにいては、みんなの足を引っ張ってしまう。

「ごめん、みんな。俺、ここで離脱するよ」
「ラル!?」
「な、なに言ってんのよっ。攻撃魔法だってまともな火力を出せないあんたが、ひとりで魔王城を脱出できる訳ないでしょっ」
「大丈夫だよリリアン。お城の中の魔物はほとんど残っていない。君たちが倒しまくったからね」

 俺ひとり、こっそり抜け出すことも出来るだろう。
 城の外まで行けば、俺たちが乗って来た馬がいる。そこに荷物もあるし、帰還の宝珠もある。それを使えば王国まで帰れるんだ。

「だから大丈夫だよ」

 と告げた。

 暫く仲間たちは黙ったままでいたけれど、勇者アレスがようやく重たい口を開く。

「分かった。ラル……必ず、必ず王都でまた会おう」

 この五年の旅で、親友と言えるぐらい絆を深めた勇者アレス。
 彼は真っ直ぐな瞳で手を差し出した。

 俺がその手を掴むと、重騎士レイが手を重ね、続けて魔導士リリアン、そして聖女マリアンナ。
 最後にアレスがもう片方の手を乗せ、俺たちは再会を誓った。